第18話 叔父の手土産

「ダイアスのガキって言うからもっとやんちゃな悪ガキを想像してたんだけどな」


 父ダイアスのお兄さんであるというグレイブは、酒を引っ掛けながら勝手な感想を言ってきた。


「悪かったですね。想像と違って」

「なんだ?怒ってんのか〜?」

「酒臭いゲップを吹きかけてきたら怒りますからね」


 俺がそう返すとグレイブは笑い飛ばした。

 俺の叔父に当たると言うのなら、鉱夫達の飲み癖の悪さは知っているはずだ。全身から酒を浴びるように飲んでいく彼らは酒樽が無くなろうとも手が付けられない。祭りのような騒ぎが収まるには、男どもが寝落ちしていくのを待つか、それとも彼らの手綱を握る女衆の到着を待つ他ないほどだ。


「ははは、俺も昔はそうだったな。筋肉ダルマのおっさん達が声を上げながら飲んでんだからよ。怖ぇのなんの。だけどよ。酒を飲むようになるとあの輪の中に入って飲むってのはすげぇ楽しんだぜ。お前もそのうち分かる日が来るさ。今から楽しみにしとけ」


 グレイブは飲み会の光景を思い出しながら言うと、コップの中を煽っていく。

 残念だが、俺は一人飲みが好きなんでね。みんながワイワイしてるのを遠目で見るだけにさせてもらうよ。

 ところで、だ。


「ええっと、叔父さんって言えばいいんですかね。叔父さんはなんでここでキャンプしてるんですか?」

「待った待った!まずその叔父さんってのをやめてくれ!おらぁまだ30だぜ?叔父さんはまだ早え。グレイブって呼んでくれ!」


 家系図的に叔父さんだが、まあ仕方ない。本人が言うのだから希望に沿って呼ぼうじゃないか。


「分かりました。グレイブは何してるんですか?家がないんですか」

「……なんか色々とすげえな、お前」


 なにかおかしな事を言っただろうか。名前の発音が違った?

 俺が首を傾げていると、いきなりわさわさと頭を撫でられた。


「なんですか、もう」

「可愛げがないお仕置きだ」


 なんだそれは……。デカい手で無闇に頭を揺らさないでほしい。


「俺は普段はサルマールって町で兵士をやってるんだが、この間、ちょいと休暇をもらってな。こうやって帰ってきたってわけだ」

「里帰り、ですか?」

「そうそれだ。お前が産まれたってことは知ってたんだけどな。忙しくて中々来れなかったんだわ。まさか、こんなところでお前さんに会っちまうとは思いもしなかったぜ」


 俺も叔父さんがいることも、茂みに隠れているのに見つかるとも思っていなかったさ。


「せっかく着いたのならなんで家に来ないんですか?うちに行きましょう。父さんと母さんならこんな時間でも喜んで歓迎してくれますよ」


 俺がそう言って誘うと、グレイブは片手を左右に振った。


「そいつぁ、明日でいいわ」

「どうしてです?」

「久しぶりの故郷だからな。まずは一人で余韻に浸りたいって訳さ。ふふん、ガキにゃあまだ分からんだろう?」


 グレイブはそう言って片眉を上げ、したり顔をしてきた。

 俺は肩を竦めてやれやれとジェスチャーを返す。


「はは、なんだよその反応は。変な奴だな」


 一昔前の海外通販番組みたいな仕草の奴に言われたくない。


「それによ。俺がお前に今家に招待されちゃ、外に出てた事がバレるぜ。いいのか?お前の母ちゃんおっかないだろうに」

「た、確かにそうでした」


 あぶねえ。危うく自爆するところだった。


「グレイブは、母さんのことをよく知ってるんですか?」

「知ってるも何も古い付き合いだからな。スザンナをこの村に連れてきたのだって俺なんだぜ?ダイアスとスザンナが知り合ったのはその後さ」


 ほほう。ちょい気にならなくもない話だ。

 両親の馴れ初めほどどうでもいいことはない。だが、俺はスザンナが何者なのか、以前から興味があった。


「あの、母さんって何してた人なんですか?僕、聞いたことなくって」

「ん〜〜、話してやりたいんだが。悪いな、スザンナには前々から自分のことは息子に話すなって口止めされてんだよ。知りたきゃ、自分で聞いてみな」

「それができないから聞いたんですけど」


 なぜかうちの母は過去を語ろうとしない。

 聞こうとすると雰囲気というか、えも言えぬ圧を発してくるのだ。俺はそれが怖くてもう自分から聞くことはできなかった。


「まあ、いつか分かるさ。その時の楽しみにしておきな」


 そんな言い方をされると、更に気になってしまうではないか。無駄に期待が膨らんでしまう。


「まあ、そう言うことにしておきます。じゃあ、僕はそろそろ行きますね」

「なんだよ、もう行っちまうのか?」

「僕は散歩の途中なので」


 それにそろそろ戻らないと、万が一ということもある。


「もっと話そうぜ」

「酔っ払いの絡み方を子供にしないでください。それに、グレイブは余韻に浸りたいんじゃなかったんですか?」

「はっは、いいのいいの。甥っ子と話すのと余韻に浸るのじゃ、比べるまでもねえ」


 おいおい、そんなこと言われたら叔父さんの株価が上昇するじゃないの。確かに初対面だが、話しやすい人だ。俺ももっと話していてもいいかと思う。

 だが。


「いいえ。やっぱり行きます。グレイブと話せて少し気が紛れたので今日は眠れそうです」

「そうか?ガキの癖になに悩んでるか知らねえけど、思ってる事を抱えすぎるなよ」

「はい。そうします」

「ったく。他人行儀な奴だなあ。仕方ねぇ。明日渡すつもりだったんだけど、今持ってけ!」


 グレイブは傍に置いていた荷物を取ると、小包を渡してきた。

 戸惑いながら受け取ると、ずっしりと重かった。


「落とすなよ?下手すると中身が砕け散るからな」

「な、なにが入っているんですか……」

「お前の大好きなもんさ」

「肉ですね」

「違げーーよ!」


 え、ブロック肉じゃないの?じゃあ、この重さはなんなのさ。もしかして、ダンベル……?要らないよ?筋トレは趣味じゃないからね。

 俺が小首を傾げていると、グレイブが眉間を摘みながらため息を吐いた。


「ダイス。お前、本当にダイアスの子か?」

「どーゆーことですかー」

「俺の弟は鉱石に関しちゃ好きすぎて馬鹿みたいに知識を溜め込んでるからな。その影響をお前が受けていないはずがないって思ったんだが、違ったか」


 ということは、もしかして?


「グレイブ?!あの、開けていいですか!」

「おい開けてんじゃねえか」

「うひゃーーーーーーーーぁあ!!!なんっじゃ、こりゃ!!!!」

「よかった。間違いなく、あいつのガキだわ」


 何か失礼なことが聞こえたが、俺は無視することにした。だって、今俺の目の前にはずっと恋焦がれていた物があるのだから。

 包みの中には4×4の区分けがされた箱が二つあった。蓋を開けるとその中は俺の拳大のサイズの鉱石が入っていたのである。

 見たことある物から、知らない物まで。


「こっこここここっこれ、僕にっていうことは、もももももらっていいんですか!?」

「その為に持ってきたんだ。貰ってくれなきゃ俺が困る」

「やったーーーーーー!グレイブ大好き!」

「女の子から言われたかったぜ」

「父さんと母さんにあなたが姪を欲しがっていたと言っておきます」

「ばか、やめろ!悪かったって冗談に決まってんだろ」

「分かってますって」


 まあ、俺も妹であれば欲しいと思う。必ず立派なお兄ちゃん子に育て上げてみせる!


「元気が出たみたいで良かったぜ」

「はい。わざわざ本当にありがとうございます!とっても嬉しいです」

「ありがとうだけで充分だっての」

「グレイブ、ありがとう!」

「そう、それだ。気を付けて帰れよ。また明日な」


 俺はそれからグレイブから貰った鉱石の標本を包の中に仕舞っていくと、彼に別れを告げて家へと帰っていった。

 嗚呼。

 これは目の下の隈が酷くなりそうだ。

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