焼き筋肉

磯風

焼き筋肉

「胸肉は、大胸筋だよな」

「うん、それは間違いない」


「もも肉は?」

「大腿四頭筋」

「俺の推しは大腿二頭筋だな」


俺達は会社帰りに、焼き鳥屋に飲みに来ている。

何故いきなりこんな筋肉喩えが始まったかというと、トレーニングにジムに通い出したなんて話からだ。

どこを重点的に鍛えているというマウント合戦が一段落したら、何故か『鶏肉のこの部位は何筋だ?』なんて言いだした。

……酔っぱらいの与太話である。


「手羽先は……筋肉じゃあないよな」

「ゼラチン質が多いからな」

「じゃ、手羽元は?」

「……僧帽筋?」

「いや、三角筋じゃねぇか?」


人間にない部分の近くの筋肉なんて、当て嵌まる訳ねぇだろうが。

「ハツは心筋だよな」

「ぼんじりは、大臀筋か」


はははははっ!


こんなことで大笑いできるのは、酔っぱらいの特権だろう。


「はい、ささみ焼きと手羽元、お待ち」

店員が無表情に差し出したその皿を受け取りつつ、手羽元はどっちだと思う? なんて素面の労働者にそういう馬鹿質問をするな。

「僧帽筋だよな?」

「いや、三角筋! なっ!」


その内どんどん、声がでかくなる。

終いにはささみは大胸筋でいいと思うか? なんて絡み出した。

その店員は、クールな表情を崩さず俺達を一瞥して言う。


「鶏肉食ってるのに人に喩えるとか、命をくれた鶏に失礼」


寒風が吹き抜けた。

俺達が五月蠅かったんだろーなぁ……


「……そうだな。鶏、だもんな」

「うん」


すっかり白けてしまって静かになった俺達は、出て来たものをそそくさと平らげて会計に向かった。

レジでお釣りをもらって外へ出ようとした時に……後ろから聞こえた一言。


「さっき言ってたのが食べたかったら坂の下の三丁目に行きな」


ぴしゃん、と扉が閉まり……その声に、俺達は少しの間その場に立ち尽くした。



焼き鳥……だよな?

焼き◯と、じゃ……ないよな?



俺達は『坂の下の三丁目』だけは、行かないようにしようと決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

焼き筋肉 磯風 @nekonana51

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ