第16話 できることとは?

 慎重に構えることと臆病に構えることは異なることだ。しかし、根っこに考えていることは大抵が同じだ。


 ベッドに横になって星明かりの差す窓辺を眺めながら、まるで後悔をするように思い出す時がある。


 俺はあの時、いの一番に生き残ることを最優先としていた。そして、次に暗闇からの脱出だった。

 俺は頭で最善を尽くしているつもりでいた。だが、それは実のところ最善ではなく、“現状の最低限の維持”と“もしもの時の保険”を残すための打算的行動だった。

 思い切りも覚悟も。

 それを背負う責任感も不足し欠けていた。


 あの行き詰まった状況から外へと脱出できたのは、諦めと覚悟をないまぜにしたフレイヤの行動のお陰だ。


 謎の黒い石ころにケミルニーダ・クォーツを差し込み、持てる力を振り絞ってそこに魔力を流し込んでいった俺たちは、瓦礫の壁をぶち抜いてそこを脱出することに成功した。

 予想していた二次崩落や他の通路への直結などはその瓦礫の先に一切なかった。長さにして10メートルほどの瓦礫で埋もれた壁をぶち抜いて進んだ先は、緑豊かな森の茂みだったのである。それはレビオノス鉱山の集会場のあった場所よりも下に位置していた。集会場へと繋がる道もしっかりとあり、俺たちは木の根や雑草が隠す様に生えているその坂を登って帰路辿って村へと帰っていったというわけだ。


 あのまま俺が臆病に構えていたら、きっと脱出はできなかっただろう。蓋を開けてみれば塞がれていた瓦礫はすぐ外に通じていたわけで、その先の通路を破壊することもなければ、体力温存もしておく必要すらなかった。

 不甲斐ないばかりで、本当に情けない。

 前世の記憶がある?だからなんだという話だ。

 何の役にもたっちゃいない。

 窮地に陥ってもなにも変わらなかった。


「俺はなにしに転生してきたんだ」


 力がない。

 子供一人を容易く助けることもできない。


「……なにが異世界転生だ」


 俺は寝返りを打って瞼を閉じる。

 あの日からずっとこの調子だ。

 本当はどうすればよかったのか。

 なにが俺にできたのか。

 なにをするのが最善だったのか。

 俺は眠れない日々を過ごしていった。





 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「なによ、あんた。今日も来たの?懲りないわね。必要ないって言ったじゃない」


 日に日に太陽が昇っていくのが早くなる今日この頃。

 俺は日の出と共にフレイヤの家へと足を運ぶと、玄関先で掃き掃除をしていた茜色の髪の幼馴染に開口一番にそう言われた。


「おはよう、フレイヤ。いいんだよ。これは恩返しみたいなもんだし、せっかく怪我が治ったんだからリハビリくらいいいだろ?」

「あんたね、うちをなんの施設だと思ってんのよ」


 俺はそんな彼女の言うことを無視して勝手に畑の手入れを始める。


「ふんっ。好きにすればいいわ」

「へ〜い」

「二人ともご苦労さん」


 そうしていると荷物を片手に持ったザッカスが家から出てきて俺たちに声を掛けてきた。


「おはようございます。ザッカスさん」

「ダイス君、おはよう。やっぱり、“様”よりそっちの方がいいよ」

「あははは、すいません。変なスイッチ入ってたので、つい」


 そりゃあ、使用人でもない他人の子供から様付けでで呼ばれたら鳥肌が立つだろう。ふぅ、黒歴史を作ってしまっていたことに今更気が付いたぜ。恥ずかしい……。


「お父さん、もう行くの?」

「うん。今日は三十番坑道で作業があるからな。準備が色々とね。だから、帰りも遅くなるけどいい子にして待ってるんだぞ」

「うん!分かった!」


 元気よく答えるフレイヤに、しかし、ザッカスは彼女の小さな額に人差し指を当てる。


「絶対に木登りなんかして遊んじゃダメだぞ」

「ん〜〜、もうしないって言ってるじゃない。何度も言わなくても分かってるわよ」


 フレイヤがむぅと膨れながら抗議する。

 木登りとは何のことか。

 それは廃鉱山に忍び込み、急死に一生を経験した例の事件のことだ。


 自分の両親であるダイアスとスザンナたちだけならいくらでも嘘を吐いて笑ってやり過ごすところだったのだ。だが、事はフレイヤの両親にも説明をしなければならず、大事な一人娘を危険な目に遭わせてしまった手前、俺は真実をありのまま伝える気でいた。

 勝手に俺が廃鉱山に侵入して、フレイヤは俺の後をただついて来てしまっただけなのだと。

 自分のせいで危険な目に遭わせてしまったのだと。

 そう説明するつもりだった。

 しかし、俺が口を開く前にフレイヤが事情を説明し出した。


『木登り競争をしていたら私が降りれなくなって、ダイスが助けてくれたの。でも、その時に落ちちゃって、それでこんな怪我をさせちゃったの。全部私のせいなの。ダイアスおじさん。スザンナおばさん。ごめんなさい』


 俺は隣でその証言を覆そうとしたが、もう間に合わなかった。

 ザッカスとカトリーヌは聞くや否や俺の両親に深く頭を下げていて、ダイアスもスザンナも困ったように二人を宥めていき、両親同士での話し合いが始まってしまうのだった。


『本当のことは言わないでよね。私のためでもあるんだから』


 そうして俺は結局、そんな意味深なフレイヤのセリフに釘を刺され、本当のことを今も言えずにいるという訳だ。

 子供に庇われて立つ瀬が無いのなんの……。



 ザッカスとフレイヤのやり取りを複雑な面持ちで見ていると、不意にザッカスが俺の方を向いていてきた。


「ダイス君もだぞ」

「え、あっ、はい」


 捻挫していた右足首に視線を感じて、俺はその足をとんとんと地面につま先を立てて何ともないことをアピールする。


「心配をお掛けしてすいませんでした。もうこの通り大丈夫ですから」

「今回はね」

「あはは」

「やんちゃのはいいけど、ほどほどにね。治らない怪我をしてからじゃ遅いからね」


 確かにその通りだ。

 無計画で無謀なことはもうすまい。


「はい、気を付けます」


 俺は自分にそう言い聞かせるように返事をした。

 ザッカスはその反応に納得したのか、フレイヤと俺の頭をそれぞれわしゃわしゃと撫でると荷物を持ち直した。


「じゃあ、行ってくるね」

「いってらっしゃ〜い!」

「いってらっしゃい。お気を付けて」


 フレイヤが手を振り、俺はその横でお辞儀をしてから見送っていった。それからしばらく二人して仕事を分担してこなしていき、仕事に出るカトリーヌの見送る。お昼を過ぎる頃には仕事が思いの外、早く済んでしまった。

 二人で仕事をすると早いのなんの。

 というか、ほとんどフレイヤが率先して片付けていっていた。

 俺の仕事効率術を見様見真似で自分のものにしていったのか、昼ごはんも彼女に作ってもらったほどだ。

 そう言えば、ザッカスとカトリーヌが娘の料理の腕が上がってて驚いた、と俺の見舞いがてらにフレイヤの様子を話していたな。以前の料理を知らないから比べることができないが、あの二人の反応からすると毎日酷いものが出ていたことが容易に想像出来た。


(娘さんが成長したようで何よりだよ)


 フレイヤの変化には俺も気付いていた。

 俺に命令をしなくなったし、素直にものを聞くようになった。


「ねえ、この単語はなんて書いてあるの?」


 フレイヤが紙に書かれた単語を指差しながら俺に見せてきた。

 家の仕事が早々に片付いてやることがなくなった俺たちは、フレイヤのお爺さんが使っていた例の倉庫の工房で文字の読み書きの勉強をしていた。

 俺はフレイヤの質問に紙を覗き込んで見ると答えていく。


「統合だね。二つ以上のものを一つに合わせる、って意味だよ。この文章には、『二つの地域の流通ルートを統合して一括管理する』って書いてあるよ」

「ふ〜ん。これで統合って読むのね。…………ありがと」


 フレイヤは紙の余白に読み方と意味を書いていくと、最後にぽしょりとお礼を言った。

 壁を貫いた彼女は一皮剥けたと言うことだろうか。

 幼い子供ながらにしてすごい変化とそして努力だ。


「どういたしまして」


 今では癇癪をあまり起こさなくなり、理不尽に暴力も振るわない。

 この目覚ましい成長をフレイヤ自身は実感しているのだろうか?


「…………な、なによ」

「んや、別に」

「ふん、あんたもしっかり勉強しなさいよ」

「はいはい」


 そうして、家の仕事を終わらせてから二人で勉強をするというのが日課になりつつあったある日、フレイヤが突然聞いてきた。


「あんた。あの石、まだ持ってるんでしょ」

「ん?ああ、一応ね」


 あの石、と聞かれて俺はすぐにレビオノス鉱山から持ち出した謎の黒い石のことだと分かった。


「危ないから魔力を流し込んだりはしてないけど。それで石がどうしたの?」

「調べたり、しないのかなって。……あんた、そういうの楽しそうにしてやってたから」

「まあね。調べてみたいけど研究する器具も何もないし、他の比較する鉱石とかもないからさ」


 そこまで言うと俺は思い出したように、倉庫の工房の隅に置いてある動かない魔導機を見た。


「魔導機、直せなくてごめん」


 予想では、魔導回路の黒くなっていた部品はケミルニーダ・クォーツだと俺は予想を立てている。だが、取り換え方が分からなかったため、未だに手をつけていなかった。


「べつにそんなこといいわよ。……ただ」

「ただ?」

「……………………あんたも自分がやりたいことやればって、思って……」


 もしかして日々悶々と悩んでた様子が表に出ていたのだろうか。

 俺はフレイヤのぽそぽそ口ごもるセリフに驚き、頭を掻きながら言った。


「あははは。心配してくれてたんだ。ありがとう、フレイヤ」

「はっ!?なんで、私が心配?違うわよ!」

「確かに鉱山には行きたいけど、今の俺じゃ無理だ。だから、もう少し我慢しようかなって」

「…………あっそ」


 俺が正直に言うと、フレイヤはつまらなそうに相槌を打った。

 そして、加えて一言。


「行きたくなったら、声掛けなさいよ」


 そう言って勉強に戻っていった。

 俺はその日、また考え事をして眠れぬ夜を過ごしていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る