第5話 オタクと幼馴染
ーーー早二ヶ月。
コレクションをし始めてから、
ーーーもう一ヶ月。
鉱山に直接足を運ぶようになって、
ーーー二週間。
6×6の36個分に区分けされたボックスが、ようやく1列埋まり始めた矢先。
俺は一瞬にして。
ーーーその全てを失った。
「………………ぐすんっ」
嗚呼。
これは、なんと凄惨な光景だろうか。
つい昨日の夜まではそこに机があり、椅子があった。机の上には小さな棚があって、そこには俺の掛け替えの無い宝物が置いてあった。毎晩寝る前にその箱を開けてランプの灯りを当て、覗き見るように眺めるのが最近の日課となっていた。いいや、生き甲斐になっていた。そう言っても過言ではない。そこに至福を感じ、幸福を感じていたのだから。そう。それはもう俺の人生の一部だった。
だと言うのに。
その場所が、今はどうだ。
目の前にあるのは、辛うじて難を逃れた椅子ただ一つ。机は既になく、木造の壁と床には複数の小さなクレーターと黒焦げたような大きな染みがあるだけ。
この世界に転生してようやく得た、俺の初めての生き甲斐はもう既に影も形もない。
「ベナたん……ハルガたん……アンサム兄貴……グム大佐……リリムたん……アンビオム姐さん……フェー坊……コスルの旦那……レミエム嬢……ガレドナット先生…………、ケミルぱいせ〜〜〜〜〜〜んんん〜〜〜〜!!」
いくら眺めてもそこにはもう彼らの姿はない。
手伸ばしても、穴の空いた木の板しかありはしなかった。
だが、俺はその名を呼ばずには。
叫ばずにはいられない。
それが例えーーー、
「なんでお前ら、逝っちまったんだよぉおおおおおお〜〜〜ぶぁあああああああ〜〜逝ぐならぜめでおでもづれでいげぇょぉおおお〜〜〜」
両親からガチで怒られた後だったとしても。
「ごんなぎれいざっばり、ぐっ、いなぐなっじまっでぇえ、……ごれじゃ、おま、おまぇらの、墓もづぐっでやれ……やれだいじゃねえがぁああ〜〜〜」
クソがぁっ!
やっぱりこの世に神なんていやしねぇ!
よくもこんな
きっと、これからもっと仲間が増えるはずだったんだ。
もっと、もっとたくさん集めて、眺め回してやるはずだったんだ。
だのに……、こんなのあんまりだ。
たかだか5歳(前世を合わせてアラフォー)の子供にこんな仕打ちをするだなんて!
許せねえ。
許しちゃいけねぇ。
絶対に。
黙って逝っちまったアイツらのためにも。
俺がここで行動を起こさなきゃ、
「ぎめだ……。おで、いぐよ」
夜通し喪失感に苛まれながら泣いていた俺は、窓から差し込む朝日を見て決心を新たにする。
(こうしちゃいられない)
上着で顔を適当に拭うと俺は部屋を飛び出し、玄関へと向かった。
しかし、そこには当然のように母スザンナが待ち構えていた。
「こんな早くにどこに行く気?」
腕を組んで俺を見下ろすスザンナのその姿はスレンダーで美しいにも限らず、えもいわれぬ迫力があり、俺は足を止めた。
「そ、れは……、気分転換に散歩してこようかと」
「…………」
「だってほら、いつまでも泣いていられないっていうか……、あっ、そうだ母さん、森の近くの原っぱに凄く綺麗な花があってさ。よかったらそれを母さんに」
「お黙りっ!!」
「ひぃっ!」
口走りながら上手い言い訳を思い付いたのでそれを口実に通して貰おうとしたが、スザンナに一喝され俺はすぐに口を閉じた。
「ダイス!あんた、鉱山へ行くつもりだったんでしょう」
「ぁぃゃ、それ……は」
やっぱりバレてたかっ!
「昨日、私たちが言ったこともう忘れたの!」
「わ、忘れてない!覚えてるよ!ちゃんと分かってる!今後一切、鉱山に行くの禁止、でしょ!」
「分かってる……そう。その意味をちゃんと分かってる。そう言うのね」
すると、スザンナの腕に血管が浮き上がっていることに俺は気付いた。
まさか、初動なしでバンプアップだと!?このママ、いったい何者ッ!?
「母さん、本当に分かってるよ!鉱山には絶対行かないよ!父さんの後にもついて行かないし、大人しくしてるから!」
俺はその場に膝を付いて両手を合わせるように握り、祈るようなポーズで必死にそう言った。
(だから、お願い怒らないで!その逞しい不釣り合いな上腕を早く納めてっ!!)
そんな心の叫びが口から出そうになった時だった。
ーーーコンコンッ。
玄関扉の外側からノックする音が聞こえてきた。
その音にスザンナは組んでいた腕を解き、振り返るとその訪問者を迎えに出向く。俺はようやく溜まった緊張を息と共に吐いて床に手を付いた。
なんとか、窮地を乗り切った。
(こんな朝早くに誰だか知らないけどよくぞ来てくれた。その功績にモーニングを用意してやらんでもない!)
あぶねぇ〜、などと独り言を言って立ちあがろうとした俺は、そこで母に招き入れられるようにして家に上がってくる訪問者を視界に捉えていった。
小さなサイズのサンダルを履いた少し日焼けした素足。そこから、同じく素肌を曝け出した細い脚。太ももの辺りでスカートの淵が揺れていて、それを片手で握る幼い手はあどけなさがあってなんとも可愛らしい。そして、シンプルなデザインがされている上着に茜色の髪が掛かっているのを見つけ、視線を更に上へと向けていく。睨み蔑むような赤い瞳が特徴の大きな目と、ギッと歯を食い縛り、今にも舌打ちしてきそうな歪んだ口元。最後に頭の片側だけを結った髪型。
「げっ……」
間違いない……この子は。
「何見てんのよ、この変態!」
幼馴染のフレイヤ・フーリスだ。
「いえ、見てませんよ。やだなぁ、言い掛かりはよしてくださいよ。はははは、じゃあ、僕はあの、用事があるんで」
俺は早々にフレイヤの前から立ち去ろうと踵を返し、自室に向かって一歩を踏み出す。
が。
「待ちなさいよ」
「!!?」
呼び止められてしまった。
「あんた、私がわざわざ来たって言うのにどこへいくつもりよ」
「え、え〜〜〜と、あのフレイヤ、さんは、その〜僕に何か、ご用事があらせられる感じでいらっしゃいます?」
「は?なに言ってるか全然分からないんだけど。まともな言葉喋れないの?大丈夫?」
「そ、それはもちろん……」
こいつ人の親の前でよくそんな言葉使いできるな。マジすげえよ。だから早く帰れよ!怖えんだよ!漏れちゃったらどうする気だ、こんちくしょうっ!
すると、あろうことかフレイヤが頭の横に結った髪をみょんみょんさせながら俺に向かって歩いてきた。
(やべっ!殺されるっ!!)
俺がそう思ってスザンナに助けを求めようと手を伸ばす。だが、微笑んでいるだけで彼女は動く気配ゼロだった。
「うぎっ!?」
そして、驚くことにその手を取ったのはフレイヤだった。
「なに気持ち悪い声出してるのよ」
「あの、命、だけは……」
「だから、意味わかんないって言ってるでしょ!いいから行くわよっ!」
「へ?」
まるで唾棄するように俺の反応に難色を示す彼女は、あろうことか俺の右手を硬く握りしめたまま外に向かって歩き始めたのである。
「ちょっ、ちょちょちょちょっ!えっ!母さん、これなにっ!?えっ!」
「いってらっしゃ〜い」
「あっちょっ!!!」
スザンナめっ、これはどういうつもりだ!?玄関前で何を話してやがった!場合によってはスザンナに制裁を喰らうよりも凄惨な事態になってしまう恐れが!
「ねぇ、まって、あの、これはどういうことでしょうか?」
「うるっさいわね!黙ってなさいよ!」
ヤクザだ。5歳のヤクザに捕まってしまった。見てくれだけ可愛くたって中身が伴わなければ意味が無いんだぞっ!
とは、口が裂けても言えるはずがなく、俺は黙って連行されていった。
着いた先は、まさかのフレイヤの家だった。
「……あの、発言をお許し願えますでしょうか」
「許す」
「ここでいったい何を」
「見てわかんないの?ほんと、同い年とは思えないわ」
精神年齢がその何倍もあるけど分かりませんねっ!
いきなり家の前に連れてこられて“見て分からんか”とは、いったいどういう了見だ。そんな、男女二人手を繋いで家にだなんて……。
「えっと、お父さんとお母さんは?」
「もう仕事に出たわ」
「そういうことっ!!?」
おいおいおいおいおい、いっくらなんでもっ!?えっ、なに?嘘でしょ!?朝だよ?まだ、一日が始まったばかりですよ??異世界って、うそ、マジ?そうなの?
「もうっ、うるっさいってば!いきなり大声出さないでよ!近所迷惑じゃない!」
「あ、そそ、そうだよね、ごめんなさい」
え〜〜〜、まさか、スザンナの見送りの意味がまさかね。道理で意味深な笑顔を浮かべてた訳だ。
「分かればいいのよ。じゃあ、さっそく始めなさい」
「はあっ!!ここでっ!ぶふぉあっ!?」
いきなりの試合開始の合図に俺はまさか主導権までこちら持ちとは思わず、つい声がデカくなってしまった。そこへ間髪入れずにフレイヤの拳が俺の鳩尾へと放たれ、数センチほど地面から足を浮かせた俺は地べたにへばり付くように着地する。
「大声出すなって言ってるじゃない!」
くそう。暴力・罵倒ありのSMプレイなんて。本当に5歳かこいつ。
「さっさと黙って働きなさい!次、変な声上げたらただじゃ済まさないわよ!」
「ん?はたら……く?」
俺はその言葉に腹の痛みも忘れて顔を上げた。
「ったく。あなた、ダイアスおじさんに何も聞いてなかったの?」
「なんで父さんが」
「さっきダイアスおじさんが私のところに来て、あんたを迎えに行くように言ってきたのよ。それで、あんたが死ぬほど暇そうにしてるから料理、洗濯、畑仕事、なんでもいいから仕事を手伝わせろって」
「んなっ!?」
ダイアスの野郎!まさか出勤がてら俺が鉱山に近づかないように手を打ってくるなんて。それもよりにもよって相手がフレイヤ……。頭の回る筋肉お化けめっ!
「いい?これから毎日、私のところに来て仕事をするのよ」
「毎日!?」
「逃げ出したり、半端なことしたら許さないから!」
「いや、そんなっ、おれ……僕にはやることがありましてですね」
「つべこべ言わない!」
分かったらさっさと畑仕事をやりなさい。
フレイヤに尻を蹴られるように言われ、俺は半泣きで強制労働に従事していくのだった。
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