第20話 鉱石の使い方

「おいおい、まさか。ダイス。お前魔法が使えたのかよ。いったいいつ習得したってんだよ」

「まあまあ、大したもんじゃないから、とりあえず見ててって」


 グレイブが冷やかしを入れるように冗談めかして言ってくると、俺はそれを軽く諌め意味深な笑みを返してやる。


 んふっふっふっふっ。

 遂にこの時が来てしまったぜ。

 計32個ーーー魔法がなんだろうと、その使い方が分からずともその現象を引き起こせる石がここにある。

 前回、コレクションしていた時はまだ魔力の流し方を知らなかったから眺めるだけで終わっていたが、今回は違う。


(俺はもう魔力の流し方を知っている!)


 机の上に置かれた、様々な種類のクォーツが入った二つの箱の中を見下ろし、一つ一つを見ていく。


(さあ〜て、どの子にしようかな?)


 まずは初歩の魔力の流れの変化を見るために【クォーツ系】に力を注いでみるか?

 いや、熱エネルギーや運動エネルギー、はたまた波動といった力のベクトルに変化を及ぼす【ダイト系】いいかもしれない。


(それとも、ここは一気に魔法ぽいことをしちゃう?)


 だったら、魔素を流すと直接現象を引き起こす【ライト系】だよなぁ。『クラディレンセシスライト』なんていう知らない名前の書かれたライト鉱石まである。


(嗚呼、君はいったいその儚く透き通る桜の花弁のような色でどんな特性を隠し持っているというんだ?ぐえっへっへっへっ。知らぬら試してみようぞ、いざ参らん!!)


 そうして俺が涎をこばさんばかりに舐め回していたクラディレンセシスライトという鉱石を実験の道具に選び、手に取った。

 すると、それを見ていたグレイブから声が掛かった。


「なあ、お前。そいつを持ってどうする気だ?魔法を使うってんなら、未加工の鉱石アン・セッテはいらねえだろ」

「あん、せって?」

「はぁ〜〜、あのなあ」


 クラディレンセシスライトを明かりに当てて透き通る内部を覗き込んでいた俺は、グレイブから言われた知らない単語を耳にすると目を離して聞き返した。そんな俺を前にグレイブは項垂れるように呆れたようにため息を吐いていった。


「アン・セッテ、っつーのはな。魔石にする前の未加工鉱物の事だ。それを施していない物は、鉱石単体を媒介にして魔法を使うことはできないんだ。つまり、お前が手に握っているものにいくら魔力を通そうとも何も起きやしないのさ」

「うげ、俺、まだ何も言ってないのに」

「ばーか。見てりゃ分かるっての」


 グレイブは肘を付いて手に顎を乗せながら、然もありなんと言ってきた。

 なんだろうな……。グレイブって本当はアメリカ人とかじゃないんだろうか。動きの一つ一つがいちいち面白い。だからだろうか。馬鹿にされても全然悪い気がしないんだよな。


「いいか?鉱石を魔石に加工するのは、なにも切って削ってをすりゃあいいってもんじゃない。お前らも少しは聞いたことがあるかも知れないが、魔石には特殊な刻印が施されてるんだ。それでやっと魔法の効果を発揮する代物になる」

「刻印を入れないと、ただの綺麗な石ってことですか?」

「そのとおり!」


 パチンッ、と指を鳴らしてウインクを返してくるグレイブに、俺は首を捻った。

 俺は自分の考えていた鉱石の扱いと随分違うことに、いまいち納得することができない。だってそうだろう?父さんがケミルニーダ・クォーツを赤色へと変化させたことや、俺自身だって素手で触って緑色へと変えてしまった事例がある。

 そうでなくとも、レビオノス鉱山の地下坑道に閉じ込められた時に拾った例の黒い石だ。あれは鉱石の一種ではないのか?あれは魔力を流したら光の粒子をその石の中に発生させていった。そして、あろうことか、ケミルニーダ・クォーツを媒介にとてつもない魔力の放出を可能としていた。


「なんだ、坊主。不満ありって感じの反応だな」

「えっ、いや、別に」

「なんだよ。言ってみろ。ガキが大人に遠慮なんてすんじゃねや。可愛くないぞ?」

「いや、可愛さは関係ないでしょ……」


 あんたこそ、頼って欲しいなら素直にそう言えばいいものを。

 俺は、父さんに見せてもらったケミルニーダ・クォーツの変化についてグレイブに質問した。そして、自分でも色を変え、鉱石の特性に変化をもたらしたことも告げていった。


「て、ことがあってコレクションが謎の爆発によって吹き飛んだってわけです」


 俺が話している間、グレイブはうんうんと楽しそうに相槌を打っていき、隣で聞いていたフレイヤは俺の失敗に「仕方のないバカね」と地味に威力を秘めた感想を述べていった。ちなみにレビオノス鉱山のことは当然内緒だ。例え、気の良いグレイブでも話すことはできない。


「これについては鉱石の特性が関係ないって言えるんですか?」

「ああ、それな。簡単だ」


 すると、グレイブはくすくす笑いながら答えてきた。


「お前はそもそもダイアスに騙されてたんだよ」

「え?騙されてた?」


 なにが?

 言ってる意味が全くわからなかった。

 グレイブは標本の中に入っていたケミルニーダ・クォーツを取り出して握ってみせる。


「俺はこれでも町の兵士だからよ。魔法の一つや二つは使えるんだぜ。そんな俺でも。魔力を流してっと、……ほれ」


 手を開くと、ケミルニーダ・クォーツはいつもの綺麗な青の輝きのままだった。


「本当に魔力を流したの?」

「本当だっつの。フレイヤの嬢ちゃんもやってみるか」

「うん」


 いや、そこは俺だろ……。まあ、別に良いけどさ。


「変わらないわ。ダイアスおじさんがやったように赤くはならないわね」


 フレイヤは握っていた鉱石をグレイブに返した。

 だから、あの、俺の番は……。

 俺はグレイブの手元で弄ばれるケミル先輩を見ながらムスッと聞いていく。


「でも、じゃあなんで父さんは色を変えられたんですか?」

「だから、そこだよ。騙されたってのは。あいつは掘り当てるもんを事前に知ってた口ぶりだったんだろ?」

「はいそうですけど」

「ケミルニーダ・クォーツってのは、領地の結界を作る【グラン・リバイサー】の燃料としては一級品に値する物でよ。鉱夫たちが歩合制で報酬をもらったんなら、王都に一等地を買うことができるくらいの価値があんのさ」

「「それほんと!!?」」


 聞いた瞬間、俺とフレイヤは同じ反応をしていた。そして、別々に頭を抱えていった。

 おそらくフレイヤは、レビオノス鉱山の地下坑道でたまたま見つけたケミル先輩を乱雑に扱っていたことを後悔しているのだろう。脱出時、残った破片を全てあそこに置いてきてしまったのだ。

 俺もその事を後悔しているところだ。

 くそぉっ!一攫千金を逃した!!

 胸中で大絶叫していた。


「お前たち、ガキのくせになんて可愛くねえ反応しやがるんだよ……」


 顔に出過ぎていたのか、グレイブが明から様に呆れていた。


「おい、話し続けるぞー」

「すいません」


 グレイブに言われ俺はそう言うと、彼はこほんと咳払いをして続けていく。


「つまり、それだけの価値があるもんをそうそうガキの玩具にできねぇってわけでさ。ダイアスは初めっからポケットん中に鉱石を仕込んで置いたんだ。しかも、刻印を済みのやつをな」

「え、でも、確かに父さんは俺の目の前で結晶群体の中からその一つを折ったんです」

「こんな風にか?」


 そう言ってグレイブは机の上にケミルニーダ・クォーツを立てると、手で覆い隠してからバキリッ!と音を立てて折る動作をしてみせた。

 その音も相まって本当に机からもぎ取ったかのように錯覚させられる。


「すごーい!ねえ、グレイブ。今度は私の目の前でもう一回やって!お願い!」

「ああ、いいぜ」


 ーーーバキリッ!


 やはりそのように錯覚させられる。


「どうやったんですか?」

「へっへ〜ん。教えてやんな〜い」


 おい、そのムカつく顔で俺を見るな。殴りたくなる!


「私!私に教えてよ!お父さんとお母さんにやってみせたいわ」

「よっしゃ!嬢ちゃんには特別に教えてやるぜ!やっぱ子供はこうじゃなきゃな!どっかの誰かさんみたいに可愛くねぇ奴にはぜってえ教えてやんねぇぜ」


 ムカッ……。


「それで。俺はそんな手品みたいな奴に騙されて、父さんのお古をもらったって事ですか?」

「その通り!んでもって、お前さんのコレクションが爆発したのは、衝撃を加えられたことによってダイアスの込めた魔素の残滓が鉱石の中で暴走しちまったからだ。残った痕に焦げ目とかあったんだろ?それが証拠だ」


 すると、グレイブはフレイヤに手品を教えながら、ダイアスから貰った手紙の内容を話し始めた。


『自分の不手際のせいで息子の大切にしていた宝物を壊してしまった。どうにかして元通りにしてやりたいが、スザンナに子供に危険な物を渡すなんて何を考えているのかとこっぴどく怒られてしまった。さらに息子を鉱山に連れていくのも、鉱石の話をするのも禁止されてまった。これでは息子が可哀想でならない。そこで兄さんに頼みがある。どうか息子に鉱石をプレゼントしてやってくれないだろうか。ちゃんと代金は払う。だから、どうか頼む!息子の笑顔を俺は見たいんだ』


「てな。だからよ。弟のことを悪く思わないでやってくれな。こいつを持ってきたのは俺だが、金を払ったのはあいつだ。あー、一応口止めされてるからよ。それとなく、あいつに感謝してやってくれ」


 仕方ない父さんを持ったものだ。

 ったく、感謝してもしきれんではないか。

 しかし、あの父さんから貰ったケミル先輩が刻印の施されていた魔石だったとは。だから、緑色に色が変わったことなのだろうか。だが、あの時はもっと違った感覚があった気がしたのだが。

 それに光の粒子を溜め込む黒い石ーーー。

 あれに刻印はないように思えた。


「あの。グレイブは刻印された物とされていない物を見分ける方法を知ってますか?」

「いや、見ただけじゃ俺はわかんねぇな。あれを目で見て判断できるのは刻印技師だけだ。因みに肉眼で判断できる奴となると、最高峰のダブラス・アルカミスタくらいだろうさ」

「ダブラス・アルカミスタ?」

「種族は不明。されど世界中にその名を知らぬ者が居ないとされるほど有名な魔石刻印技師、ダブラス・アルカミスタ。奴の手掛けた魔石、その完成度から世界の軍事バランスを簡単に揺るがすことが出来る程だと言われている。正真正銘のバケモノだ」


 そんなすごい人がこの世にいるのか。

 いつか会ってみたい気がする。おそらく、バケモノと言われるほどに鉱石に詳しく、ダイアスや俺とも話が合いそうな気がする。


「でも、それほどの人でないと簡単には魔石の刻印を見分けることはできないんですね」

「そもそも、見分けること自体、別に必要としないだろう?なにせ、魔力を流して直接確かめりゃいいんだからな」

「ああ、そうですね」


 言われてみればそうである。

 だが、その理論でいくと、魔力を流して反応したものは刻印の施された魔石ということになってしまうのでは?


(ん〜。黒い石についてなにか掴める気がしたんだけどな。俺にはまだ分からないや)


 はぁ。

 俺は持っていた『クラディレンセシスライト』を標本の中に戻し、椅子に座ると机に突っ伏した。

 てっきり魔力を鉱石に流せば魔法っぽい現象が引き起こせるものだと思ってた。鉱石と魔石を俺は、釜の火とガスコンロくらいの差に考えていたのだ。一方は制御できないもの。もう一方は細部まで制御できるもの。そんな感覚に捉えていた。

 鉱石の特性っていうのは結局のところ、刻印を施して発揮される最たる能力ってことなのだろう。


「俺も刻印ができたらな。魔石作ってみたいな」

「それなら、そこの魔導機を使えばいいだろが」


 グレイブが俺の独り言を耳にして聞き捨てならないことを言ってきた。

 俺はばっと顔を上げる。


「どこ!!?」

「それだ、それ。ヤン爺の工房にいながらこれを知らないわけないだろ?」

「ヤン爺?」


 俺が知らない人の名前に首を傾げると、代わりにフレイヤが口を開いた。


「私のお爺ちゃんね!ヤン・フーリスっていうのよ!」

「そういえば、名前聞いたことなかった」

「なんだ、ダイス。お前、ヤン爺のこと知らなかったのか?」

「いえ、ここで何かを研究してて、それでいて村のために何かを見つけるために旅に出たってことはフレイヤから聞いてます。でも、詳しくは知りません」


 他人のことを聞いていいか、ってなんか烏滸がましい感じがして聞き辛いんだよな。相手が勝手に話してくれる分には構わないんだけどさ。


「グレイブさんは、お爺ちゃんのこと知ってるの?」

「まあな。よくここにもダイアスとザッカスで遊びに来てたもんよ」

「へぇーー!!」

「しっかし、旅に出てたなんてな。通りで探してもいないはずだ」

「探してたの?」

「ああ、まあ、ほら、俺ってば久しぶり村に帰ってきたもんだからよ。挨拶くらいしてぇじゃねえか。な!」


 フレイヤの問いに焦ったように答えていくグレイブは俺に話を振ってきた。

 な!って、おいおい。下手くそか。


「それで、そのフレイヤのヤン爺さんから魔導機の使い方を教えてもらったんですか?」

「そうそう、それだ!少しだけ触らせてもらったことが何回かあるんだけどよ。どうも全然上手くいかなくってな。結局、鉱石大好き人間の俺の弟ですらその魔導機を使いこなせなかったんだ」


 へぇ、ダイアスが。

 あの男なら好きと言う情熱だけで全てを覆してしまいそうな気がするのに。意外だな。


「じゃあ、ヤン爺さんがいない今は誰も使える人がいないってことですね」

「まあ、そうなるな。初歩くらいならできるかもしれないがな」

「そもそも、あの魔導機は今壊れてるの。どの道使えないわ」


 フレイヤがそう言うとグレイブが「またかよ」と声を漏らした。


「俺らがガキの時もしょっちゅうでよ。ヤン爺、いつも調整大変そうにしてたわ」

「直し方は分からないんですか?」

「俺か?いや、どうかな。ちらっと見たことあるが、まったく理解できなかったことだけは覚えてる」

「そうですか」


 俺が残念そうに言うと、フレイヤも釣られたようにしゅんとする。

 そこにある魔導機がまさか鉱石に刻印を入れる為のものだったとは。動かないなんて本当に惜しい。


「おいおい、そんな面を俺に見せんじゃねえよ。子供は元気が取り柄ってもんだろ。ヤン爺が帰ってくるのを待てばいいじゃねえか。だろ?」

「そうね」


 俺の代わりにフレイヤが答える。

 俺はすぐに頷けなかった。


「もし、鉱石を魔石に変えられたら俺も魔法を使えたのになあ」

「魔法に憧れるお年頃か。分かるぜ。確かに、この村には魔術教本なんてのもないしな。大人になってから魔法を学びに外に出るしかねぇな」

「嘘でしょ……」


 大人って、まじかぁ。もうそこまで大きくなって使えなかったらきっと興味失ってるわ。

 なんだかなぁ。本当に異世界っぽいこと全然できてない。

 魔法さえあれば、いざって時に役にたつと思うのに。地下坑道に閉じ込められた時のような無力感と絶望感を味わうのはもうごめんだ。

 せっかく、鉱石を使って魔法の実験ができると思ったのに。それすらも、数秒で頓挫した。

 何のための鉱石の特性だよ。

 魔力流しただけで反応がないなんて、そんなの意味ないじゃないか。刻印がないと性能を発揮できないなんて不便すぎる。

 俺は徐ろに標本から透明なライトオレンジの鉱石を取り出した。

 レミエムダイト。キューブ型となる形が特徴的で、魔素を流すと引力を生み出す、【ダイト系】の鉱石だ。


 例えば。

 向こうの机に置いてあるペンチを俺の手元まで引き寄せたいという場合。

 レミエムダイトは引力を生み出し発生させるというざっくりとした特性しか持ち合わせていない。

 であれば、対象物や引力を生み出す力場の指定。力の発生速度や強さなどの指定が必要になってくる。



 ーーー俺だったら。

 引力を生み出す力場は任意設定にし、発動時に固定。更に力場に指向性を持たせ、目標物へ効率的に効果を発揮するようにコントロールする。そして、引き寄せる力は、引力の力場を作る力とは別位相でコントロールできるように設定する。


 それはこんな風かもしれない。


 俺はレミエムダイトを右手で握り、魔力流しながら鉱石の特性をコントロールするように思考をしていき、空いている左手を向こう岸にある机のペンチへと向ける。そして、左手の平の少し前に力場ができるイメージをし、そこへペンチが引き寄せられてくるようなイメージで左手にも魔力を流してみる。


 その時だった。

 右手に握った魔石から左手に掛けて力が伝わってくる感覚を覚えた。


 次の瞬間ーーー。



 ーーーーーーガシャンッ!!



 狙いを定めていたペンチが机から放たれた様に飛んできて、俺の手をすり抜け、後ろにある金属ラックへと勢いよく当たっていった。


「でき、た?」


 俺が後ろに落ちたペンチを拾い上げ、向き直るとフレイヤとグレイブが驚いた顔を俺に向けていた。


「なによ、今の……?」

「お前がやったのか?」


 俺は、それにぎこちなく頷くのだった。

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