第13話 暗闇の底で

 鈍痛による目覚めと言うのは想像以上に最悪だ。

 トイレに行きたくて目が覚めるのとは訳が違う。身じろぎ一つで鋭い痛みに変わり、身体を起こすだけで嫌な汗が吹き出る。


「っ……」


 それでも、その感覚こそが今自分が生きているという覆ることのない絶対の証明をしていた。

 俺はまだ死んでいなかった。


「……フレイ、ヤ……」


 体勢を変えてうつ伏せになると四つん這いになった。

 体中を打ち付けてたらしくもうどこがどう痛いのか定かではなかった。

 おまけに真っ暗な視界。

 そんな状況で自身の容態を正確に確認することは不可能だった。

 そしてなにより、俺はフレイヤのことが心配でならなかった。


「どこに、いるの……フレイヤ」


 俺たちは、レビオノス鉱山の第十七坑道から第十八坑道の間の山道の崩落に巻き込まれて下まで落ちてしまった。足場の崩落に巻き込まれる中で、俺はフレイヤを守ろうと抱き寄せた所までは覚えているのだが、その先が全く思い出せない。なにがどうなって俺は仰向けに寝ていたのかさっぱりだ。

 フレイヤの名を呼ぶが、返事はない。

 俺は落下の際に気を失い、彼女を手放してしまったのだろうか。

 彼女を一人にしてしまったのだろうか。

 だとしても、せめて無事でいてくれることを願い、俺は手探りに暗闇の中を這いずり始めた。


「フレイヤ!……フレイヤ!いるなら返事をして!お願いだ!フレイヤ!」


 ごつごつとした石が大量に敷き詰められているのか、動くたびにその角が手と膝を突き刺さってきた。更にいくら動き回っても壁に突き当たらなかった。

 俺はてっきり、自分たちは崩落によって瓦礫の間にできた空間に奇跡的に収まっているものだと思っていた。

 だが、この感覚はそれではない。

 もっと広い空間にいるようだ。


(山の斜面を滑り落ちた訳じゃなく、山の中ーーー坑道に落ちたってことか?)


 でもおかしい。

 それならなんで俺は寒さを感じないんだ?

 レビオノス鉱山の坑道の寒さは嫌と言うほど分かっていた。だから、この寒さも暖かさも感じないこの空間に俺は疑問を抱かずにはいられなかった。

 坑道は下から上に行くほど寒くなっていっていた。それは逆も然り。



 ーーー俺たちはいったいどれだけ落ちたんだ。



 そう考えた瞬間、途方もない絶望感が襲いかかってきた。


(とにかく、早くフレイヤを見つけなきゃ)


 俺は再びフレイヤの名前を呼びながら手探りで探し始めた。そこに冷静さはなかった。手が傷だらけになって自分の血でべとべとになろうとも構わず、暗闇の中に手を伸ばしていった。彼女の安否を早く確認したかった。

 そうして無謀な捜索を永遠としていた時である。

 俺は暗闇の中で不思議な光を捉えた。


 淡い青白い光。


 それは背後から差し込んできていた。

 俺はその方へと振り向いた。


「ーーー?!」


 光源の塊を持った人影がそこにあった。

 その光景に驚いて俺はすくんでしまう。

 なんだあれは。一体誰だ?

 声が出なかった。

 そんなことをしていたら、向こうから声を掛けてきた。


「あっ、いた!!そんな所でなにしてるのよ!」


 声の主はガコガコと石ころを踏むながら近づいてきた。

 俺はそこでようやく息を吐いた。


「フレイヤ。無事だったんだね」


 青い光の塊から顔を覗かせるフレイヤを見て俺は安堵しながらそう言った。

 よかった。本当によかった。


「当たり前じゃない!こんなのどうってことないわよ!……その、……あんたが守って、くれたから………………ありがと」


 いつもの元気な口調で言うフレイヤは途中で後ろを向くと、ぽしょぽしょと何事かを言った。残念ながら上手く聞き取れなかった。

 だが、この感覚はそれだけではないようで、どうやら片耳の鼓膜が破けてしまっているらしい。なるほど。フレイヤが俺を光で照らすまで気が付かなかったわけだ。


「あんたこそ、大丈夫なの?立てる?」

「ははは、まあ、なんとかね」

「なんでそこで笑うのよ」

「いや、なんとなくだよ。安心したんだ生きてて良かったよ」


 フレイヤに心配してもらえる日が来るとは。

 そんな薄情なことを思って笑ってしまったとは言えず、俺はもう一つの本音を言い、力を振り絞って立ちあがろうとする。


「いつっ……!」


 腕も脚も折れてはいなかった。だが、右足首を捻挫しているらしく踏ん張ることができずに倒れてしまう。


「いってててて」

「もう、なにやってるのよ。ほら、手を貸して。せーので立つわよ。せーのっ!」


 横向きに倒れた俺にフレイヤが手を差し伸べてきてくれた。それを掴むと、彼女は俺の腕を肩に回し、掛け声と共に一緒に立ち上がった。


「ありがとう。助かるよ」

「こ、こんなんでいちいちお礼なんて言ってんじゃないわよ!」


 そう言ってフレイヤはそっぽを向いてしまう。

 しかし、この距離である。その横顔は青い光の中でも顔を赤くしているのがよく分かった。

 まぁ、せっかく肩を貸してくれているのだ。茶化しては悪い。俺は、気になっていたことを聞いた。


「フレイヤは俺が気を失ってる間、何してたの?その光ってるやつはどうしたの?」


 フレイヤは地面に置きっぱなしだった青く光る塊を器用に足を使って持ち上げると片手でキャッチする。


「私が目を覚ました時、目の前に落ちてたのよ。多分、なんかの鉱石だと思うけど。きっと私たちと一緒に落ちてきたんだわ。それで、あんたの目が覚めるまでさっきまで、ここがどこだか見て回ってたのよ。それで、私を呼ぶ声が聞こえてきたから急いで戻ってきたのよ」


 自分だって不安だったろうに、俺の代わりに調べてくれてたのか。それに比べて俺は取り乱してフレイヤを探していたんだから、情けない限りだ。

 大人の俺がしっかりしなきゃ。まぁ、中身だけだけど。


「心配掛けてごめん」

「はっ?心配なんて、そんなのしてないわよ」

「そう?なら良かった。それで、その鉱石なんだけど、見せてもらってもいい?」

「……ふん。あんたって、ほんと好きね」

「違うよ。遊びで見るんじゃなくて、なんか似てるなって思って」


 俺は青く透き通った角柱の結晶が群がる石の断片へと視線を向けていく。

 フレイヤはそんな俺の顔を見て短くため息を吐いた。


「別にいいけど。でも、流石のあんたでもこれはあまり好きじゃないかもね。ほら見なさいよ。裏側なんてカビが生えたみたいにもじゃもじゃのべっちょべちょなんだから」

「ーーーっ!!?」


 俺はそれを聞いた瞬間、空いた左手で鉱石を持つフレイヤの右腕を掴んで引き寄せると、その裏面を間近に覗き込んでいった。


「えっ!!?なによ!」

「これは…………」


 俺は青く透き通る綺麗な結晶とは裏腹に藻が生えたような気色の悪い裏面を確認すると、もう間違いないと確信した。


「ケミルニーダ!キタアァアアア〜〜〜〜〜〜アッ!!!!!」

「うるっさいわよ!バカッ!」

「アイタっ…………」


 フレイヤの耳元で感極まった声をあげた俺は、鳩尾に肘鉄を頂戴するのだった。


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