第17話 グレイブ・ガレンノート
「眠れないっ!!!」
俺は虫の音だけしか聞こえてこない深い夜、自分の掛け布団を蹴散らして起き上がった。それから両手で顔を洗うように撫でるとぐったりと項垂れる。
「くそぉ……、完全に不眠症だ……」
ああ、病んでる。
ほんと最近病んでる。
眠いのに、横になった瞬間、頭がフル回転し始める。
目を閉じても一向に寝落ち出来ないし、何より虫の鳴き声まで気になり始めてさらに眠ることができなくなっていた。
全く以って健全でない状態だ。
「ああ〜〜ぁ、ぐっすり寝たい。何も考えず安眠したい」
それもこれも全部、廃鉱山に閉じ込められたあの事件が原因だ。
容易く危機を乗り越えられなかった自分に失望した。
幼馴染の小さな女の子に助けられてばかりで不甲斐なかった。
俺がもっと色んなことができたら。
暇潰しだ、趣味だなんだと曖昧なことを理由に下手なことをするもんじゃなかった。
そんな自分を否定し後悔に溺れる毎日。
「転生してから5年と約半年か。なんてつまらない人生送ってんだ俺は……」
こんな状態であと一週間も過ごしたならば、俺はきっと発狂して虎か何かになってしまうことだろう。
ああ、貴様は我が友、李徴氏か?いいや、ただの元オタクだよ!
(あかんっ、そんなんあかん!こんなの俺の思い描いてた異世界ライフじゃない!)
だってそうだろう?
異世界転生って言ったらほらお約束事が色々あるだろ!
まず第一に転生特典でチートスキルとか。
ーーーもらってない……。
特殊な種族に生まれましたとか。
ーーー普通の人間……。
特殊な潜在能力が眠ってたりとか。
ーーー寝息すら聞こえん……。
そうじゃなくても、前世の記憶を元になんやかんや凄いことしちゃうとか。
……なんやかんやの時点でさっぱりだわっ!
俺は天井を見上げ、木の木目をひたすら目で追っていく。
「俺、なんのために転生したんだよ」
誰か意味を教えてくれっ!
と、心の中で叫ぶ。
漫画もアニメも小説もない世界にオタクを転生させるじゃねぇよ。
「マジで神がいたらクレーム言い付けてやる。転生の選出審査判定基準なんなの?この世界で何したらいいのさ」
もしも俺に前世の記憶がなければありのままを楽しみ、たとえ失敗をしたとしてもこんな風に子供らしくない悩みをせずに眠りに就けていただろう。
「はあ……、いっそ明確な目標が欲しい」
この前までは目標があるにはあったのだ。
それが鉱石のコレクションであり、それは前世の俺の収集癖の延長線上で自分にはとても合っていた。それを糧に数年は生きていくことはできただろう。しかし、今となってはコレクションは全て無くなり、鉱山は出禁、忍び廃鉱山では危うく死ぬところだった大事故に遭った。その事件がなくとも、あの坑道の様子じゃ鉱物を掘ることすら出来ない。
こんなんでよくフレイヤにでかい口を叩いたものだ。
………………。
「あ〜〜〜〜〜〜〜ぁっ。ダメだ!超ネガティブになってる!いつまでうじうじしてんだ俺は!中身はおっさんだろ!いい大人じゃないか!心の整理くらいなんてことないだろ!…………くそぉ、酒飲みてぇ」
こういう時は、酒を飲みながらお気に入りのアニメを鑑賞し、笑って涙し、心の浄化を計るのが一番だというのに!
俺はベッドから降りると、足音を最小限に部屋を出た。
「よし、いないな」
俺はそのままそろ〜と玄関まで歩いていき、外へと繰り出した。
なに?酒を盗み飲むとでも思ったかい?
「子供の体でアルコールを摂取すると最悪将来に悪影響を及ぼしかねないからね」
そりゃ、もちろん飲みたいが。
幼い身体はというのは敏感だ。もしここで摂取したとして、脱水症状起こしてぶっ倒れた挙句、二日酔いになったら両親に申し訳が立たなくなってしまう。
「今できるのは心の浄化のための散歩くらいだ。うう、夜中に出歩くとは不良極まりないね」
俺は念の為、人目の付きにくい場所を歩こうと村のすぐ近くにある原っぱへと足を向けた。
ディアナス鉱山とレビオノス鉱山は一応は峰の繋がった連峰だ。その麓の中間地点にディアナス村があり、周りはいくつかの畑と山から流れてくる川、そして原っぱと鬱蒼と生い茂る森が広がっている。
俺はその森と原っぱの境にできた道を散歩していった。
「自然豊かな場所に転生し、都会では味わえぬ、のんびりゆったりなセカンドライフを過ごす」
ん〜〜〜〜。
俺は自分で言ってあまりしっくりこなかった。
「都会がいいな。できればメイトかメロンかトラがあって、網か黄色か、それでなくてもヨドかビックが立ってて欲しいな」
漫画に小説、同人誌。
フィギュアにプラモに家電量販店。
家を借りるとしたら譲歩しても15分圏内だな。
「うん、やはり都会最高!」
せめて魔法が使えなくても電気の一つでも使えたらと思ってしまう。
「部品さえ売ってれば手回し発電機の一つや二つ作ってるのになあ」
そんなことを言いつつ歩いていると、目の前にレビオノス鉱山が見えて来た。
『行きたくなったら、声掛けなさいよ』
不意に俺はフレイヤに言われたことを思い出した。
おそらく、俺が日々つまらん顔を隠して過ごしているのがバレたのかもしれない。
フレイヤに偉そうなことを言っておきながらこの体たらくで、対する彼女は俺が何もせずとも自分で変わろうと少しずつ成長していっている。
「悩みながらも前に進む、ってその熱量と単純さ。それが純粋って奴なんだろうね」
フォッフォッフォ。
わしも精神年齢アラフォーじゃ。歳をとったのう。
変わりたいと思っても、道理で気持ちがついていかないわけである。
「って、そんな言い訳してる場合じゃないんだよな」
うじうじしないために散歩しに来たというのに、これではなんの気分転換にもなってない。
そう思って俺はぺしぺし頬を両手で叩き、それから深呼吸するとまた歩き出した。
そうして、そろそろ森の方から川の音が大きくなり、その姿が見えようというところまで歩いてきた。
「んん?灯りか?」
俺は川沿いに火の灯りを早々に見つけ、さっと叢に身を隠した。
「あぶねぇ。普通に川岸に降りようとしてたわ」
草葉を手で分けて灯りの方を観察していく。
そこには大きな男が一人いた。遠目からでははっきりと何をしているのか分からないが、焚き火を囲んで丸太の椅子に座り、くつろいでいるように見えた。
「はは〜ん、ソロキャンかい?いい趣味をお持ちで」
俺は道具の手入れの大変さに心が折れて、3回キャンプして辞めたよ。
まぁ、冗談はさて置き。
おそらくは狩人の誰かだろう。
ああして狩場の様子を伺って精神統一でもしているのかもしれない。
(こっちに気づく前に帰ろ。スザンナにバレたら鉄拳制裁されかねない)
俺は川辺の男の事を勝手に解釈すると、来た道を戻ろうと踵を返した。
すると。
「おい。もういくのか?帰る前に一度こっちに来たらどうだ」
「ーーー!?」
あろうことか声をかけられてしまった。
まさか俺じゃないよな?
と、疑心暗鬼で振り返り、返事をせずに固まっていると男がこちらを見て手招きしてきた。
「嘘だろ……」
「覗き見が趣味だってんなら、無理にとは言わないが」
人違いではなく、完全に俺を呼んでいることが分かり、その不名誉な勘違いを正すために叢を出た。
「こんばんは」
「これはこれは、まさか子供とは。驚いたよ」
一応挨拶すると、短く刈られたブロンドヘヤーの男は余り物の小さく切られた丸太を横に置き、俺に座るよう促してきた。
どうやら完全に見えていたわけではなかったようだ。
そして、俺は焚き火に照らされたその顔を知らなかった。
村人じゃない……?
誰だ?
「おじさん、初めて見る人だけど、旅の人?」
俺は見たことのないその人物を前に率直に聞いた。
「おいおい、坊主。お前いくつだ?なんだか、小せえのに全然子供っぽくないな」
「そう言われましても。こんな子供、どこにでもいますよ。それより、あなたは誰ですか?」
「なんだよ。そんなに俺のこと気になるのか?」
男は親指を立てて自分に刺してそう聞いてきた。手を振るジェスチャーを交えたセリフがどうもアメリカのホームコメディドラマっぽくて、なんだか既視感を感じる。
だから、俺も肩を竦める動作を少しわざとらしくして返してやった。
「いや、もし人攫いの場合、素性を聞くタイミングを逃すとあとあと知ることないまま展開が進んでしまいますので。早めに明らかにしておこうかと」
「うへえ、お前可愛くねえガキだな」
「余計なお世話です」
「お前こそ誰なんだ?お父さんお母さんはどうした?はぐれたのか?それとも、……いや流石に帰る場所がねえってことはないよな」
顎に手を当てて首を捻る男に、俺は名乗るかどうかを一瞬悩み、とりあえず言うことにした。
「ダイス・ガレンノートです。なかなか眠れないので家を抜け出してきて絶賛散歩中なんです」
「子供が寝付けないって。食って遊んで寝るのがお前らの仕事だろうが。その歳で職務怠慢か。将来が楽しみだな」
「苦しんでる子供を茶化さないでください。全くいい大人ですね」
「はははははっ、言うじゃねえか坊主。……じゃねえ。あれ、お前の名前、ダイス……ん?お前、ガレンノートって言ったか?」
おいおい、せっかく名乗ったんだからちゃんと聞いておいてくれよ。飲んでるそれ、酒か?くだらん冗談言ってると俺が奪い取って飲むぞ、おっさん。
「そうですが。おじさんは?あの、聞いてますか?」
「え?ああ、いや、すまねえ。まさか、お前に先に会えるとは思ってなくってな。いや、笑いが込み上げちまってさ。くふふふふ」
俺に先に会えたってなんのことだ?
…………もしかして、レビオノス鉱山に不法侵入した件がバレて?防犯カメラってこの世界あったのか?あれか、魔法か!?記録映像的なのを残しちゃう便利魔法か!?
男がくすくす笑う中、俺は顔色を悪くしていった。
すると、男が持っていたコップを置いて、代わりに手を差し伸べてきた。
「え、と……?」
「俺はグレイブ・ガレンノート。お前の父さんの、ダイアスの兄貴だ!」
「父さんのお兄さん!?」
「よろしく、ダイス。会いたかったぜ!」
グレイブは混乱する俺の手を勝手に握り、ぶんぶん振って笑い声を上げていった。
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