第9話 自習
「おはようございますそしていってきます」
「ぉ、ぉお……いってらっしゃい……」
「いってらっしゃい……。ダイス、大丈夫かしら」
「……んん。ザッカスに話してみるよ」
そんな会話を聞くこともなく俺は家を出る。
この世に転生してから早5年。
前世で二次元オタクとして人生を謳歌していた俺は幼馴染の女の子の奴隷としてジョブチェンジを果たし、今日も今日とて仕事をこなしていく。
やっていることは主夫と変わらないため、流石に一ヶ月も経つと慣れたものだった。前世では大学からずっと一人暮らしだったのだ。自炊に洗濯、掃除はできて当たり前。
(ふはははは!独身男性の力を侮るなよ!)
適度に効率を重視し、無駄を省いて、速攻で片付ける。畑仕事が増えようと、昼と夜に数人分のご飯の支度があろうとも関係無い。時短の術を身に付けるのに然程苦労しなかった。
(まあ。確かにそりゃあ洗濯機もガスコンロもないのには未だにうんざりしてるけどさ……)
やっているうちになんとか熟せる様になるものである。そうして俺は自分が使える空き時間が日に日に増えていった。
「お嬢様、仕事が片付きましたので休憩を抱いてもよろしいでしょうか?」
「……ふん、勝手にすれば」
俺にお嬢様と呼ばれたフレイヤは、綺麗に清掃された部屋で俺の作った料理を食べながらぶっきらぼうに言いつつ、俺の申し出を受け入れてくれた。
俺はすぐに外へ出ると、フレイヤ家の倉庫として使われている家屋へ行き、鍵を開けて入っていった。その建物の奥には彼女のお爺さんが使っていた工房があり、そこには未だ動かぬ魔導機が部屋の隅に鎮座している。
俺はあれから毎日、時間を作ってはここへ通い詰めていた。
字も読めず、魔導機の直し方も分からない俺が休憩中にそこで何をしているのかというと、勉強である。
今はもっぱら文字の読み書きの練習をしている。
数日前、フレイヤの母カトリーヌに文字の読み書きができるようになりたい旨を伝え、どうにか教えてもらえないかと頼み込んだのである。すると、彼女は快くそれを了承してくれた。
しかし、カトリーヌにも予定があるのでみっちり教えてもらうのは休みの日に限った。それ以外の日は、こうして彼女から貰った資料に目を通して解読しながら音読をしていく。知らない単語が出てくればそれをメモして後日、質問するといった具合だ。因みにこの資料とやらはカトリーヌが職場で使っていた物で既に用済みの物を使用している。
内容は事務連絡と報告書が主で、たまに物資輸出入に際しての物品一覧やそれぞれの詳細が記載されたものなどもあった。さすがは鉱山の麓の村ということもあり、鉱石に関することが多く記載されていた。そのお陰もあり、固有名詞や専門用語などの単語を多く学ぶことができた。カトリーヌ様、ありがとうございます!
だが、一つ難点もあった。
それは物語の文章に出てくるような情緒を表す言葉を学ぶ機会が少ないことだ。
確かにここの生活にはそんなことすらあまり必要無いかもしれない。しかし、世界の何処かにはきっと小説や昔話なんて物があるはずである。もしそれらを目にした時、単語や文法が分からず読めなかったんじゃ悲しすぎる。いつかの日のために読めるようになっておきたいところだ。
(まあ。昔みたいに貪るように嗜んでいた娯楽にうつつを抜かしている暇はないから、今は別にいいんだけどね)
俺は椅子から立ち上がると伸びをして、軽くストレッチをすると工房の中を見渡す。
フレイヤのお爺さんがここで何をしていたのかはその詳細は未だに分かっていない。鉱石を使って何かをしていたのだろうかとは察しがつく。だが、ここには紙の資料は本当に少なく、工房だというのに設計図の一つも見つからなかった。
あるのは細かな工具と小さな用紙にメモが書かれた束。そして、動かなくなった魔導機のみ。
「村を豊かにするって、いったいどういうことなんだろ?」
俺は徐ろに束になったメモを取り出し、適当に上から一枚抜き取る。
「ライアムフルダイトの……伝導性は……20.68……?魔荷分散率は0.009……と極めて少なく、変換純度98.4……。刻印術式の書き込み……容量も、申し分なし」
読んではみたが内容はさっぱりだった。
ライアムフルダイトなる鉱石も見たことなければそこに挿絵もなく実態がどんなものか分からない。更に数値の後に付いている単位の読み方も分からず、伝導性に分散率に純度などと立て続けに書いてあっても「あそれな!」とはならない。
「やっぱり実物があってこそだよなあ」
コレクションを謎の爆発現象によって全てを失ったあの日からもう随分経つ。
だというのに、俺は未だにあの時の原因を知らないままだ。
予想では、魔素を吸収し緑色に変化したケミルニーダ・クォーツが引き金となっていると考えている。
だが、考えられることそこまでだ。
鉱山に出入り禁止を言い渡されたせいで、材料を集めて実験することもできいない。そして、ダイアスに至っては鉱石への執着を捨てさせる為か、お得意の蘊蓄を封印している。
(多分、母さんにキツく言われたんだろうな)
村で会う鉱夫のおっちゃんたちがぎこちないのも、おそらくその所為だろう。……スザンナの影響力、恐るべし。
「鉱石の事をもっとよく知らないと、絶対にあの魔導機を直すことなんてできない」
実物を使って自分で研究しなきゃダメだ。
「かくなる上は……」
俺は工房の中央にある机に視線を送った。
ーーーレビオノス鉱山。
そう呼ばれる鉱山の詳細が載った地図がそこにある。
俺は勉強に使っていた紙にその地図を書き写していった。
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