第14話 選択肢の無い道

 透き通った海のような青い光りを放つケミルニーダ・クォーツは、まるで月明かりのように僕たちを照らす。しかし、その光は決して太陽に勝ることはなく、懐中電灯のように使い勝手は良くはなかった。

 遠くからその光源を見ている時は目印になるが、光源を手元に持って歩こうとすると、指向性がないために足下がかえって見づらく何度となく躓いて転けそうになった。

 そんな俺を気遣って、フレイヤは必死に俺を支えながらゆっくり歩いてくれる。


「無理するんじゃないわよ」

「フレイヤもね」

「す、するわけないでしょ!変なこと言ってると引き摺っていくからね!」



 俺たちは現在、壁伝いに道を進んでいた。



 目的地は、もちろん出口。

 だが、実際のところこの通路が本当にそこへ繋がっているのかは定かでない。

 最初に居た場所で俺は、音の反響や光るケミルニーダ・クォーツを天井に向かって投げたり、足下に転がっている石を横に向かって投げて空間の把握をしていった。そのことから、長方形のような部屋にいることがなんとなく推測できた。さらに一方は足下に転がっている石が積み上がっていて、もう一方にはあまり積み上がっていないことがわかった。その積み上がっていない方向に先へと繋がる通路の入り口があった、という訳だ。

 行き先は、一つしかなかったのだ。


「フレイヤ、やっぱり俺がそれ持つよ。これじゃ君の負担が」

「なんどもしつこいのよ!これは元はと言えば私の家のなんだから私が持ってたっていいでしょ!」


 部屋の調査をしている時に幸いにも俺が持ってきていたピッケルを発見していた。柄が少し曲がってしまい、折り畳まれた鉄の歯が片方出せなくなってしまっているが、それでも充分だ。いざという時は役に立つと思い、俺は持ってくることにしたのだが、フレイヤが怪我人には持たせられないと言って聞かず、ここまでずっと持ってくれていた。


「ありがとう。でも、重かったら言ってね。交代で待った方が休めるでしょ?」

「あ、ありがとうなんていいのよそんなの!…………まあ……その、そんなに持ちたいなら、仕方ないわね。貸してあげるわよ」

「うん。じゃあ、その前に一回休憩しよう」

「……うん」


 そうして。

 しばらくしてから歩みを止めると、俺たちは何もないその場にしゃがんで壁に背中を預けて休みを取っていった。


「随分歩いたな」


 俺は歩いてきた方向に首を向け、そして、これからまた進む方を見る。

 未だに一度も分岐をしていない真っ直ぐな通路の先。

 その先は今歩いてきた方向と同じで、見通すことのできない暗闇が広がっていた。


 本当に出口に繋がっているのだろうか。


 正直に言うと、自信がなかった。

 道があるから進んでいる。

 今の状況は、“とにかく”、“とりあえず”といった限られた選択肢を確証もなく進んでいるに過ぎなかった。

 鉱夫のおっちゃん達が三、四人横に並んで歩いて通れるほどの道幅を、壁に沿って歩いてきただけだ。この先が行き止まり、または複雑な分岐が待っていて迷路のような構造をしている可能性だってある。


 進むことが正しいのかは、その先に行ってみないとわからなかった。

 それが、何よりも怖い。


 その中で唯一救いだったのは、この場所が自然にできた通路ではなく、人の手が入って作られた坑道の一つだと分かったことである。均一に形どられた通路の構造と地面に何かを引いていた痕跡は、その裏付けといえよう。

 だから、きっと。

 出口はどこかにある。


(……必ずあるはずだ)


 俺はその一点に僅かな希望を抱き、フレイヤの力を借りてこうして進んできた。

 でないと。

 どんな些細なことでも支えにしないと、進めそうになかった。


「出口、あるのかな……」


 フレイヤがぽそりと呟く声が聞こえ、俺は彼女を見た。すると、どうやら無意識でそう口にしたようで、フレイヤは急いで口を押さえた。


「大丈夫。絶対に外に出よう」


 隣に座るフレイヤの肩に腕を回し、その小さな肩を抱き寄せた。

 この子はすごい。

 こんな状況でまだ一度も泣いてなかった。

 震えている癖に怖いと言わず、嫌だと言わず、パニックに陥ることもなく。

 あまつさえ俺の言うことを信じ、怪我人を支えながら。


(まったく。今までの俺をぶん殴ってやりたくなるね)


 こんないい子を怖がって避けていただって?

 バカじゃないのか。

 フレイヤの内面をちゃんと知ろうしていなかっただけじゃないか。

 俺はあそこでこの子との人間関係を諦めなくて良かったと心の底から思った。それと同時に、なにがなんでもここから脱出してフレイヤを安心させてあげなければと再び強く決心していった。


「フレイヤ、そろそろ行ける?」

「あんたに比べれば超余裕よ!」


 頼もしいな、ほんと。末恐ろしい5歳児だよ。

 俺は肩を竦めると、差し出されたフレイヤの手を握って立ち上がった。


「フレイヤが一緒で良かった」

「なっ!!?はっ!?なによ、いきなりバカじゃないの!?ささささっさと掴まってよね!もうっ!」


 顔を真っ赤にしたフレイヤに俺は肩を借りて再び歩き始めた。

 なだらかな登り斜面と時折曲がっていく通路を何度も休憩を挟みながら進んでいく。

 そうして、俺たちは足を止めたーーー。


「…………………………」


 言葉が出ない。

 誰かが「ああやっぱり」と言った気がして、それが自分の胸の内から漏れ出た言葉だと気が付くのに時間が掛かった。

 フレイヤが俺を支える手をぎゅっと握る。そして、悔しそうに表情を歪ませていくと俺の胸に顔を押し付けてきた。

 掠れた吐息を漏らして泣く彼女を俺は抱きながら、目の前の現状に思考を止めていった。



 ーーー通路が瓦礫で塞がれていた。

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