第12話 幼馴染の独りの少女

「ぁ、あんたね!ちゃ、ちゃんと先に言いなさいよ!お陰で、かか、体が冷えちゃったじゃない!」


 晴れ渡った健やかな陽気の中でパチパチと音を鳴らして燃える焚き火を前に、フレイヤは震えながら口から火を吐くようにして俺に怒りを向けていた。


「はいはい、すいませんでした」

「適当に謝ってんじゃないわよ!覚えてなさいよ!」

「すいません」


 俺はそれを甘んじて受け入れ、平謝りを繰り返していく。

 フレイヤにこの鉱山の坑道の状況を伝えようとした時、俺は彼女は言葉だけじゃ絶対に分かってくれないと思い、自分が調査した中で一番極寒だった七番坑道の扉の前に立たせたのである。

 結果、採掘できない状況説明は大成功。

 フレイヤは七番坑道の冷気を全身に浴び、大絶叫した挙句、ガッタガタに震えて今に至ると言うわけである。その際に膝上スカートがはためいて、その中に隠されたていた可愛らしい下着を見てしまったことは内緒だ。紳士たるもの、見えても見えてないふりをするのが礼儀というものだ。


「あまり焚き火に近づき過ぎないでくださいよ。灰が飛んで服に穴が開きますよ」

「分かってるわよ。いちいちうるさい!」

「失礼しました」


 俺は焚き火に新しい薪を焚べながら、この後のことを考えていく。

 後ろには高く聳えるレビオノス鉱山、その第一番坑道の大きな鉄の扉がある。


(このまま再トライするか、それとも)


 その奥までを記した地図はある。

 鉱物を掘り起こす最低限の装備はある。

 やる気も気合いもある。

 しかし、内部の環境に耐えられる装備が何もない。

 寒さに耐えられる装備もなく採掘をするのははっきり言って危険だ。

 ただでさえ、ここは廃鉱山なのだ。鉱物が簡単に掘り当てられるとは元より思ってはいない。採掘には長時間掛かるだろうことは初めから予想していた。

 しかし、ここに来て坑道内の状況を知ってそれが不可能に近いと俺は思い始めていた。

 採掘作業は見様見真似の技術しかなく、この体は非力で体力もまだ不十分。そんな俺がこの寒さの中で長時間ピッケルを振るうのは無謀というもの。

 鉱石が出るまで作業していた暁にはきっと、帰る体力は失くなっていることだろう。


(こればっかりは仕方ない)


 俺は坑道を開ける為のレバーを持て余しながら、フレイヤに向き直った。


「お嬢様。体が温まってきたら帰りますよ」

「は?なに言ってんのよ」


 膝を抱えて震えていたフレイヤは俺の言葉に眉を吊り上げて反応を返してきた。

 俺はその予想通りの反応に嘆息することなく繰り返し言った。


「帰ると言ったんです」

「そんなこと聞いたんじゃないわよ!なんでもう帰るのよ!まだ何もしてないじゃないの!時間だってまだあるわ!」


 すると、フレイヤは今度こそ口を尖らせて怒るように言ってきた。そんな彼女に俺は首を横に振る。


「時間の問題じゃありません。なにもできないから帰るんです。あんな寒いんじゃどうしようもありません」

「ぅ……………ふんっ、軟弱ね!ちょっと寒いくらいで」


 その寒さに悲鳴を上げてた奴がそれを言うか……。


「寒いだけで体力はどんどん奪われていくんです。その中でピッケルを振り回すなんて僕にはできませんよ」

「それこそ根性よ!」


 諭すように言う俺にフレイヤはビシッと指を刺して言ってきた。


「お父さんがよく言ってるわ。仕事が嫌いで辛くても根性さえあれば大抵なんとかなる、って!」

「いや、それはなんとかなってないですよ、多分……」


 ザッカス、あんた……どおりで毎朝疲れた顔をしてるはずだよ。そもそも子供に仕事が辛いって言っちゃってる時点で根性云々の問題じゃないからね!確実に擦り減ってるよ。早く、役職の配置換えを上司に申請してっ!

 俺がザッカスの顔色を思い出して額を手で押さえていると、フレイヤがすっくと立ち上がった。


「えっ!あっ、ちょっと!?」

「じゃあ行くわよ!」


 フレイヤは焚き火を回って俺のところに来ると腕を掴んで強引に引っ張ってきた。


「今度はあんたが私について来なさい!」

「どこ行く気ですかっ!?待ってください!荷物をぉおおおぉおおおんんんんいだだたたたっ!お嬢様、ちょっ、やめて!止まって!」


 力尽くで引っ張られていく俺はなんとか足下に置いていた荷物を掴むことに成功した。が、体勢を崩してそのまま引き摺られていった。





「なんでよりによって登ってるんですか。僕が調べた限りでは上に行けば行くほど中の温度は低くなって行きます。七番であれほど寒かったんですよ?きっと扉開けただけで僕たち凍っちゃいますよ」

「根性の出し方を教えてあげるわ!」

「あのぉ、僕の話をいい加減聞いてくれませんか……」


 ガザザザザザッと、ズボンの耐久度を犠牲にして引き摺れていく俺は暴れることを止め、フレイヤの説得を試みていた。

 しかし、彼女は聞く耳を持たず、訳わからんことを口にしてどんどん山の上へと登っていった。

 現在、17番坑道が過ぎた地点。

 標高1500メートルくらいだろうか。

 男子一人を引き摺りながら山登りとは末恐ろしい女子である。将来結婚する相手はきっと尻で轢き潰されるに違いない。


「ねえ、見なさい!あれ!」


 そんな失礼極まりないことを思っているとフレイヤが立ち止まり、掴んだ俺の手をくいくい引っ張りながら言ってきた。

 痺れたお尻をようやく地面から離すと俺は彼女の指さす方を見た。

 そこには小さく見えるディアナス村があった。


「私たちの村が見えるわっ!あそこ、ドアルおじさんのお家だわ!あっちはマーティスさんのお家!ねえ、あそこにいるのカウセルじゃない?お昼休憩かしら」


 フレイヤが珍しく上機嫌に次々に見えるものを言い当てていく。その横顔は今まで見て来た彼女のどんな表情よりきらきらしていた。

 そんなフレイヤを見て、ずっとこうだったら苦労しないのに、と俺は肩を竦めた。


「目がいいですね。なんだかこうしていると、随分遠くに来た感じがしますね」


 転生してからというもの、村からこんなに遠くまで離れたことは実はこれが初めてだった。だから、村の全体像を初めて見た俺は、前世のことも相まって自分が今いる場所に不思議な感慨が湧いて、そう言葉を漏らした。

 しかし、それを聴いた彼女は無言で俺の手を離した。


「どうしました、お嬢様?」


 楽しそうだったフレイヤの雰囲気が一変したのを感じ俺は様子を伺ったが、彼女は俺に背を向けて先へ歩き出してしまう。


「ちょっと待ってください。一人では危ないですよ」


 俺は慌てて後を付いて声を掛けた。

 すると、フレイヤがようやく立ち止まり振り返った。


「っ!」


 ぐっと眉間に皺を寄せて目を潤ませたフレイヤが俺を睨む。


「あ、あの、どうしたんですか」

「うるっさい!もう話しかけないでよ!あんたなんて嫌いよ!大っ嫌い!」


 腫れ物にでも触れるように慎重に聞いたつもりが、返って刺激してしまった。

 フレイヤの頬へ涙が伝っていき。

 それが次から次へとぽろぽろと溢れ落ちていった。

 何がどうしたというのか、俺には点で分からなかった。


「とにかくさ、一回落ち着こう。ね!」

「話しかけないで、って言ってるの!もうほっといてよ!」


 フレイヤはそう言うとまた一人で歩き出していく。


「待って、ってば!」

「離してっ!触らないで!」

「ぐへえっ」


 俺はそれを後ろから手を掴んで引き止めに掛かる。しかし、彼女が俺を引き摺って来たのは伊達ではなく、簡単に手を振り解かれてしまった。


(女の子に腕力で負けるって、俺自信無くすわ……じゃなくて)


 今は自信喪失している場合ではない。


「それ以上先に行くのは本当に危ないから止まって!工房の地図に崩れた山道がいくつも書かれてたんだ!俺のことを嫌いなのは分かったから!それでいいから!お願いだからそれ以上行かないで!」


 俺が必死に叫んでそう言うと、何かがヒュンッと音を立てて耳の横を掠めていった。


「ーーーっ!?」


 フレイヤが小石を拾って投げつけて来たのである。


「あんたの言うことなんて聞かないわよ!あんたといても全然楽しくない!あんたは私の欲しい言葉をくれないもの!ジジくさいことばかり言って!私と話す気なんてないじゃない!あんたはそうやって、いつもいつも私のこと遠ざけてくっ!私のことが嫌いならなんでそう言わないのよっ!」


 彼女の口からそう言われた瞬間、俺は歩みを止めていた。


「私と一緒にいるのが嫌なら家に来なきゃいいじゃない!私をいっつも一人にして!私と全然遊んでくれなくて!私が、私がっ、うああああああああああん、あんたなんて大っ嫌いよお!」


 フレイヤ・フーリスは声を上げて泣き出した。

 俺が嫌いだと。

 何度も何度もそう口にしながら。

 俺は相手がたかだか5歳の女の子だと言うのに泣き止ませる言葉が思い浮かばなかった。



 彼女が言った、“いつも一人”という言葉に俺は思い当たることがあったからだ。



 俺が家の外に出るようになった頃、俺に声を掛けてきたフレイヤはとても活発な女の子という印象だった。

 そう。確かあの時、彼女は笑いかけながら俺に遊ぼうと言ってきたのだ。

 しかし、一緒に遊んでみると彼女の性格とやんちゃさについて行けず、次第に外へ出る時は彼女に見つからないように気を付けるようになっていった。

 そして、たまに見かける彼女がどうだったのかを思い出せば、決まって一人だった。覚えているのは、畑を弄りながら時折、辺りをきょろきょろと見回し、そして俯くように下を向いてまた手を動かす、そんな姿だった。

 彼女の周りにはいつも誰もいなかった。

 それはそうだ。

 ザッカスとカトリーヌは朝早くに仕事で家を出てしまう。加えてこの村には子供が殆どいない。同い年となると俺だけだ。その俺に避けられているのだから、遊び相手などほぼ皆無と言っていいだろう。

 フレイヤ家の家事の手伝いをするようになってからも、それは変わっていなかった。

 俺は家の仕事をし、フレイヤは俺にいちゃもんを付けるように指示をしてきたが、それ以外の時はリビングかテラスの椅子に座ってポツンと空を眺めているばかりだった。それが最近ともなれば、俺は早々に仕事を片付けて勉強を言い訳に引き篭もり、挙句、フレイヤを一人家に残して廃鉱山に来る始末。



 結局、フレイヤ・フーリスの相手をする者は誰もいなかった。



(……ああ、忘れてた)


 思い出した。

 カトリーヌもこんなことを言っていた。


『フレイヤの相手をしてあげて』


 カトリーヌはフレイヤが家に一人でいることを気にしていた。それはおそらくザッカスもそうだったのだろう。同じ職場であるダイアスに相談がいっても不思議じゃない。

 となると、俺が罰としてフレイヤ家の手伝いをさせられていたのは何もダイアスのその場の思い付きだったという訳じゃなかったということだ。


(俺は俺の立場と役割を分かっていなかったわけだ)


 子供の本分は食べて、寝て、遊ぶこと。

 食事も睡眠も削って仕事をしていた俺はさぞ子供らしくなかっただろう。フレイヤが俺を気持ち悪がるはずである。

 だって仕方がないじゃないか。

 なにせ、今の今までフレイヤの奴隷と思い込んでいたからな。

 まさか遊び相手に指名されての事だなんて思うはずがない。


 もう俺とフレイヤの関係は最悪だ。


 お互いがお互いを嫌い合っていることを知ってしまっている。

 俺は中身がおっさんだからそれでも人間関係の修復を無理矢理にでも図ることは可能だ。

 だが、相手は正真正銘の子供。

 幼い女の子だ。


 感性は大人よりも鋭く、そして、儚く壊れやすい。


 俺はそれを修復できるのか。

 きっと不可能だろう。

 俺がこれからフレイヤのことをどう思おうと、彼女は俺を嫌い続けるだろう。

 知らなかったとはいえ、近くにいながら傷つけ続け、ついには壊してしまったのだ。

 憎まれ、恨まれはすれど、好まれることはないだろう。

 もしかしたら、彼女と言葉を交わすのはこれが今日で最後になるかもしれない。


(転生しても、こんな失敗をするなんてな)


 人との距離の測り方を見誤る。

 それはオタクに限ったことではないだろう。

 言い訳にしては不十分だ。

 歳重ねても尚、子供相手にそれを犯してしまうのだから俺はどうしようもない。


(こんなの最低だ)


 この失敗の仕方は大変好ましくない。

 幼馴染の女の子を泣かして「はい関係終了」ってそんな簡単に片付く話ではない。

 人間関係ってのは尾を引く。

 俺はこの先ずっと、フレイヤを前にする度にこの日を思い出して罪悪感に苛まれるだろう。彼女もまた、それを思い出し嫌悪感に蝕まれるだろう。

 それは全く以って健全じゃない。


(二度目の人生がそんなことで苦くなるなんて最悪だ)


 俺は、ようやく足を前へ動かした。

 座り込んでわんわん泣くフレイヤの前に俺は膝を付いた。

 子供らしさなんて大人の俺には分からない。

 泣いてる子供のあやしかたなんてのは理屈では分かる。

 だが、俺がしたいのはそれじゃない。


「フレイヤ。ごめん。正直に言うと、俺は君が苦手だ。ぶっきらぼうな口調も。力が強くて強引なところも。話が噛み合わないことも」


 そこまで言うとフレイヤが俺の頬を張った。


「ずっと君のこと避けてたし、なるべく話しかけないようにしてた。だって、怖かったんだ。怒鳴られて、叩かれて、蹴られて。そんなの普通じゃない。俺はそれが嫌だった」


 髪を引っ張られ、顔を引っ掻かれ血が出る。

 フレイヤが唸った。


「私だってあんたなんか大っ嫌いよ!私を見る目も!ビクビクした声も!話し方も!私を一人にしていなくなるあんたが嫌いよ!全部嫌いよ!」


 胸ぐらを掴まれ、引き寄せられた俺の目に涙で濡れた赤い瞳が映る。


「あんたを見てると吐き気がするのよ!石ころなんて集めちゃって、鉱山なんかに行っちゃって、馬鹿みたいに浮かれちゃって……、あんたは何もできない馬鹿だと思ったのに、私のできること、全部できちゃって、お父さんとお母さんとも仲良くしちゃって……。なんであんたばっかり!みんな、私を避けてく!ずっと一人で、空を眺めて、……あんたなんか呼ぶんじゃなかったわ……」



 ーーー私がいらない子なの、分かっちゃったじゃない。



 か細い声で彼女は確かにそう言った。


「もういい……ほっといて」


 俺の胸ぐらを掴んでいた手が離れ、地面に手が落ちていく。


(野蛮で嫌な性格をしたじゃじゃ馬娘の癖に、酷く繊細なお嬢様だな。まったく)


 俺はその手が落ちる前に掴み取った。


「放って置けない。そんなことできない」

「やめてよ。離して」

「無理。離さない」

「なんでよ、いいから離してっ!気持ち悪いのよ!」


 フレイヤは眦から涙を溢しながら手を振り解こうとする。だが、俺はそれを離すまいと両手で掴んだ。


「気持ち悪がられようと俺は離さない!自分のことを要らないだなんて、そんな思い上がったこと言う奴の命令を俺は聞くつもりはない!」

「意味わかんないっ!やだっ!離してっ!」

「意味わかんないのはフレイヤだろう!こんな状態になるまで本当の気持ちを誰にも言わないなんて、どうかしてる!」

「だって、だって!」


 フレイヤは否定するように首を横に何度も振った。


「私がなにか言うとみんなどっかに行っちゃう!私に背中を向けて歩いていくみんなを見るのが嫌なの。そんなのを見るくらいなら、じっと空を見上げてた方がいい……。だって、空には顔も背中もないもの」


 一人が嫌で、誰かと一緒に居たくて、でもいつも上手くいかなくて結局一人になって。

 彼女は多分、他人に対して発信することが色々と不器用なのだ。でなければ、俺が文字を読めることを褒めた時、素直に喜んだだろう。

 言動も行動も、心とちぐはぐなんだ。


「フレイヤ。だったら」


 俺はフレイヤの手を優しく包み込むように握り直した。


「だったら、これからは俺を見てろ。俺が側にいてやる。俺がお前を要らない子じゃないって証明してやる。そんな思い上がりはすぐに消してやる」

「無理だよ、みんな私のこと嫌ってるわ」

「そんなことない。フレイヤは人との接し方も、距離の測り方も、感情の伝え方も、少し不器用なだけなんだ。フレイヤは普通の女の子で、みんなから嫌われるような子じゃない。現に、俺はこうしてフレイヤと話して少し好きになった」

「ほんと……?」

「本当さ。だから、フレイヤ」

「……なに?」


 ルビーの様に綺麗な瞳と目が合った。


「俺と仲直りしてくれないか」

「仲直り?」


 ぽそりと聞き返すフレイヤに俺は頷いた。


「うん。それで、俺と友達になってくれ」


 そう言うと、フレイヤの目が一際潤み、その端から雫がこぼれ落ちていった。


「私が友達で……いいの?」

「いいに決まってるだろ」


 するとフレイヤは俺が握った手に頭を俯け額を当てた。

 すんすんと泣いている声が聞こえてきて、俺は今更ながららしくないことをしていることを自覚して居た堪らなくなってきた。


「あっ、ああ、もちろん俺のことは嫌いなままで構わない。俺は俺が気持ち悪いことを自覚してるからな。だが、それでいいと思ってる」

「……嫌いなままなんて無理よ」

「それだけの図太さが俺にはあるんだ。どうってことない、……てごめん、なんか言った?」


 フレイヤが俯いていたこともあり、俺は見事に自分の声で彼女の声を掻き消してしまった。やべ、早速しくじった……。


「仲直りするって言ったの」


 顔を上げたフレイヤはそう言って空いた片手を繋いだ手の上に置いた。


「これでいい?」


 泣きべそ顔で言うフレイヤに俺は不覚にもどきっとしてしまった。


「あ、ああうん!!えと、それで、俺も今までごめん。これからは友達だ。よろしくフレイヤ」

「…………」

「フレイヤ?お嬢様?」

「っ!フレイヤでいいわよ!よろしく!ちゃんと約束守んなさいよ!じゃないとどうなっても知らないんだからね!」


 フレイヤはぱっと俺の手を振り解いて立ち上がった。俺もそれに倣って立ち上がる。



 その時。



 俺がかつて味わったことのある嫌な感覚に襲われた。

 足下が沈下する嫌な浮遊感だ。

 落ちる。


「ーーーーーー!!」


 だが、やはりそう思った時には遅かった。

 下から突き上げる様な轟音が鳴り出して、俺とフレイヤのいる一帯が一気にひび割れ始めた。


「なっ、なにこれ!?」

「フレイヤっ!掴まって!走って!」


 俺はフレイヤの手を掴んで問答無用に走り出した。


(まずいまずいまずい!こんなタイミングで崩れ始めるとか、最悪だろ!死んでたまるかっ!)


 そうして俺たちは瓦礫へと形を変えていく足下と共に遥か下へと落ちていった。

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