第4話 取り扱い注意

 世界にはいくつか鉱脈が存在する。

 父ダイアスの話では世界三大鉱脈というのがあるらしく、



 ・獣人族が多くいるアラントルム大陸の『レストラームベルト』


 ・鬼人族が支配するディオズゲンブ大陸の『バヂラッチベルト』


 ・精霊族が管理しているフォレスティア大陸の『サンペフェクトベルト』



 ーーー以上が、それに当たるらしい。

 世界三大鉱脈で採掘された鉱石は高値で取引され、各大陸の固有の魔法刻印を入れた物なんかはその更に倍の値段で売り買いされるそうだ。

 要はブランド物ということだ。

 そもそも俺はまだ鉱石の正しい使用法や運用例などを知らないので、そこら辺の謳い文句にはあまりピンと来なかった。

 とにかく、うちの近くにある鉱山ではお目に掛かれないとても珍しい鉱物が発掘される、ということのようだ。その中にはきっと見たこともない色をした物や、えげつないほど格好良いものなどが多く存在することだろう。


(なるほどね。エリア限定のレアアイテム……か。何それめっちゃ欲しいっ!!)


 まあそれはさておき。

 俺たちが住む大陸は世界的にどうなのか、ダイアスに一応聞くと珍しく空笑いが帰ってきた。

 この星に六つある大陸の内、ハーメストと呼ばれる大陸が俺たちのいるところで主に人種が多く暮らしているらしい。

 そして、肝心の鉱脈については。


 六大大陸中で最下位。

 世界品質水準最下位。

 重要性は特になし。


 ……だそうだ。


 なんでそんな貧相な鉱脈しかないのかと続け様に聞くと、どうやら昔の種族間戦争に起因しているらしかった。

 昔の人種の指導者は言った。



『ーーー我らが全ての種の始まりであり、我らがこの世の中心にいる。他の種族は我らの為に生き、我らの前に平伏し、我らに尽くす義務がある。なぜなら、我ら人種は神に選ばれた存在なのだから』



 世界に向けて放たれたその演説は瞬く間に波紋を呼び、非難や論争が戦争へと転化するまで然して時間は掛からなかったという。

 そこで人種はかつてどの大陸も羨む様な鉱脈『ディアクロニアスベルト』をこれでもかと掘りまくり、魔石を使った兵器を次から次へと生み出すと軍事投入して行った。

 戦争の結果を先に言うと、人種が敗北を認め世界中に向けて降伏宣言をし、終戦となった。

 まぁ人種が敗戦するのは戦争が始まる前から簡単に予想できていただろう。

 それもそのはず。

 自分達を抜いた五大陸五種族から袋叩きに遭ったのである。兵器をいくら作ろうと多勢に無勢だ。

 敗戦となった人種はハーメスト大陸の『ディアクロニアスベルト』から採掘された鉱石、又は刻印を施した魔石を全て没収すると共に、更には鉱脈が通っている地域を五大陸で分け合う様に奪っていった。

 それが300年ほど前の事らしく。既に鉱脈は掘り尽くされ、価値のなくなった地域はハーメスト大陸に住む人種の元へと自治権が変換されているそうだ。


(いやぁ、人種アホだなぁ……)


 そんな歴史があってこの大陸には主要な鉱脈はなく、大した価値はもうないとのことらしい。

 それでも鉱山を掘り進めるのには理由があった。


 領地を外敵から守る結界の維持。


 その為に大量の鉱石が必要らしかった。

 結界を失えば人が住む環境に魔物が押し寄せ、多くの村や町の人たちに犠牲が出る。

 だから、搾りかすの様な鉱脈を掘り進めていっているのだそうだ。


(なるほどねえ。一攫千金とか狙ってのことじゃなかったのね)


 俺はついつい前世のように鉱石を単なる宝石の一種に見てしまっていた。これを売ったらいくらになるのかな?ずっと持っていたら数年後に価値が上がるかな?とか、コレクションを眺めて常々想いを馳せていたくらいである。


(ダイアス達の仕事は人々の生活を守るためのものだったんだな)


 そう思うと、なんだか急にダイアス達鉱夫が誇らしい存在に思えてきた。


(将来は俺も鉱夫かあ。肉体労働、やだなあ)


 まだ5歳ということもあり、前世の様に太ってはいない。むしろ、あの両親の遺伝的なこともあって既に身長は俺の思っていた5歳とは思えないほど高く、心なしか筋肉すらある。

 前世でもそうだったが体を動かすことは嫌いじゃない。だから、重たいピッケルを振り翳し、地道に鉱石を掘る採掘作業は淡々としていて特別嫌いとは思っていない。しかし、それは遊びと趣味の範疇であり、仕事にしたいというわけではない。

 俺の将来の希望を述べるならば、食べる八割、動く二割を基本とした生活である。

 そうなると、鉱夫はちょっと……。


(悪いな、父ちゃん母ちゃん、オラ事務職目指すよ!)


 そんなことをひっそりと心に決める。

 しかし、驚いた。鉱山絡みで人の歴史がこうも垣間見えるとはね。


(こんなに綺麗なのに世界からは大して見向きもされない程度の物だなんて)


 俺は机の棚に置いていた箱を取り出しその中身を見下ろす。


(いひゃあ、やっぱいいなぁ〜〜)


 中に整頓されて入っている鉱石にランプの灯りを近づけ、鮮やかに光を返してくるそれらを見て溜め息を吐く。

 ベナントクォーツ。

 ハルガリスタクォーツ。

 アンサムジオダイト。

 グムダイト。

 ツァッセリリム。

 アンビオムクォーツ。

 フェールマル。

 コルスティッチクォーツ。

 レミエムダイト。

 ガレドナット。

 そして。


(新たに加わったケミルニーダ・クォーツ!!マジ綺麗ぇーーー!!もう最高すぎてやばい!なにこの透明感!なにこの輝き!海だよ海!行ったことないけど南国の青い透き通った海だよこれっ、マジずっと見てられるんですけど。ぱねえっすわ。これが虫からできたとかマジ半端ねえっす、ケミル先輩凄すぎっすわ)


 ランプの灯りを当てずとも青く光る鉱石を手に取り、俺は上にあげたり、机に置いたり、手のひらで覆って中を覗いで見てみたりと忙しなく眺めていった。

 これだから収集はやめられない。一度ひとたび気に入ると己の中でその価値が何倍にも膨れ上がり、コレクション全てが尊すぎて増えれば増えるほど魅力が増していく。さらにダイアスによる蘊蓄のせいで勝手に知識が入ってきて思い入れも強くなる一方だ。

 特に今日手に入れたケミルニーダ・クォーツなんて、魔素を吸収し蓄積することができるのである。


(すごい!魔法についてぜんっぜんよく分かってないけどすごい!)


 これで何かできたらもっとすごいよなぁ。

 ふと、そんな考えが頭を過ぎる。

 前世では電子回路の設計・制作に携わっていた。小さな回路板にはんだごてを使って部品をはんだ付けする様なこともお手のものである。だから、このケミルニーダを元にして何か面白いことができれば更なる暇潰しにもなるのだが……。


(なんか作りたいなぁ〜〜)


 俺はケミルニーダ・クォーツの端と端を指で摘むように掴んで掲げる。すると、先ほどまで青く光を放っていた鉱石から光が失われていき、緑色へと変化していった。


(えっ!あれ、なんで?)


 さっきまではなんともなかったのに。

 手で持ちすぎたのがいけなかったのかな?

 そんな風に思いながら翡翠色まで変化した鉱石から手を離すため、箱の中に戻していく。


(またカウセルさんのところに行って元に戻さなきゃ。やっぱ、ケミルニーダは青くなきゃ)


 と、ケミルニーダ・クォーツを入れていた仕切りの中に入れようとしたその時、手が滑ってしまった。


「あっ、とっとと、とと!?」


 机から落ちそうになったところを手で掬い取るように弾いて、鉱石が箱の中へと飛び込むように転がっていった。


「あっぶなぁ〜。砕けでもしたら俺泣く自信あるわ」


 そんな意味不明なことを言っている場合ではないことに俺は気が付かなかった。

 翡翠色に変色したケミルニーダ・クォーツが、箱の中に区分けされて仕舞われていた他の鉱石と接触していた。

 そして、次の瞬間。



 ーーーーーーバガァァアンッ!!!



 と、銃声よりも重低音のある破裂音が鳴り響き、俺はそれに驚いて飛び跳ねるように尻餅を付いた。


「なんだ!!?どうした!」

「ダイス!今の音はなに!!あなた大丈夫!?一体どうしたの!!?」


 ダイアスとスザンナが音を聞きつけて俺の部屋に駆け込んできた。

 俺は首だけ動かして二人を見て必死に状況説明をしようと言葉を探した。


「机が弾け飛んだ」


 俺は混乱のあまり、見たまんまを言うことしか出来なかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る