第3話 クォーツ

 村の近くにあるディアナス鉱山は標高3000メートルほどあり、100年の歴史の中で掘られて作られた坑道は約36道。麓付近から標高が上がるにつれて番号が上がっていく。普通、採掘をするなら下に向かってというのがセオリーだ。しかし、鉱石クォーツは標高が高くなればなるほど珍しいものが取れるらしく、鉱夫達は上へ上へと新しいものを求めて山を登り穴を開けていく。だがら山の下層付近は掘ってきた鉱石を集める集会場以外は人がほとんどいない。俺は閑散とした場所を駆け抜けて、カウセルに聞いた四番坑道の入り口を潜り抜けて行った。


「とーさーーん!」


 そうしてしばらく進んだその奥で他の従業員達と話している父さんを見つけた。


「おう、ダイス!こっちだ。意外と早かったな」

「うん、走ってきた。母さんは呆れてたけどね」

「それなら、母さんのためにも良い土産を持って帰んないとな」


 土産かぁ。鉱石をあげてもうちの母さん喜ばないんだよな。うーん、後で考えよう。


「それで?昨日言ってた、珍しいのってどれどれ?」

「そうそれだ!ダイス、これがなんだか分かるか?」


 ダイアスがピッケルでつんつんとその場所を指し示す。俺は目を凝らしてみたが、何がどうなのかさっぱりだった。


「なんのこと?俺にはさっぱり」

「だろ〜?」


 なにその海外通販番組みたいなリアクション。顔芸がすげぇな。

 俺が苦笑いを返すと、ダイアスは「まあ見てな」と俺に下がるように手を振ってピッケルを担ぎ直す。ダイアスがバットを振るような構えをし、俺は衝撃に備えて耳を塞いだ。


「こうするとっ!」


 そして、ダイアスは掛け声と共にピッケルを勢いよく振り、その柄の先端にある鉄の側面を俺に示した場所へと叩きつけた。

 豪快なフルスイングに俺はとんでもない爆音が坑道に鳴り響くんじゃないかと思い、力一杯耳を手で押さえた。

 しかし、それは予想を大きく裏切った。

 ダイアスのピッケルが接触した瞬間、坑道内の音が全て消え失せたのである。


「………………」


 俺は自分の鼓膜が破けたのかと思い、耳を叩いたり、両手を合わせて手を打ち鳴らしてみたりと試す。そんな様子がおかしかったのか、ダイアスは実に楽しそうに笑みを浮かべて笑っていた。


(いやいやちょっと!?笑い事じゃないんですけど!?)


 俺は焦って耳が聞こえなくなったことをジェスチャーで伝えようとしたが、全く意味を為さなかった。ダイアスの野郎はピッケルを支えにして笑い伏せやがった。


(おいぃー!笑いを取りにいってる訳じゃねぇーって!)


 そうして20秒ほどが経過した頃。


「笑ってないでどうにかしろーー!……ぉおお!?あっ!聞こえるっ!!耳が治った!!」


 汗だくになって抗議していた俺の声が突然聞こえるようになり、喜びの声が坑道を反響していった。


「あ〜〜〜最ッ高だぜ、ダイス。うー、もう父ちゃん、腹がよじ切れるかと思ったぜ」


 笑った〜〜〜などと言って満足感に浸るダイアスに、俺はムッとして見事に割れた硬い腹筋目掛けて拳を叩き込む。


「悪かった悪かった!だけど、驚いただろう?」

「驚いた。ちょー驚いた」


 いや、マジで耳が壊れたかと思ったわ!冗談がエグいんだよ、まったく!


「それで、これはどういうことなの?」

「うし!その正体を今から掘り起こしてやろう。ダイス、お前も手伝え。9番がそこにあるだろ。それで俺が指定した場所を細かく掘っていけ」


 やるとはまだ一言も言っていないのに指示がばんばん飛んできて、俺は急いで指定された大きさのピッケルを持って慎重に掘っていった。


「なんか丸いの出てきた……」


 ドブみたいな青色のべちょべちょした球体の側面が顔を出し始めた。なにこれ、キッモ!!


「父さん、……これのこと?」

「その通り!ようしっ、じゃあ父ちゃんの凄技テクの出番だ」


 俺が壁面から顔を出したそれに難色を示すと、ダイアスがバカでかいピッケルを肩に担いでこっちに寄ってきた。


「よーぅく見てろよ!せりゃあっ!!」


 俺の心の準備を待たずにダイアスは掛け声とともに大上段に構えたピッケルを頭の上から勢いよく振り下ろした。それは気持ち悪い球体の10センチほど上辺りに深く突き刺さった。そして、ダイアスは突き刺さったピッケルを引き抜くのかと思いきや、掴んでいた柄の持ち手を変え、ピッケルの突き刺さっていない方へ目掛けてバッキバッキに筋肉が隆起する太い脚で蹴り上げた。すると、壁面に埋もれていた例の塊が突き刺さったピッケルに押し出されるように地面へと飛び出した。


「一丁上がりっ!!どーだ、ダイス!父ちゃんカッコいいだろう!」

「すごい、すごいよ……かっこいいけど」


 梃子の原理に蹴りって、もう筋肉に物言わせてるだけじゃねぇか……。


「それより。ねえ。さっきのってこれが原因なの?あまり手を出したくない外見なんだけど」


 俺は足元に転がり落ちたそれを遠巻きに見てダイアスに聞いた。


「父ちゃんも最初はおえええって思ったさ。だけど、こいつがすげぇんだ!」

「音が聞こえなくなること?」

「それもある。だが」


 ダイアスはそこで言葉を切ると、ドロベチョしてる丸い塊の前に屈んで腰に巻いていた工具セットからピックと小槌を取り出して打ち始めた。

 それから四箇所ほど数回ピックを打ち付けた後、バゴッと半分に割れその中が露わになった。


「光ってる!」


 割れた球体は中が空洞となっており、その側面に棘の様に伸びる角柱の結晶がびっしり埋め尽くしていた。それらは独自に海に映る青空の様な輝きを放っている。

 俺がそれに目を奪われているとダイアスが説明を始めた。


「【ケミルニーダ・クォーツ】。学術名は『ケミルディラカルト』。名前にあるケミルと言う極小の虫が地中で結晶化して出来上がった鉱石だ」

「虫!?これが虫!?」


 虫からこんなのできるの!?凄すぎだろ!虫嫌いだけど。


「この外側、気持ち悪いだろ?それが虫の名残だ。爪の垢ほどの大きさだったのが、結晶が体内で大きくなるにつれて身体が膨張していったんだ。中身が出来上がる頃にはご覧の通りさ。地中の微生物を巻き込んで原型が分からないほどに腐っていくんだ。この結晶の輝きは、この虫の命の輝きでもある。別名『ソウル・ライト』とも呼ばれている。命を賭して尚を輝き続ける。だから、これ程までに綺麗なんだ。分かったか、ダイス?命の輝きってのはこんなにも綺麗なんだ。生きた末に輝けるよう、お前も努力を怠るなよ」

「うん。だね。俺、頑張るよ!」


 あんたは汗で筋肉が輝いてるけどな。とは言わないでおいた。せっかくカッコつけてる父親を茶化しては可哀想だ。


「それでケミルニーダ・クォーツにはどんな特徴があるの?やっぱり音を消すとか?」

「いや。音が消えるのはさっきまでの様な球体の時だけだ。見た目からすれば装飾品に好まれるが、こいつの特性は見た目とは全く違う」


 ダイアスは言うと棘の様に尖った結晶の一部を指で摘んで折ると、俺に見える様に手の平に乗せてからぎゅっと握り締めた。そして、10秒ほどの後に手を開いた。すると、透き通る様な青色の光を放っていた結晶が透明な赤色へと変色していた。


「父さん、今何したの?」

「なにも。お前の見てた通りさ。握っただけ」

「俺、さっきの色の方がいいな。これが特性?色の変化ってなんか意味があるの?」


 温めると色が変わるとはね。昔そんなおもちゃあったなぁ。前世の幼少期に見た懐かしい玩具の様な現象で面白い。だが、やっぱり最初の青色の光を放つ状態の方が良かったと改めて思う。時間が経てば戻るのだろうか。


「ケミルニーダ・クォーツは魔素を吸収し蓄積する効果があるんだ。これは父ちゃんの魔素を吸収した色なんだ。力を解き放てば元に戻る。しかし、使い続ければ鉱石の光は失われて砕け散る」


 リチウムイオン電池みたいなものか。と、俺は解釈することにした。

 しかし、魔素かあ。やっぱり鉱石には魔法絡みの事柄が付き物なんだなあ。魔素というのがいまいち分からないけど、鉱石が地中で生まれる条件にも魔素は重要な役割を果たしている、とダイアスは言っていた。

 そんな魔素を吸収し蓄積する鉱石ーーーケミルニーダ・クォーツ。なんだか便利そうな特性を持っているじゃないですか。

 ぜひ、コレクションに一つ。

 そう思って手を伸ばした俺をダイアスが腕を掴んで止めた。


「父さん、離して下さい。俺のコレクションに加えなきゃいけないんです」

「ダメだ。これはかなり高値で取引される希少な物なんだ。持って帰るなら俺が今使ったやつを持っていけ」

「中古品じゃんよ!青くないし、やだ!」

「後で元の青色に戻してやるから、今は大人しくそれを持っていけ」


 ムキムキなダイアスに力勝負で勝てるはずもなく、俺は駄々を捏ねながらも渋々それを受け取った。



 ダイアスと坑道の出口まで来ると俺は、そこでダイアスと別れた。

 ダイアスはケミルニーダ・クォーツを持って集積所まで行き、その後、別の坑道に向かって作業をしなければならないと言っていた。

 俺はディアナス鉱山のエースを見送ると、今日の仕事場見学を終了とした。帰り際に俺は他の坑道で作業するおっちゃん達に挨拶がてら回っていき、ある程度時間を潰してから鉱山を後にした。


「あ、そう言えばケミルニーダの色の戻し方、教えてもらってないや」


 カウセルさんなら分かるかな。

 俺は門を潜るついでにカウセルさんにケミルニーダを見せ、溜まった魔素の放出の仕方を教わった。


「こうですか?」

「ああ。それでいい。ソケットに入れたらカバーを閉じて引き金を引け。誰もいないところに向けてな」

「はーい!」


 カウセルから握力トレーニングに使いそうな形の器具を借りて、グリップ部分に小さな鉱石をセットしていく。

 俺は忠告通り、誰もいない青空目掛けて引き金を引いた。

 次の瞬間、野太い火炎放射が上空まで立ち上っていった。


「うええええええええええええっ!?」

「そのまま全部出せ」

「ぜ、全部って!?」

「炎が出なくなるまでだ。ダイアスの馬鹿が力を込めすぎたんだろ。しばらくそのまんまだ」

「そんなあ〜〜」


 全てを放出し終わった頃には、空を飛んでいた鳥を巻き込んでしまったらしく数羽の焼き鳥が俺の周りに落ちていた。

 それを持って家に帰ると、母スザンナは大喜びで昼食の準備に取り掛かっていた。

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