第8話 美しき魔石回路
俺がとぼとぼ歩いて放り出した掃除用具を拾い集めて掃除を再開すると、フレイヤが見兼ねたようにため息を吐いた。
「私の宝物は私だけの物よ。だけど、そこの魔導機を使ってあんたが自分で作れば、それはあんたのものよ」
俺はフレイヤが示す方を見た。
彼女が魔導機と呼んだそれはどっからどう見てもなんの変哲もない石の塊だった。鉱山の地図が置かれた机よりかは小さく、俺の今の身長ですら椅子に乗らずにその上を見ることができる高さだ。のっぺりとした長方形で色は灰色。側面に半球型の凹凸が一つある。しかし、それだけだ。蓋の取っ手やスイッチカバーは何一つなかった。
(この凹凸がスイッチか?……ん、あれ?ボタンじゃない……、はい?なにこれ?)
半球型の凹凸が起動スイッチだと見込んだが、押しても動かず、長押ししても反応せず、叩いても何も起こらなかった。
(なにこのユーザビリティに欠ける魔導機。ギミック一つ分からんっ!くそぉおおっ!負けてたまるか!)
俺が勝手にベタベタ触って確かめていると、フレイヤが俺を退ける様にして魔導機の前に立った。
「もう、なにしてるのよ。邪魔よ!ここをこうして、こうよ!」
フレイヤが魔導機の上に手を置くと、波紋が広がる様なエフェクトが長方形のボディ全体に行き渡った。それからフレイヤは、ガコンッ!と上と側面に出てきたレバーを引いていった。
すると、あら不思議。
旋盤機に似た形へと早変わりしていった。
(なにそのトランスフォーム、カッコよ!そんでもって、分かるわけねぇだろっ!俺も手を置いたよね?なにかいけなかった?手汗?手汗か!そうだよな!接触して感知するセンサー的なアレに手汗がアレしたんだよな!そうだよな!アレだよな!)
自分で解けなかった悔しさを手汗と共に滲ませながら俺は手をズボンにごしごし擦り付けていく。そんな俺に構わず魔導機の前に立っていたフレイヤは次第にきょろきょろし始めた。
明らかに何か困っている様子だった。
「どうして?おかしいわ。お爺ちゃんはいつもこうしてたはずなのに」
「どうしたんですか?なにか問題が?」
「どうしてくれるのよ!」
「へっ!?」
俺が横から聞くと、フレイヤはキッと俺を睨みながら言ってきた。
「あのぉ……なにが、どういうことで?」
「あんたが汚い手でベタベタ触るから動かなくなっちゃったじゃない!」
「え、いや、でも今この形になるまで動いたじゃないですか」
「ちっがうわよ!!本当はここからもっと動くはずだったのよ!あんたが壊したのよ!あんたの責任よ!」
「え、え……と」
俺が壊して?責任?
いやいやいやいや、触ってるだけで壊れるくらいならそんな物、自重でとっくに粉々になってるはずだろ!どれだけ繊細なんだよ!絶対に俺じゃないだろ!?
と思いはしても、眦に涙を溜めながら言われては反論するのも億劫だった。それになにより、彼女のスカートの上で握られた拳が俺を打ち倒さんと震えているのが視界の端に見えていた。
「直しなさい!あんたが壊したんだから!あんたが直しなさい!」
「わ、分かりました。分かりましたから……」
俺は渋々、変形した魔導機を見ていった。
(なんだこれ)
前世ではちょっとした機械工作をやっていたこともあったが、これは電子機器や機械の仕組みとは全く別物だとすぐに理解した。
そもそも基盤も配線も何も見当たらない。
長方形の箱型の時と同じだ。
どこにも手掛かりがなかった。
「うぎっ!?」
「なにしてるのよ、早くしなさいよ」
チラリと振り向けば、俺を許さんと仁王立ちするフレイヤがすぐ真後ろにいて、お手上げ状態なのに降参することができなかった。サレンダーもエスケープもログアウトすらできないとは、なんたる状況か。
(ぃやべぇ……、完全に詰んでる)
ここからどうする。
せめて動かない原因が分からないことにはフレイヤも納得しなさそうだ。そうなるとやはりバッテリーとか基盤とか、何か内部が見れれば良かったのだが。
(これ、そもそもそんなもので動いてるのか?)
それはおそらく違う気がした。
先ほどフレイヤが手を押し当てて起動した様子を思い出す。俺の知らない別の力が伝播する様な光景だった。
(それがもし、魔法の類いの力だったとしたら?)
可能性は大いにあり得る。
となると、前世の概念で考えちゃダメだ。
そこまで考えると俺は思い切ってフレイヤに聞くことにした。
「フレイヤ……様、さっきこれを変形させた時、どうやったのか教えてもらえませんか?」
「なに?私が壊したって言いたいわけ!」
「ち、違いますよ!あの手を置いた時、光が広がっていったあれをやりたいんです。手を置いただけじゃできないんですか?何か念じたりするんですか?」
「あー、うるさい!そんな一片に聞かないで!魔力を流し込むのよ!そんくらいできるでしょ!」
「…………」
俺はポカンとしながら首を横に振った。
(魔力を流し込むって……おいおい、異世界転生してガチでそのセリフに行き当たるとは思わなかったわ……。実際に言われると今までで一番意味わからんわ)
力めばいいのだろうか?
そう思って魔導機をしゃがみ込んで見ていた俺はその脚に手を当て、ふんっ!と力を込めてみた。
「なにしてるの?ふざけてるの?」
「あの、本当に分からないですけど……、どうやってやるんですか?」
「もうっ、なんでよ!立ちなさい」
すると、フレイヤが俺の腕を引っ張り無理矢理立たせてきた。
「あんた、鉱山に通ってた癖になんでそんなことも知らないのよ」
「鉱山と魔力がなにか関係があるんでしょうか」
「どこまでも馬鹿なのね。あそこには魔導機がたくさんあるじゃない。使い方なんて見てれば自然と覚えるもんでしょ!」
「…………」
あれ?魔導機がたくさん?嘘でしょ?鉱山のおっちゃん達みんなそんなの使ってた記憶ないんだけどな。ダイアスだって種類の違うピッケルだけだったし。ピッケルが魔導機だなんてそんなはず……、絶対ない。
(え〜?もしかして鉱山のみんな俺に隠し事してた?)
そんな疑念を抱いていると、フレイヤが俺の右手と胸に手を当ててきた。
「魔力を流し込むっていうのは、こういうことよ」
言うや否や、俺は胸から右手にかけて何か熱いものが走っていく感覚を感じた。
「次は体全体に魔力が流れる感覚」
フレイヤが俺の背中へと回り込んで背中に両手を当ててきた。すると、先ほど右腕に感じていたものが全身を満たしていった。
「この感覚を自分で起こすのよ。ほら、やってみなさい!」
「え、フレイヤ様に?」
「はあ?魔導機に決まってるでしょ」
でーすよねー……。
危うく俺から手を繋がなくてよかったー。うっかり死んじゃうところだったよ。
「よっこいせ」
「じじ臭いわね、あんた」
魔導機の前にしゃがみ込んだ俺は後ろから野次を飛ばしてくるフレイヤを無視し、魔導機のボディで一番広い平面がある脚の側面に手を当てる。その場所を選んだ理由はやはり前世の感覚からで、基盤云々がそう言った裏側にしまってあると思ったからだ。
(さっきの熱いものが流れる感覚……。胸の中心から熱が伝わっていくような……)
しかし、なかなか上手くできず、魔導機は何も変わらなかった。
手を当てている場所が違うのか。それとも俺が全然できていないのか。もしくはその両方か。
(いや、もう一度だ。ケミルニーダ・クォーツの時を思い出せ。あれは俺の魔力で色が変わったんだ。俺に力がないわけじゃない)
そして、もう一度集中していく。
すると、背中に温かい手の感触がした。
「一回だけ、手伝ってあげるわ」
フレイヤはそう言うと身体全身に魔力が流れる感覚を俺の内に作ってくれた。俺はその感覚に意識を研ぎ澄ませ、手に集中していくように思い描いていった。
すると。
ーーーガッ、コン。
と音がし、手が触れていた平面が開いていった。
「ビンゴッ!」
俺は、開くと同時にスライドして出てきた太い板を抜き取りながら声を漏らす。
その板は手に取ってみるととてもずっしりとしていて、俺は落とさないように慎重に床に下ろしていった。
改めて見下ろしてみると俺は目を奪われた。
様々な色の
(なにこれっ!!ちょーやべ、すっご!?頭おかしいレベルですげえ!色んな種類の鉱石が詰まってる!魔導機やばいな、鳥肌が収まらんっ!)
すると、フレイヤも覗き込んできた。
「これ、魔石回路だわ。お爺ちゃんが前に弄ってるのを見たことあるわ」
「魔石回路?では、これに魔力が通って動いてるということですか?」
「知らないわよ。でもお爺ちゃんは、これをしょっちゅう取り出して唸っていたわ。これはすぐに機嫌を損ねるって。ほら見て!ここと、ここ。それにここも」
フレイヤが魔石回路の各所を指差していく。
その場所は細長い透明なソケットが差し込まれており、中の角柱の鉱石が黒くなっていた。
「この黒いのはもう使えないってことなんだって。魔素を溜め込む力がないんですって」
「じゃあ、これが原因で動かないってことですね」
「まあ、そういうことになるわね。なによ?」
「……いえ別に」
あんだけ俺のせいにしていた癖に謝ることを知らぬとは、なんと解せぬことか。まあ、魔力の流れやらを教えてもらったことだし、別にもういいんだけどさ。
「それで、これはどうやって交換したらいいんですか?フレイヤ様は見ていたんでしょう?」
「私は知らないわよ。お爺ちゃんに聞くしかないわ」
「お爺さんは今どこに?」
「去年、旅に出たっきりまだ帰ってきてないわ」
「なぜ、旅に……」
「さあ?お爺ちゃんはいつも、この村を豊かにするんだ、って息巻いてたから。それが目的の旅なんでしょ」
「行動力のあるお方なんですね」
年寄りが旅に出るとは感心してしまう。いったい歳はいくつなんだろうか。村のために邁進できる情熱と行動力は素直に賞賛できる。そして、おまけにこれだけの物を弄ることができる知識と技術を持ち合わせているのだ。きっと思っている以上に凄い人なのだろう。
「あーあ。これじゃあ、魔導機を使うことは出来なさそうね。諦めてそこら辺の石でも拾ってなさい」
言い方がいちいち女帝なんだよな。将来が心配だぁ。
まあ、それはさておき。
確かにこの黒くなってしまった鉱石を交換しないと動かすことはできない。その交換方法も分からないし、この鉱石がなんなのか……。使いすぎて黒くなる……ん〜〜?
「ほら、さっさとそれをしまって。ここの掃除が終わったら夕飯の支度よ!急ぎなさい!」
「は、はいっ!」
フレイヤに急かされ、俺は魔石回路を戻し、倉庫部屋の掃除を済ませていった。
フレイヤからの命令、もとい仕事をこなしていく一方で、俺の頭の中はもはや倉庫にあった魔導機と魔石回路のことでいっぱいだった。
そうして。
家に帰ってからベットの上で泥の様に眠りに着くまで、ずっと修理方法を考え続けるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます