46 はじめての和食

46 はじめての和食


 村長のうまい宣言に、ざわめく村人たち。

 イナホは顔を明るくしかけたが、村長は慌ててぶるんと首を振った。


「……くないっ! ぜんっぜんうまくないっ! こんなチンケな料理で、俺様の舌を満足させられると思ったかぁーーーーっ!!」


 村長は焼き鳥をイナホの顔にぶちまけるだけでは飽き足らず、調子に乗るなとばかりにイナホの頬を音高く打った。

 「きゃあっ!?」と吹っ飛び倒れるイナホに、ミックとロックの堪忍袋の緒が切れる。


「イナホお姉ちゃんになんてことするんだ!」「にゃーっ!」


 大人たちの制止をふりきりステージに乱入したふたりを、村長は暴君を体現するかのような顔で睨みおろしていた。


「なんだぁ、この小僧はっ!? 宝箱になんぞ入りやがって! 俺様は、泣く子もひれ伏すシンラだぞ!」


「お前なんかがシンラなわけないだろ!」「にゃにゃーっ!」


 ふたりは「フーッ!」と毛を逆立て、今にも飛びかかっていきそうな勢いだったが、寸前でイナホが一喝する。


「ミックさん、ロックさん、おやめになってください! シンラ様に逆らってはいけません! シンラ様は絶対、それがこの村の掟なのですから!」


 腫れて赤くなった頬に鶏肉まみれになったイナホを、ミックは信じられないような目で見ていた。


「絶対に、あいつはシンラなんかじゃない! シンラだったらイナホお姉ちゃんの料理を、ぜんぶおいしいってほめてくれるよ!」


 「お前みたいな小僧にシンラ様のなにがわかる!」と村長。


「シンラ様はおっしゃったのだ! 女子供はみな奴隷で、男に尽くすものだと! 料理が気に入らなければぶちまけて、叩いてでも作り直しをさせてもよいとな!」


 目の前にいるミックはつい半日ほど前まで、そのシンラだった。

 しかし村長はそんなことは知る由もないので、我が物顔で嘲り笑う。


「ゲコココココココ! そしてこの祭では、俺様こそがシンラだ! 奴隷がいっちょまえに意見したければ、俺様の舌を唸らせる料理を出すことだな! ベロベロバァ~~~ッ!!」


 村長は「できるもんならやってみろ」とばかりに長い舌を垂らして挑発してくる。

 ミックとしてはパチンコで蜂の巣にしてやりたい気持ちでいっぱいだったが、掟というものがある以上、それに従わなければ悪者となってしまうだろう。

 ミックは自制の後、ビシッとひとさし指を、ロックはビシッと肉球を村長に突きつけていた。


「み……見てろ! これから僕が、最高においしいごはんを出してやる! お前がおいしいって言ったら、イナホお姉ちゃんに土下座して謝るんだ!」


「ゲコココココココ! いいだろう! だがもしマズかったりしたら、小僧は俺様のペットになるんだ! 裸にひん剥いて、首輪を付けて村じゅうを引きずりまわしてやるから覚悟しろっ!」


 熱くなっていたミックは村長の言葉の意味を考えもせず、「いいよ!」と即答する。


 しかし、ミックは知らなかった。

 舌なめずりをする村長が、こんなことを考えているとは……。



 ――ゲコココココココ……! 生意気だが、なんてキュートなピクシーなんだ……!

 イナホもいいが、人間の女には飽き飽きしてたことろだったんだ……!


 あのかわいい顔を、あのちっちゃな身体を、俺様の舌でたっぷりねぶり回してやる……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 シンラ祭は一転、料理勝負となってしまった。

 調理場に戻ったミックはさっそく調理にとりかかる。


 すでにメニューは決めてあるので、あとは作るだけ。

 ミックは調理台の上に宝箱ごと乗って、上半身を乗り出すようなスタイルで食材を刻む。


 しかし食材を押さえる手がおぼつかなかったので、隣にいたロックが「にゃっ」と猫の手を貸していた。


「ありがとう、ロック。そういえば、野菜を刻むとき、押さえるほうの手は猫の手にするのが基本だったね」


 シンラは独り身だったので、前世では家事をひととおりこなしていた。

 ミックになっても料理くらいできるだろうとたかをくくっていたのだが、そういえば前回、プルプのタコ足を料理した際、『サバイバル料理マスター』のスキルに頼っていたことを思い出す。


 転生したこの身体だと手がもみじのように小さいので、スキルが無いと包丁ひとつ満足に扱えないようだ。

 ミックやなむなく、またスキルに頼ることにした。オーナーツリーにある『料理マスター』を取得。


 すると、かつての記憶と腕前が蘇ってくる。

 人が変わったようにテキパキと下ごしらえをしていると、イナホが心配そうに話しかけてきた。


「あの……ミックさん、シンラ様には勝てるはずがありませんから、謝って慈悲を請いましょう。料理を出す今ならまだ間に合いますし、わたくしが嫁げばよいだけの話ですから」


 気になるワードが飛びだしたので、思わず調理の手が止まりそうになったが、ミックは再開しつつ尋ねた。


「……嫁ぐ? それって、イナホお姉ちゃんが村長のお嫁さんになるってこと?」


「はい。シンラ祭は、巫女としての才覚を試す場でもあるのです。巫女はシンラ様に料理を捧げるのですが、召し上がっていただけなかった場合は、巫女を他の者に譲り、村長に嫁ぐ掟となっているのです」


 イナホは悲しそうに目を伏せる。


「村長にはすでに19人も妻がおられますし、わたくしにはずっとお慕いしているお方がおります。ですので、わたくしはずっと村長からの求婚をお断りしていたのです。でもわたくしが自ら嫁ぐと申し出れば、村長は機嫌を直してミックさんを許してくださると思います」


 それで、ミックはすべてを理解する。

 イナホが聖域でよりよい食材を求めていたのは、シンラ役の村長に喜んでもらうためというよりも、その村長との結婚を逃れたい一心であったのだと。


 村長においしいと言わせることができたら、巫女の才覚があるとみなされ、巫女を続けられる。

 彼女が慕っているという人物と、愛し合うことができるかもしれない。


 それはミックとしても、ぜひ応援したいところであった。

 だが同時に、新たな疑問が浮かんでくる。


「でもその掟って、村長にすっごく都合が良くない? おいしくてもマズいって言えばいいんだから。掟って、村長が決めてるの?」


「いいえ。新しい村の掟は、すべてシンラ様が決めてくださったものです」


 イナホは語る。幼い頃、村にとある旅団がやってきたことを。

 旅団のリーダーは『イオカル』と名乗る魔術師であった。


 イオカルたちは行商の途中で盗賊に襲われ負傷したという。

 村人たちは彼らをあたたかく迎え入れ、手厚く看病した。

 そして彼らがやって来て数日後、村で祀っているゴーレムの足元の地面にこんなメッセージが現われたそうだ。


『我が一番弟子、イオカルを村長とせよ』


 ゴーレムはシンラが作ったものなので、村人たちは「これはシンラ様がくださった神託だ!」と大騒ぎ。


 このデンデンの村はシンラのゴーレムによって栄えた村だったので、シンラの言うことは絶対。

 しかもシンラの一番弟子とあれば、この村をさらなる繁栄へと導いてくれるだろう、という結論に到る。


 当時の村長はイナホの父親だったのだが、「シンラ様の神託なら間違いはない」と村長の座をイオカルに譲る。


「……それから父は、間もなくして亡くなりました。村はイオカル様がおさとなり、シンラ様の神託によって新しい掟が決められてきたのです」


 イナホの話を聞き終えたミックは、さっそく突っ込んでいた。


「それ、完全にイオカルの自作自演でしょ」


「それはないと思います。神託は広場の地面いっぱいに書かれるのですが、文字のひとつひとつがとても大きいのです。村は夜になってもゴーレムと見張の村人がおりますから、イオカル様が不正を働くのは無理だと思います」


「いや、イオカル自身がやらなくても、その見張りを買収してやらせればいいんじゃ……」


「ばいしゅう……?」


 初めて聞く言葉のように、目をぱちくりさせるイナホ。

 心まで映しているようなその澄みきった瞳に、ミックは思う。



 ――そうか、この村は外の世界から切り離されたような場所にあるから、性善説が当たり前なんだ。

 買収なんて行為は無縁どころか、言葉すら知らないんだろう。


 イナホお姉ちゃんは……。いや、この村の人たちはきっと、人を疑うことなんて知らずに育ってきたんだろうな……。



 過去の人生でさんざん他人の悪意に晒されてきたミックにとって、イナホの純粋さは少しうらやましかった。

 そしてだからこそ、彼女のまっすぐな瞳を守らなくてはと強く思う。


 しかしその瞳は今や、ミックの手元をこれでもかと凝視していた。


「あ……あの……ミックさん……? お作りになられているそのお料理は……なんという……?」


「ああ、これ? そういえばこの世界にはまだ無かったね、これは『親子丼』っていうんだ」

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