44 はじめての巫女
44 はじめての巫女
神楽のような、雅やかな声の少女であった。
腰まで伸びた黒い艶やかな結い髪は、風になびいて天の川のようにキラキラと輝いている。
黒髪の横から飛び出た細長い耳は、エルフ族の証。
身体つきのほうはほっそりとした痩せ型だが、胸だけはアンバランスなまでにふっくらとしている。
服装は巫女装束のような民族衣装で、刺繍からして位の高さを伺わせた。
年の頃はヒート族換算で15~6歳くらい。顔立ちはまだあどけないが表情は大人びている。
特に瞳は慈愛と清廉さを感じさせる美しい輝きを放ち、男ならばだれもが見とれることだろう。
非モテのシンラだったら、こんな美少女に見つめられたら一瞬で恋に落ちていたに違いない。
こんな風に胸にギュッと抱かれて微笑まれた日には、ときめき死していてもおかしくはなかった。
しかし今は子供のミック。
前世の記憶はあれど精神的にはまだ未熟なので「キレイなお姉さんだな」くらいの感想しか抱いていない。
「は、はなして!」「うにゃーっ!」
すると少女は意外そうな顔をする。
「えっ、拾ってほしかったのではないのですか?」
「違うよ! なんでそんなことを……!」
ミックはそう反論しかけて、『ひろってください』の看板がいまだにそのままであることを思い出す。
「と、とにかく降ろして!」
「あっ、はい。かしこまりました」
少女は危害を加えるつもりはないようで、頼むとすんなり宝箱に戻してくれた。
住まいに戻って落ち着きを取り戻したミックは、怪しむような上目で尋ねる。
「……お姉ちゃん、誰?」
「わたくしはイナホと申します。デンデン村の巫女です」
「デンデン村って、この先にある村のこと?」
「左様でございます。あなたはピクシーさんですよね? お名前はなんとおっしゃるのですか?」
「ミック」
「実を申しますとわたくし、ピクシーさんにお会いするのは初めてなんです。おかわいすぎるあまり、思わず抱きしめてしまいました」
「かわいい? 僕が?」
「はい」と愛おしくてたまらない様子で微笑み返すイナホ。
第一印象の反応としては、いままで出会ってきた女性陣とほぼ同じ。
しかしミックはいまだに自分の容姿に懐疑的だったので、頭にハテナマークを浮かべるばかりであった。
「そんなことより、イナホお姉ちゃんはなんでこんな所にいるの?」
「はい。わたくしの村では今晩『シンラ祭』が行なわれるのです。そのために奉納する獣を狩っていたのです」
よく見ると、イナホは東弓を背負っていた。
東弓とは東の国が発祥となった二大弓のひとつで、西弓と対をなす存在と言われている。
しかしそれ以上に気になるワードがイナホの口から飛びだしたので、ミックは思わず眉をひそめていた。
「……シンラ祭?」
「はい。この山におすわすシンラ様に感謝するためのお祭りです」
ミックには、シンラという名前で思い当たる人物はひとりしかいない。
――まさか、僕のお祭り……?
いや、いくらなんでもそんなことはないよね。
前世の僕は国連魔法局にいたけど、ずっと下っ端だったし。
引きこもったあとは、発明した魔法を機怪鳩に渡して各国に送ってたけど、それは自分が好きでやってただけだし……。
たぶん僕の知らない間に、同じ名前の神様が現われたんだろうな。
そう結論付けたミックは、さっさと話題を変える。
「それで、お祭りに奉納する獣は狩れたの? 手ぶらみたいだけど……」
かわいいピクシー族と出会ったことでイナホは夢見心地でいたが、ミックが指摘するとシャボン玉が弾けたような表情で現実に戻っていた。
「じ……実は、まだなにも……。よりシンラ様に近いこのあたりは『聖域』と呼ばれておりまして、珍しい獣がいるそうなんです。珍しい獣を食材にして奉納すれば、シンラ様に喜んでいただけるかと思って足を伸ばしてみたのですが……」
「ふーん、珍しい獣かぁ。ところでイナホお姉ちゃんの村って、ごはんある?」
尋ねながら、ミックは身体をもぞもぞさせて、部屋からあるものを取りだしてたいた。
「はい、ございますよ。デンデンの村は稲作をしておりますので。この山の湧き水で作ったお米は、とってもおいしいですよ」
「そうなんだ、じゃあごはんをちょうだい。かわりに、これをあげるから」
ヌッと差し出されたものに、イナホの息が止まった。
「そ……それは……!? まさか……幻の鳥、ゴールデンファウ……!?」
口を押さえた上品な仕草でビックリ仰天している。
「そっ、そんな!? 見かけるのは十年にいちどで、見るだけで幸運が訪れるという幻の鳥を!? しかも、狩れるのは五十年にいちどと言われるほどの幻の鳥なのに!? そっ、そんなすごいものを、どうして……!?」
ぺたんと尻もちをつき、わたわたと後ずさりするイナホ。
ミックは追いかけるように、逆さ吊りにした幻の鳥をずいっと突き出す。
「ロックと一緒に狩ったんだよ。朝に獲ったばかりだからまだ新鮮だよ」
「そ、それは
出会ってそうそう、イナホはもうパニック状態。
宝箱の中からは、レベルアップのファンファーレが立ち上っていた。
それからイナホが落ち着きを取り戻したあとで、物々交換が成立。
ミックは米を分けてもらうために、イナホの案内でデンデン村へと向かう。
デンデンの村人たちが聖域と呼んでいる森を抜けるうと、その先は開墾されていて、麓までが一望できた。
地平の向こうに落ち行く太陽は遮るものがないせいか、目にしみるような赤さ。
「うわぁ、夕日って、こんなにまぶしかったんだ……! まるで空が燃えてるみたい……!」
ミックは瞳をうるませながらも空を仰ぎ、イナホのあとに続いた。
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