45 はじめてのお祭り
45 はじめてのお祭り
デンデンは森を開墾して作られた村で、広大な段々畑の麓にある。
夕焼けを鏡のように映す水田は、山の中腹を幻想的なオレンジ色で彩っていた。
水田の麓にはわらぶき屋根の家々が建ち並ぶび、山の湧き水を利用した川には水車がゆっくりと回っている。
村はのどかな風情であったが、しかし一軒だけ悪趣味なまでに派手な石造りの御殿があり、景観を台無しにしていた。
広場のほうではこうこうと明かりが灯され、村人たちやカカシのようなゴーレムたちが祭ばやしにあわせて踊っている。
その中心には、ステージのように組まれた
派手な衣装で着飾ったガマガエル顔の男が玉座に座り、巨像をバックに下品な高笑いをあげている。
「ゲコココココココ! 俺様こそがシンラである! 皆の者、俺様を讃えよ!」
男の周囲にはごちそうが山と積まれ、村娘たちが料理を食べさせたり、お酌をしている。
村娘たちはガマガエルの長い舌で舐められまくり、全身鳥肌だらけになっていたが、顔は必死に作り笑い。
広場のはずれにやって来たミックは、見るもおぞましい狂宴にすっかりドン引きであった。
「……イナホお姉ちゃん、あれがシンラ?」
「はい。シンラ祭では、
「シンラ様
そこでミックは、櫓の後ろにある像が、前世で作ったストーンゴーレムであることに気づいた。
「あの像は……」
「あの像は、シンラ様が遣わしてくださった、この村の守り神様です」
その説明で、ミックはなんとなく事情を察した。
――なるほど、そういうことか。
あのゴーレムは近くにモンスターを察知すると、動いて撃退してくれるんだ。
しかも人間や、人間の財物は傷つけないように命じてある。
僕のゴーレムを倒せるモンスターなんてそうそういないし、24時間守ってくれるから、まわりに村を作れば平和に暮らせそうだよね。
ゴーレムには製作者である僕、シンラの名前を彫ってあるから、僕を祭り上げるようになったのかな?
「……あれ? イナホお姉ちゃん、どこいくの?」
「わたくしは、シンラ様のおもてなしの準備をしないといけないのです。せっかくですので、お祭りを楽しんでいってくださいね」
自分のフリをしたオッサンを崇める祭など見ていてもしょうがないので、ミックはイナホについていく。
イナホは櫓の隣に設えられた調理場に入ると、背負った弓矢はそのままで、たすき掛けをして調理を始める。
手際のよい包丁さばきを、ミックとロックは踏み台に上って、宝箱の中からしげしげと眺めていた。
「イナホお姉ちゃん、なにを作ってるの?」
「シンラ様にお出しする前菜です。ノビルとムカゴ、そして水菜とニンジンを調味料で和えたものです」
ノビルはネギに似た野草で、ムカゴはヤマイモに似た蔓草。
イナホはそれらを刻んで木のボウルに移すと、調味料といっしょにかき混ぜる。
盛り付け前の前菜を味見させてもらったミックとロックは、そのあまりのおいしさに毛を逆立てていた。
「お……おいしい! イナホお姉ちゃん、これ、すっごくおいしいよ!」「にゃっ!」
「うふふ、ありがとうございます。シンラ様も喜んでくださるといいのですが」
イナホは微笑みながらボウルの中身を膳に丁寧に盛り付けすると、すりごまをひと振り。
緊張した面持ちでたすき掛けを解いてから、できたての膳を調理場から運び出した。
巫女のイナホが櫓にあがると祭りばやしは止まり、村長の周囲にいた村娘たちは玉座の後ろに控える。
まわりで踊っていた村人たちも、固唾を飲んでその様子を見守っていた。
「……なにが始まるんだろう?」
ミックとロックは首を傾げながら櫓を見上げていたのだが、信じられないことが起こる。
前菜を口にした村長は、「まずいっ!」と一言、膳をイナホに向かって叩きつけていた。
イナホは「きゃっ!?」と悲鳴をあげて倒れる。
ミックは助けるために櫓へとあがろうとしたが、途中で村人たちに止められてしまう。
櫓から降りたイナホは野菜まみれになった顔に、困り笑顔を浮かべていた。
「……やっぱり、シンラ様はお気に召さなかったみたいです」
シンラの暴挙はアクシデントではなく、予定調和だったらしい。
ミックは尋ね返さずにはいられなかった。
「やっぱりって、どういうこと?」
「シンラ祭では、シンラ様のお気に召さなかった料理を出した巫女は、その料理をぶちまけられるのです」
「な……なにその奇祭」
「このお祭りはすべて、シンラ様に由来しています。シンラ様は、奥様の作る料理がお気に召さなかったた場合、テーブルごとひっくり返していたそうですから」
ミックは思わず叫んでいた。
「僕、そんなことしてないよ!? っていうか奥様って誰!? 僕は、ずっとひとりぼっちで……!」
イナホはキョトンとしていたが、ミックはきっと自分を心配してくているのだろうと思い、微笑みを作る。
ミックをこれ以上心配させないように、小さくガッツポーズを作ってみせた。
「でも、今回のシンラ祭は大丈夫です。ミックさんに頂いたゴールデンファウがありますから。きっとシンラ様も気に入ってくださると思います」
イナホはふたたび調理場に戻ると、いよいよメインディッシュにとりかかった。
すでに精肉されていたゴールデンファウの肉を、丁寧にな包丁さばきでひと口サイズに切り分ける。
串を打って塩を振り、炭火に掛けた。
しばらくして、食欲をそそるようないいニオイがあたり一面に広がる。
ミックやロックだけでなく、広場の村人たちも踊りながら鼻をひくひくさせていた。
やがて、見るからに香ばしそうな焼き鳥のできあがり。
イナホは最後の大勝負に挑むような真剣な面持ちで、メインディッシュの膳を村長へと捧げる。
「がんばれーっ! イナホお姉ちゃーんっ!」「にゃにゃーっ!」
ミックはイナホを応援しながらも、心の中で確信していた。
――ゴールデンファウは、ほっぺが落ちるくらいおいしいっていう、伝説の鶏肉……!
イナホお姉ちゃんの調理も完璧だった……!
これはぜったい、おいしいって言うはず……!
そして、その瞬間がやってくる。
焼き鳥にかぶりついた村長は目を見開くと、開口一番、
「う……うんまっ……!」
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