第2話 理解と暇つぶし
(あー、なるほど……これがねぇ)
俺は仰向けに寝っ転がりながら上手く動かせない手足をばたばた動かし、これが今自分が置かれている現実なのだとしみじみと思う。
数日間、俺は観察をしながら自分の状況を把握していった。
歯が一本もない口の感触から、まだまだボヤけがちな視力。ちっちゃすぎる両手とぷにっぷにの身体を支えることのできない脚。持ち上がらない重たい頭。理解することのできない異国語。
(はぁ、顔洗いたい)
自分が赤ん坊の身体ということはそれだけで十分過ぎる情報量だ。だというのに、持ち上げられて揺らされて、顔中にキスの嵐を頂戴していく。
いつも俺の視界に顔を覗かせてくる大人の男女二人の仕業だ。
呼び合っている声を聞くに男がダイアス。女がスザンナというらしい。そこまではなんとか聞き取れた。しかし、他はさっぱり。まぁ、俺の扱いからするに両親ということなのだろうことは分かる。俺のことをとても大切に思っていることは本当によく伝わってきていた。
(ほんとにもう、すげえな。デレデレじゃねぇか)
俺には子育ての経験がないから分からないが、大の大人がこんなにも世話焼きになるものなのか。二人には感心してしまう。中身が社会人10年目を迎えたおっさんですいませんと俺は何度も心の内で謝罪したくらいだ。
(しっかしまあ、二人とも特徴的というかなんというか)
両親ともに、とにかくガタイというかプロポーションが良かった。筋力トレーニングを欠かさずやっていそうな逞しい姿のダイアスに、俺は眩しさすら覚えたほどだ。前世の俺からすれば遠くかけ離れた体型に嫉妬すら覚えてしまう。初めはジムのインストラクターなり筋トレを主軸に置いた生活?でもしてるのかと思っていた。しかし、それはしばらくして分かった。
スザンナに抱えられて、いつも泥だらけで帰ってくるダイアスを玄関で出迎えた時のことだ。その時のダイアスは、いつもは持っていなかった道具を大量に持って帰ってきたのである。ピッケル数十本と何かがどっさり入っている大きな分厚い袋。見た目から察するに仕事道具だろうと判断した。すると、ダイアスは何事かを言って袋を下ろして俺に見えるように中身を見せてきた。
(すげぇ……超綺麗……)
僅かな光でも反射する色鮮やかな宝石の山が袋の中にあった。
これをいったいどこで。
などとはもう聞くまい。
ダイアスが鉱夫であることはもう間違いなかった。ちなみにその後どうしたのかと言うと、それを持ってまた家を出ていった。どうやら俺に見せびらかしたいが為に持ってきたようだった……。お茶目なお父様だこと。
しかし、スザンナのプロポーションの良さについては未だに分かっていない。まぁ、異国の人なんてのはこんなものなんだろうさ。その数日後にスレンダーな母のマキシマムな背中を目の当たりにして目を剥いた。
と。
そんなこんなで俺は本当に自分が転生してしまったことを理解し、納得していった。これがバーチャルだとかだったらとっくにゲームマスターあたりからお知らせが届いているはずだ。それに、あの土砂崩れで俺が生存している可能性はゼロに等しい。もしもこれが夢だとしたら。
そう考えたことも当然ある。
しかし、いくらなんでも夢にしては長すぎるし、リアルすぎる。俺は些細な物音ですら目を覚ます体質だ。こんな長時間寝ていられまい。
これを転生でなくてなんというのか。
(もうそれでいいじゃないか)
前世の記憶をがっつり持ちながらの転生なんていいじゃないのさ。
誰しも一度は望む、幼少期からの人生やり直しだ。
過去に未練がなくとも転生なんてしようと思って出来ることではないはずだ。
この幸運をありがたく頂戴するべきであろう。
たとえ、前世に全身全霊で集めてきたオタグッズが自室に保管されていようとも。
たとえ、予約争奪戦に勝ち抜いてようやく発売間近の超人気プレミアグッズが俺宛に届こうとしていても。
たとえ、俺がいなくなった後、それらの価値を理解できる者が家族の中に誰一人いなかったとしても。
転生してしまったのだから、仕方がない。
そう、仕方が……ない。
「ぅ、……ぅぇ、おぎゃああ〜〜」
「あらあら、どうしたのダイス。おしっこ?それともお腹すいた?ん〜〜、どうしたの〜?ママが恋しくなったの?はいはい、もう大丈夫よ〜。ママはここにいるからね」
スザンナに抱きしめられながら俺は家宝のオタグッズの悲惨な処遇を予想してしばらく泣くのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それから大きく月日が流れて早5年が経った。
5歳の男といえば食べ盛りの遊び盛り。
「母さん、ごちそうさま。それじゃ行ってきます!」
朝食を食べて洗い物を済ませると、俺は予めまとめておいた荷物手に玄関へと走る。
「ああこら、ダイス待ちなさい。どこ行くの!」
そこで母スザンナが後ろから声を掛けてきた。俺はドアノブに手を掛けながら振り返り答える。
「父さんの仕事場!良いもの見せてくれるってさ!」
「もうあなたは。よく毎日飽きないわね。たまにはお母さんの相手をして欲しいわ」
「それは遠慮しとく。父さんが焼き餅焼いてるところなんて見てられないからね」
「ダイスったら。そんなことどこで覚えてくるのよ」
「鉱山のおっちゃんたち」
「はぁ〜〜」
いくら外国語に疎い日本育ちとて、それだけの年月があれば言語の習得には十分で、お喋り、冗談はお手のもの。
わんぱくな少年を演じつつ、外へと駆け出していった。
外に出て遊ぶようになって分かったことがたくさんあった。
この世界が地球と似て非なる異世界で、魔法が存在すること。
危険な生物である魔物が存在すること。
領主が収める土地ごとに村や町を外敵から守るためのバリアのような結界がドーム状に張られていること。
教育機関が少なく、識字率が低いこと。
この鉱山麓にある町には子供が少ないこと。
などなど。
ああ。
あとはうちの両親がこの町では意外と有名人で常に注目の的になっていること……とか。
まあ確かにあの二人は存在感半端ないからな。人目を引きやすいのだろう。特に父ダイアスに至っては身体中のバルクが凄まじい。狭い鉱山の坑道で身体をつっかえていないか心配になる程だ。
ちなみに魔法についてだが、土地柄も相まってあまり詳しくは知ることができていない。この鉱山の麓にあるド田舎村で調べることができるのは石についての詳細だけで、俺の想像していた魔法云々については未だに出会えていない。
だけど。
この村にも魔法はあるにはある。
それはダイアスたちが掘り起こした鉱石に特別な文言を記した【魔石】と呼ばれる代物だ。
俺も身体強化の魔法を体験したことがある。まあ、と言ってもほんの一週間前なのだが。
鉱山のおっちゃんたちが緑色の綺麗な石を使って俺に掛けてくれたのだ。その力たるや、いつもよりも心なしか早く走れる気がしたし、拾った小石を遠くまで投げることができた気がしたし、さらには、普段ダイアスが使っているというドデカいピッケルの柄を少しだけ持ち上げることができた。あれ、本当に掛かってたのだろうか……。
おっちゃんたちが言うには充分な魔法の効果を発揮するにはコツがいるらしいので、子供の俺には魔法はまだ早いとのことだった。肩透かしを食らったみたいな気分だったのを覚えてる。いつかはアニメや漫画みたいな多を圧倒するほどのヤバい魔法なんてのを使えるようになりたいものである。
そんなこんなで今は異世界転生ライフを謳歌しようと足掻いている最中である。
5歳の俺に何ができようか。
普通に友達と遊んでいればいいじゃないか。
そう思うかもしれない。だが、そうもいかないのが異世界だ。
前世と違ってここは娯楽が少なく一人遊びもままならず、さりとて子供も少ないため遊び相手すら見つけるのが困難。
同年代が1人、いるにはいるのだが……。あの子は女の子だし、俺に対してなーんか気が強いので申し訳ないが敬遠している。
それでいて家事の手伝いばかりしていればダイアスが焼き餅を焼くし、村を1人でふらついて暇つぶししていると周りの人から「どうしたの?なにかあったの?」と心配される始末。
だから、仕方なく最近は鉱山に通い詰めているのである。ダイアスの語る石についての
前世では、漫画、ラノベ、アニメの円盤に始まり、関連グッズのキーホルダーからクリアファイル、タペストリーにフィギュアに至るまでありとあらゆる物を集めていた。
だから、その収集癖が石に向かっていったまでのこと。初めは暇潰しに仕方なくといった感じだったが、今ではこの綺麗な石たちが住み分けされたボックスに埋まっていくのが心地良く意外と気に入っている。
「おう、やっと来やがったな、ダイス!ダイアスなら四番坑道の奥だ。早くいってやんな」
「おはよう、カウセルさん!ありがと、すぐ行くよ!」
鉱山入り口の麓まで来ると門番のカウセルが俺を見るや教えてくれた。白髪混じりの短く剃った頭が特徴的なデカい爺さんだ。昔は彼も坑道に入って鉱石を掘っていたらしいが、脚を怪我して引退した後、門番になったらしい。見た目はおっかないが、とても親切で気さくな人だ。
俺はカウセルに挨拶すると教えてもらった方へと走っていった。
さあて、今日は何が見つかったのかな?
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