第12話『ケール洞窟攻略戦』

「資材の搬入を急ぎなさい」


 ケール洞窟、海辺に隣接した地点。太陽の光が水に反射し、普段は暗い洞窟の一角に場違いな光が差し込む。

 奴隷売買ギルドが壊滅する際、そのまま放棄された帆船に多数の積み荷が搬入される。木箱とそれに詰まれた金品を運ぶのは、みすぼらしい格好をした奴隷。元々魔物にするため確保した奴隷の多くは、肉体労働要員として販売されていたもの。彼らにとって精々が十数キロ程度の荷物を運ぶのは然したる苦でもない。

 指示を下すのは、少女とも女性とも取れる甲高い声。

 モストは帆船の上から奴隷達に指示を飛ばし、彼らの不安でありながら一時の安心を得た表情を眺めていた。

 安全圏で暴れられることを条件に味方へ引き込んだ盗賊役は多い。

 オルレールによる粛清で大前提が崩れた以上、盗賊は信用できない。彼らの多くは洞窟内部や周辺で警備警戒を任せ、前線には魔物を投入している。

 ケール洞窟内部で待機するその数は、八〇〇を越す。


「チッ、逃げたいなら欲張らずにさっさと船を出せよ」

「ダイモンね」


 頭を掻き、欠伸しながら姿を見せたのは客室で就寝していた用心棒。船酔いに慣れるべく、拠点移動が決定した時点で就寝場所を船内へと変更したのだ。


「せっかく集めた資産よ。徒に手放すのは勿体ない。

 如何にテレポートを有しているとはいえ、まさか勇者パーティーが単騎で姿を見せるわけがない。洞窟周辺に軍を展開すれば前兆が現れる。離脱するのはそれからでいいわ」

「それも、そうだな。勇者にも限界はある」


 神に選ばれるといっても、器が人である以上は注がれる奇跡にも限度がある。

 生まれ落ちた瞬間から選ばれた勇者ならば話も変わるのだろうが、そうでなければ魔王軍を相手に単騎で勝利するなど絵空事。


「おそらくテレポートを使用するのは、洞窟周辺に軍を展開して包囲を完了した後。そこで勇者達が先んじて拠点攻撃を開始し、遅れて軍が突入。各個撃破ってのが筋書きのはず」

「それ、海の包囲も完了してんじゃねぇのか」

「あら、私達には信じるに足る人造龍ファントムドラゴンがいるじゃない」

「あー、そういうことね……」


 嘆息を一つ。

 ダイモンは納得したように視線を落とし、爪先で船をつつく。

 木造船に対し、炎は人体以上に特攻。そしてドラゴンの火力があれば、海上でも造作なく灰塵に帰すことだろう。

 喉を鳴らすモストは踵でリズムを取ると、その場で一回転。

 揺らめく黒のワンピースとスーツが優雅に広がり、少女は上機嫌にダンスを舞う。


「フフフ、奴隷もまた私の力。人造龍だってそう。

 単なる暴力だけの勇者など、赤子の手を捻るように組み伏せてみせましょう。腕も手もない魔王様がね」


 時間さえあれば、勇者を狩る手段は幾らでもある。

 どこかの国と正式に手を結び、魔物を軍として組織化させるという手もある。セントラル国と正式に事を交え、戦端を開けば複雑な社会情勢そのものを味方にすることが可能。

 歓喜の表情を浮かべる少女であったが。情勢は目まぐるしく変化する。


「ん?」


 最初に異変へ気づいたのは、目尻を擦るダイモン。

 魔力の収縮現象。それも特定地点へ注がれて空間を歪め、中空に魔法陣を浮かべる類の変化。

 人為的人類脅威ファントムペインに魔法を扱える者などいない。魔物による魔力行使は膂力強化が主、存在そのものが自然の節理を乱す存在が更に節理を乱すなど叶わない。

 ならば、ケール洞窟内部で魔法を行使できる者など一人しかいない。


「おいおい、賢者が勇気と無謀を履き違えるのはどうなんだよ……!」

「知らないようですね、ダイモン。マイナスはマイナスとかけ合わせてプラスになるんですよ」


 場違いな声音が響き、魔法陣の先より姿を見せるは二人の人物。

 賢者のローブを身に纏う貧民街に生まれし勇者パーティーの生き残り、タナト・クリファ。

 そして紅蓮の髪を二つ結びにした偉大なる勇者、オルレール・アヴェン。


「は……はぁ?!」

「ここが、魔王の住処……!」


 驚愕の声を上げるモストに対し、オルレールは自制すべく息を吐き出す。が、即座に努力を放棄した。

 洞窟内に蔓延した、常に身を置くならば気づかない腐敗と魔素。その不快極まる臭気が握る聖剣へ魔力を通させ、復讐の業火に熱を注ぐ。

 しかし、それを振り下ろし無腕の少女を焼き尽くすことは叶わない。


「奴隷!」

「そ、そうよ……お優しい勇者様には魔王ごと奴隷を屠るような残酷な真似はできないわよねッ!」

「チッ。奴隷共ッ、今すぐ付近の盗賊共を呼び寄せろッ」


 燃え盛る刃を合図に、蜘蛛の子を散らすように離散する奴隷達。彼らは手に持つ金品すら放り投げ、一目散に逃走を図った。

 一方でダイモンは目を見開いて周囲ヘ目を配る。が、タナトの姿は伺えない。

 魔素の元となる魔物を優先的に屠りにいったにしては、勇者を単騎で放置した理由が不明。即席パーティー故の連携不足など、希望的観測に過ぎるだろう。

 彼が抱く疑問を氷解させたのは、二度目の魔力収縮。


「テレポートッ。それでは皆さん、手筈通りにお願いします!」

「了解しましたッ。タナト様!」


 次に勇者の側に姿を見せたのは、十数人程度の中隊規模の軍人。甲冑に身を纏い、手に握るは白銀の刃。


「何、やってるの。あの馬鹿は……!」


 瞬時に魔法を行使し、二度目となる離脱を成すタナトへ少女は動揺の声を漏らす。それだけではなく、転移してきた軍人は周囲を警戒しつつ即席の陣地作成を行う。

 奴隷の作業現場という状況が災いしたか。付近には木箱や荷物など即席にしては上等な代物が揃っている。

 そして盗賊や魔物を呼び寄せるには時間がかかった。


「ファ、人造龍ッ。いますぐあの勇者を葬れッ!」


 海中に待機させていた人造龍を除いて。

 海水を巻き上げて洞窟に即席の雨を降らすは、四肢にのみ龍麟と肉体を有した三体の骸龍。虚空を映す眼孔が燃え盛る復讐の業火を捉え、世界を終わらすべく咆哮を上げる。

 口内に灯すは龍にのみ許された息吹。万物を焼き尽くす焔の一片がオルレールへ注がれた。

 世界に仇名す炎熱を前にオルレールは目蓋を閉じ。

 そして開く。


「それは既に七度見ました」


 刃を振り上げ、剣圧と舞い上がる炎熱が邪なる焔を吹き飛ばす。勇者のみならず軍人、更には避難し遅れた奴隷すらも守護するように。

 既に見た、七度も見た。

 そして邪龍擬きを屠る手段もまた、把握している。

 足に魔力を注ぎ、開放。

 跳躍で十数メートルの間合いを詰め、オルレールは刃を一閃。人造龍の首筋を両断し、極限まで凝縮された魔素の集合体を破壊する。

 爆散する魔素を背景に、見上げる魔王と見下ろす勇者の視線が交差した。


「七度……まさか、もう魔物の軍勢は……!」

「いいえ、まだワイバーンやゴブリンは残ってます。だからこそ、今すぐにでも貴女を倒しますッ!」

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