第19話 興奮と企み

「んふふふふふふふ〜〜」

「その気持ち悪い声やめて」


 フレイヤと昼食の用意をしていると、彼女に注意されてしまった。


「ああ、ごめん。つい、ね」


 キッと睨んでくるフレイヤに俺は鍋の中の具材を掻き混ぜながら謝る。すると、彼女は珍しくため息を吐いた。


「…………。ねえ、……なんか良いことあったの?」

「え〜、分かる〜う?参ったな〜、分かっちゃう〜?」


 後で驚かせようと思ってたけど、仕方ない。今、少しだけネタバレしても良いかな?良いよねえ〜?


「いや〜それがさ〜んふふふふふ」

「もうっ!そのテンションが鬱陶しいの!切り刻んで鍋にぶち込むわよ!」

「ひっ!すいませんっ!」


 鶏肉を小さく切っていくフレイヤがまな板に包丁を突き立てながら言ってきたので、俺はすぐさま口を押さえて謝った。


「なによ、たくっ」


 すると、フレイヤはぷいっとそっぽを向くようにして手元の作業に戻っていった。


「………………」


 しかし、その間。

 俺が意識して黙々と鍋の様子を見ていると横からちらちらと視線を感じた。


「フレイヤ?」

「なによ。別に見てないわよ!」


 自分で見ている事を自白したフレイヤは耳を赤くしながら、先に切り終わった鶏肉を渡してきた。


(うんうん、大きさも揃ってて良い出来じゃないの。でも、火の通りにばらつきが出ちゃうから鍋に入れるのはそれが切れてからね)


 俺は少しの間フレイヤの作業を待った後、肉を鍋の中に放り込んで蓋をすると煮込んでいった。それから灰汁を取り除いて、更に煮込み、そうして出来上がった“なんちゃってポトフ”を器によそっていく。


「やっぱコンソメが欲しいなあ」


 こっちの世界にはお手軽調味料なんてのがないため、コンソメの成分を知らない俺にはそれを作ることはできなかった。代わりに、ラファンという良い香りと味のする物があったので試しにぶち込んでみたのである。


「ん〜〜」


 不味くはない。が、思い描いていた味には遠い出来だった。


(料理漫画をもっと熟読しておけばよかった)


 懐かしの味を再現しようとする度に俺はそんな事を胸中で思うのだった。


「ふーん、まあいいじゃない。美味しいわ」


 すると、テーブルの向かいの席に座るフレイヤが感想を言ってくれた。


「そう言ってくれて良かったよ」

「あんたってたまに変な料理作るわよね。それで失敗しないのが不思議だわ」

「一応、味見しながら調整してるからね。そこまで大失敗はしないよ」


 自分の知らない調味料の使用法について初めは慣れるのに苦労した。しかしそれでも基本さえ押さえていれば大惨事は回避できるものだ。

 すると。フレイヤはおかわりをよそって戻ってくると、ふふんと笑ってきた。


「じゃあ、今度は私がすごいのを作るわ」

「すごいの、ってなに?」

「決まってるじゃない。あんたの料理より最高に美味しいものを作るのよ。味見さえすればなんとかなるんでしょ?」


 いや、まあそうなんだけど。大抵そういう宣言する奴の創作料理って、ヤバいんだよな。最近のフレイヤの手際なら然程心配しなくてもいいかもしれないが、…………できれば見える範囲で料理してくれることを願いたい。


「分かった。楽しみにしてるよ」


 まあ、失敗を大いにできるのも子供の特権だ。もし不味くても大人の俺が責任を持って完食してやろう。ザッカスとカトリーヌの胃袋は俺が守る!







「で?そろそろ話しなさいよ」


 ご飯を食べ終わって一息吐いているとフレイヤが脈絡もなく聞いてきた。ぶっきらぼうな言い方だが、怒っているわけではないと言うことは声音から十分に分かる。しかし、その質問の意味は分からなかった。


「話すって?」

「だから。あんたになにか良いことあったのかって、そう聞いてるのよ」


 良いこと……。

 いいことねぇ……。

 いいこと……。


「あっ、忘れてた!?」

「わあっ!?なによ!いきなり大声出さないでよ!」


 くそぅっ!俺としたことが。コンソメの代替え調味料を考えてる場合じゃなかった。僅かでもアレの事を忘れてしまうとは!


「よしっ!じゃあ、工房に行こう!」

「え!?ちょっ、なんでそうなるのよ!」

「見せたい物があるんだ!ほら、早く!」

「ああもうっ!分かったわよ!」


 俺は戸惑うフレイヤを急かしながら工房のある倉庫へと向かっていった。

 そうしてフレイヤを先に中へと通し、俺は少し遅れてから入っていく。


「なに、その箱。なにが入ってるのよ?」


 俺が工房の作業机に二つの木箱を置いていくと、フレイヤが訝しげに見ながら言ってきた。


「まあまあ、そう焦りなさるな」

「キモい」


 俺がにっしっし、と笑いながら言うとあからさまに嫌な顔をされてしまう。

 だが、めげない!なにせ俺にはこれがあるのだから!

 木箱の蓋に指を掛け、それをゆっくりと開けていった。


「っ!どうしたのよ、これ」


 4×4の区分けされた二つの箱に計32個の鉱石。

 フレイヤはそれを見て驚きの声をあげながら聞いてきた。


「もらった!」

「もらった、って誰によ!?もしかしてダイアスおじさんがくれたの?」


 チッチッチ。

 スザンナの尻に敷かれているダイアスが俺にこんなのをくれるはずがなかろうて。


「聞いて驚けっ!なんと、父さんのお兄さんからもらったのだ!」

「……ダイアスおじさんのお兄さん?」


 あれ、反応が思ってたのと違う……。ああいや、まぁ、父親に兄がいるだのなんだのを子供に言ったところで驚くことではないか。家系だの家族構成だの血縁関係だのに関心を持つのはもっと先の話だろう。

 とりあえず、あまりしっくりしない反応を示すフレイヤに昨夜にグレイブと会った事を話していった。


「へえ、兵士をしてるなんて凄いわね。私、この村の男の人たちはみんな、お父さんみたいな鉱夫になるんだって思ってたわ」

「……あははは」


 それな……。鉱夫の仕事は立派なのは分かるけど、俺はなぁ……ちょっと。

 もし俺がダイアスに事務職に就きたいって言ったらどんな顔するだろうか。ああ、将来が不安でまた不眠症になりかねない。


「その、グレイブさんって今はどうしてるの?」

「さあ。今頃はうちに来て母さんに会ってるか。それとも、鉱山に行って父さんに会ってるんじゃないかな」

「私も会ってみたいわ。今度、私にも会わせてね」

「うん。フレイヤのこと話しておくよ」


 おそらく今日の夜にはダイアスも帰ってるから確実にグレイブに会えるはずだ。そしたら、お昼に誘いがてらフレイヤを紹介しよう。


「ひゅ〜ぅ。ガキっぽくねえとは思っていたが、その年でもう女を引っ掛けてるとは。こいつぁたまげたもんだぜ。なあ、ダイス?」

「えっ!!!!?」


 突然聞こえてきた声の方を振り向くと、そこにグレイブがいた。


「なにしてるんですか!?」

「なにって、夜中にまた明日って約束しただろ」

「いや、それはそうですけど」


 だからって、どうして人の家の倉庫に不法侵入してんのさ!


「それよりも、その子。俺に紹介してよ」

「え、ああ、えっと」


 んな、いきなり。

 どっちから言ったほうがいいかな。


「初めましてお嬢さん。俺はグレイブ・ガレンノート。しがない町の兵士をやってる。よろしくな」

「わ、私はフレイヤ・フーリス、です。……よろしく、お願いします」

「フレイヤちゃんね!俺のことはグレイブでもお兄さんでも好きに呼んでくれ」

「は、はい」


 俺を差し置いて挨拶をしあう二人は軽く握手をしていく。


「もう、勝手に」

「いやあ、わるいわるい。女性を待たせるのは男の恥だからな」

「子供相手に何言ってるんですか」


 フレイヤがびっくりしてちょっと人見知り発動しちゃってるじゃないか。どうすんだよ。そわそわして小っちゃくなっちゃってるじゃんか。不覚にもちょっと可愛いとか思っちゃったじゃねえか。


「それで、グレイブ。いきなりなにしに来たんですか?父さんと母さんには会ったんですか?」


 聞くと、グレイブが頭の後ろを手で掻いて、あははと微妙な笑いを漏らした。


「それがなあ。実は、今の今まで寝ててよ。まだなにもしてねえんだわ」

「飲んだくれてただけじゃないですか……」


 どうやら村に入ってきたところで、俺が倉庫の裏手から回って荷物を持って入って行く姿を見てついて来たらしかった。いるならいると、初めから言って欲しいものである。

 ちなみに俺が倉庫の裏から持ってきた荷物がグレイブからもらった鉱石の標本だ。昨夜、彼からこれらをもらった後、両親に見つかって没収されることを恐れた俺はそのまま家に持ち帰らず、倉庫の裏手の茂みに隠しておいたのだ。お陰で、家を出る時も荷物を持たずに怪しまれる心配もなかった。我ながら良い作戦だった。けど、家で眺められないのがなぁ……。


「ダイスこそ、こんな立派な工房でなにしてんだよ。俺がやった鉱石でさっそくなんかすんのか?」


 グレイブは椅子を何処から勝手に引っ張り出して来ると、鉱石の標本からその一つを取って手の中で弄びながら聞いてきた。


「普段はフレイヤとここで文字の読み書きの勉強をしてるんです」

「ほほう。そりゃ健全なことで」


 その目をやめろ。フレイヤが意味分かってなくて首を傾げちゃってるだろ。


「こほんっ。で、今日はあなたからもらったこの鉱石が嬉しくてですね。フレイヤに見せようと思ったのと、ちょっと実験をしようかと思いまして」

「ほお、実験ときたか」


 グレイブが腕を組んで茶化すように言ってきた。

 お遊び程度に思ってるんだろう。

 まぁ、おそらくその域を出ないかもしれないが別にいいさ。ずっとやってみたかった事があったんだ。


「ふっくっくっく。魔法をご覧にいれませう」


 俺の言葉にグレイブとフレイヤは二人して首を傾げるのだった。

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