43 お嫁さんになりたい
43 お嫁さんになりたい
ミックは火山を出るなり、ウイリーに向かって言った。
「ウイリーお姉ちゃん! あそこ! あそこに向かって飛んで!」
「おけまるだし!」
ウイリーはミックの正体を見出していたので、親孝行する娘のごとく素直に従う。
ミックの指さす方向に従い、ラジコンのごとく忠実に飛んだ。
そして一行は、山脈の中腹あたりにある森に着地する。
ウイリーが宝箱を降ろすなり、ミックは屈託のない笑顔で言った。
「送ってくれてありがとう、ウイリーお姉ちゃん!」
「えっ」と、虚を突かれたような声を出すウイリー。
ミックの言葉の意味が理解できず、もう同じ言葉を繰り返す。
「えっ……?」
「ウイリーお姉ちゃんの探し物は見つかったんでしょ? だから僕はもう自由だよね?」
当然のようなミックの言葉は、ウイリーの胸にぽっかりと穴を開けた。
「あ……う……うん……」
「だから僕はもう行くね。この先には村があるみたいだから、そこに行ってみようと思ってるんだ」
ミックは川下りの際に村を見つけていたが、そのそばまでウイリーに運んでもらっていた。
ウイリーはタクシーがわりに使われたわけだが、彼女はもうそれどころではない。
「ヤダ」「ダメ」「行かないで」「あーしと一緒にいて」「もう離さない」「もう離さないで」「ひとりにしないで」
無数の言葉が、喉の奥から衝動のように突き上げてきてきたが、それはどれも言葉にならなかった。
確かめたかった。そして抱きしめたかった。
一生、ずっといっしょにいたいと思った。
そのためにハーピィの群れにも属さず、たったひとりで生きてきた。
だが、どうしてもそのための言葉が言い出せない。
あの日、突然消えた時のことが今になって蘇り、離れなくなっていた。
――あの日……。
パパが、あーしを捨てたんだとしたら……。
もしそうだとしたら、ウイリーは自分がどうなってしまうかわからなかった。
――パパに捨てられるくらいなら、パパの手で殺されるほうがマシだし……!
想像するだけで、ツンと鼻の奥が痛くなる。
――それとも……ジー・ドラゴンのところで、あーしが泣いちゃったから……。
パパは……行っちゃうのかな……。
そう思いたかった。そう思わずにはいられなかった。
それならば、きっとまた会えるという希望を胸に、生き続けられると思ったから。
ウイリーの中では正気と狂気、そして希望と絶望が入り乱れていた。
それは、まだ20年も生きていない少女にとっては過酷すぎる葛藤といえる。
しかし少女にとって、いちばん手を差し伸べてほしいはずの少年はなにも気づいていない。
「あ……そうだ、これを……」
ミックは宝箱の奥にあるリュックサックから指輪を取り出す。
それをウイリーに差しだそうとしたが、はたとなった。
「そっか、ウイリーお姉ちゃんはもうアクセサリーはいらないんだっけ、ならこれも……」
「も、もらうし!」
ウイリーは葛藤を押しのけるようにして、ミックの手から指輪を奪う。
「こ……これって、もしかして……!」
「うん、婚約指輪だよ」
「……!」
ウイリーの瞳が、打ち上げ花火のごとく輝いた。
――お……覚えてて……くれたんだ……!
あーしとの、約束を……!
やっぱりパパは……! あーしを捨てたんじゃなかったし……!
あーしが、お嫁さんにするにふさわしいハーピィになったかどうか……見に来てたんだし……!
両手で掴み取ったそれを、しっかりと胸に抱くウイリー。
もう泣かないと誓ったはずの瞳は、また潤みはじめていた。
「ありがとう……。本当にありがとう……!」
「どういたしまして。ただその婚約指輪は人間用のだから、ハーピィのウイリーお姉ちゃんにはただの指輪でしかないけどね」
「えっ」
鼻の奥にあった痛みがストンと落ちる。
よく見ると、リュックサックのポケットには指輪が山盛りで入っていた。
「ちょ、なんでそんなに指輪がいっぱいあるし!?」
「実は僕、お嫁さんを探すための旅をしてるんだ」
「えっ」
「ずっとひとりぼっちだったから、一生いっしょにいてくれるお嫁さんを探してるんだ。それで、旅先にいい人がいたら、とりあえずこの指輪を渡してるところ。さっきも言ったけど、ハーピィのウイリーお姉ちゃんの場合はぜんぜん意味ないだろうから、ただのアクセサリーとして使って」
とうとう『ぜんぜん意味ない』とまで言われてしまった。
「首から下げてペンダントみたいにして使うといいよ」
そしてこのウインク。ミックは片目で、片足を後ろに振り上げているウイリーの姿を目にしていた。
直後、どげしっと衝撃。
ミックは
運が悪いことに後ろは斜面だったので、そのままゴロゴロと転がり落ちてしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」「うにゃぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」
「……バカヤローッ! もうどこへでも、勝手に行っちまえーっ!」
ウイリーからの最後の言葉が、あたりに山びことなって響き渡る。
宝箱が転がりが収まった頃、あかね色に染まりつつ空には、飛び去るウイリーの後ろ姿があった。
「いててて……ウイリーお姉ちゃん、急にどうしたっちゃんだろ……? 僕、なにか怒らせるようなことした……?」
するとロックは「そういうとこだぞ」と言わんばかりの表情で、ミックに猫パンチする。
「いたっ、爪が出てるよロック!」「シャーッ!」
わぁわぁにゃあにゃあと言い争っていたせいで、何者かがすぐそばまで近づいていたのことに、ふたりともまったく気づいていない。
宝箱に花のような芳香が降ってきたかと思うと、次の瞬間にはミックとロックの身体はまとめて持ち上げられてしまう。
「うわぁ!?」「にゃっ!?」
いつもはビックリさせている側のミックはすっかり固まってしまう。ロックも目をまん丸にして硬直していた。
丸くなれないアルマジロが外敵に遭遇してしまったように、縮こまって見上げると……。
そこにはふたりの表情とは真逆の、穏やかな微笑みが。
「おっ……おかわいいですっ……!」
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