第11話 レビオノス鉱山坑道

 一番坑道に入ってから数分後、俺は収穫もないまま来た道を引き返し、日の光の下へと戻ってきていた。




「ささささささっ、さっぶぅううううう!!!!」




 坑道内は洒落にならないくらい寒かった。


「なななんで、こんな、おおおかしいよ!」


 入っていった当初は、少し冷んやりする程度だなと思って特に気にすることなく突き進んでいっていた。しかし、中は湿度が高く、ぴちゃぴちゃと水滴が降り注ぎ、気が付けば頭から水を被ったかのようにびしょ濡れ状態になっていた。そうして、一つ目の分岐である二又を前にして寒さに耐えきれず、急いで引き返して来たというわけである。


(ディアナス鉱山はこんなことなかったのに)


 ディアナス鉱山は十番坑道まで立ち入ったことがあるが、どこもこんな寒く感じる事は一切なかった。それに空気も薄くなかったし、水滴だってこんなに酷くはなかった。


「ひゃ、ひゃくごじゅ、じゅうねん、たってててててればばばば、こんなことになななるの、かかな」


 この一番坑道はその番号からも察する事ができるが、レビオノス鉱山最初期に掘られたと考えられる。約150年も経てば中の環境も異なるというわけなのだろうか。


(しっかし、困った。こんなことじゃ奥に進めないし、ましてや採掘なんて絶対無理)


 手が悴んでピッケルなんて振れやしない。


(もしかして、レビオノス鉱山がそういった特性なのか?それだと……)


 俺は上着を脱いで吸った水を絞りながら、ふと他の坑道の様子も気になった。

 もしかして、この状態は一番坑道だけだったりして。

 そんな楽観的な考えが頭を過ぎった。


「ぶあっくしゅんっ!……よ、よよよし!と、ととりあえず、体が……ううう、温まったら……ほ、他も行ってぇえぶぁっくしゅんっ!!」


 枝を集め、火を焚くと俺は体を温めていった。





 そして、約一時間後ーーー。





「さっっっつむぅうううう!」


 俺は標高の低い場所にある七番坑道まで順番に見ていき、その最後の扉を急いで閉めていった。


「無理無理無理無理無理、ムリッ!!」


 六番坑道までは中を覗き見る程度に数メートル進んでその感覚を肌で確かめていったのが、今閉じた七番坑道だけは中に入るのも憚られた。


「うえあああああっ冷気ヤバっ!冷凍庫だよ!食料保存できちゃうよ!!」


 二番坑道からというもの、その出入り口を塞ぐ鉄の扉を開く度に冷たい空気が中から漏れ出てきた。番号が上がっていく程に坑道内の温度は冷たくなっていった。


「一番坑道が一番マシだった……」


 もはや選択肢は一番坑道しかありえなかった。

 だが、他の坑道よりもマシと言うだけで奥に入って採掘作業をするにはそれでも過酷な環境であることに変わりなかった。


(なんとかして、打開策を考えなきゃ)


 とりわけパッと思い付くのは、厚着をして傘を刺しながら先に進むことくらいだった。

 ちなみに今は春にも秋にも似た気候だ。今日はその中でもぽかぽか陽気である。そんな中、服を大量に抱えて外に出たら確実に村の誰かに怪しまれ、俺の奇行が両親の耳に入ってしまうだろう。そうなれば、ここに来ていることがバレてしまいかねない。

 だが。

 かと言って、怪しまれない冬まで待つと言う選択肢は選びたくない。


(寒い日にこんな寒い坑道なんか、絶対入りたくない。凍死するよ、絶対)


 であれば、坑道内で暖を取る方法を考えるか。

 燃料……の持ち込み。

 焚き火でもするか?


(水滴滴る坑道内で、もしも、着火までできたとしよう。貴重な酸素を炎に変えるのか、俺は?無理!死んじゃう!)


 立ち入り禁止の廃鉱山に来てまで窒息死とかしたくない。今世でも山のどこかで死ぬとかありえない。そんな冗談笑えたもんじゃない。


「はぁ〜あ、ディアナス鉱山に入れればいいのになあ。なんであっちの坑道はあんなに快適なんだ……。なにか仕掛けっぽいのあったっけ?」


 ダイアスから仕事場についての説明とかはあまり聞いたことがなかった。あの父親は放って置くともっぱら鉱石の事しか語らないのだ。

 鉱山を出禁になる前から、もっと俺の方から色々と質問しておけばよかった。


「どーしよ……」

「よくもそんなに一人でぶつぶつ言えるわね。やっぱりあんた、気持ち悪いわ」

「うるせぇ、そんなこと自分が一番分かってーーーうえっ!??」


 悩みながら一番坑道まで戻って来た俺は、無意識に顔を上げて声のした方を見ると肩をビクつかせて驚いた。


「お、お嬢様!?どうしてここに?!」


 一番坑道の鉄の扉の前にフレイヤが寄りかかるようにして立っていた。

 今頃家で昼ご飯を食べているはずのフレイヤに理由を聞くと、彼女はその赤い瞳で俺をキツく睨んできた。


「私はあんたのお目付役なんだから監視する義務があるのよ」


 はは〜、義務っておいおい。難しい言葉よく知ってるなあ。女の子は言葉を覚えるのが早いって言うけど、5歳児が言うセリフじゃねぇ〜。ほんと、この幼馴染可愛くないな〜。


「なに?私がここにいちゃいけないわけ?」

「い、いえ、その……全然問題ありませんですはい」


 すると、フレイヤは茜色の髪を靡かせながら俺のところまで近寄って来て手を出して来た。


「ん!」

「へ?」

「ん!」

「…………はい?」


 広げられた小さな手を見せられ俺は困惑する。

 すると、フレイヤは苛々しながら言ってきた。


「掘って来たんでしょ!採ったもん出しなさいって言ってるのよ!」

「いや、おーーー」

「お?なに?なにか言った?」

「おんっんん゛、おおん゛ん゛っ!んん゛!すいません、ちょっと喉ががさついちゃって。んんっ!!焚き火に当たり過ぎたかな!」


 危うく『おまえ、「ん!」しか言ってなかったじゃねえか!』と、諸にツッコミを入れてしまうところだったのを無理矢理咳き込んで誤魔化した。

 やだよ、俺は。こんなところで死にたくないよ!


「失礼ました。それで、採掘の事なんですが」

「なによ。さっさと言いなさいよ。私が山の場所を教えてあげたんだから鉱石の一つくらいくれても良いじゃない」


 カツアゲしに来ただけかい!

 でも、残念でしたー!


「それがですね。実は採掘はまだ何もできてないんです。中に少し入っただけで何も採れてません」


 俺は背負っていた袋をフレイヤの前に出すと中を開けてそう言った。

 俺が今持っている中で一番価値のあるものと言ったら、きっと坑道の扉を開けることのできるこの【レバー】だけだろう。


「嘘でしょ。あんた、今までなにやってたのよ」

「凍えてました」

「なんでよ。こんなに暖かいじゃない」

「そうじゃないんです。すっごい寒かったんですから」

「はあ?意味わからないわ」

「じゃあ、ついて来てください」


 俺が嘘を言っているように聞こえるのか、フレイヤは尚も突っかかって来た。だから、俺は今来た道を辿るように踵を返して歩き始めた。


「ちょおっと!どこいくのよ!」

「僕の言っている意味が分かる場所に案内します。早く来てください」

「あんた、私に命令するんじゃないわよ!」


 文句を言いながらそれでもフレイヤは俺の後ろを付いて来た。

 そうして俺は、例の七番坑道の扉の前まで来るとちょうどその目の前にフレイヤを立たせた。


「あんた、いったい何する気よ」

「扉を開けるだけですよ。お嬢様はそこに立っているだけで構いません。では、開けますよ」


 俺は一応フレイヤに合図すると、レバーに魔力を流し込みながら引いて鉄の扉を開けていった。

 その後、フレイヤの絶叫が山にこだまするのだった。


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