第10話『対勇者用戦略指南』
「まず、勇者は魔王と定義された存在に対する特攻染みた能力、そして勇者自身が求める能力を持つ。後者はアーポロ達の宿で目撃されたらしい炎として、前者が掴めんのが厄介だ」
ケール洞窟奥部。
モストのために構築された私室で、ダイモンは部下に確保させた新聞を左右に振る。
眼前では無腕の少女が膝を立て、背中を丸めて座っていた。彼女が見せられている新聞の一面には、新たな勇者として昨夜顔を合わせたオルレールの名が大々的に宣伝されていた。
宣戦布告を成されたばかりにも関わらず、少女は呆れの感情を込めて頬を膨らます。
理由は単純、勇者誕生の記事に添えられた別の内容である。
「魔王ファントムペインに与した罪として中央軍八五名に執政官八名、宰相まで殺害って……これじゃ勇者ってよりも蛮族じゃない……」
「勇者の行動は教会によって、神の御業として保証される。
仮に国王を殺害しようとも奴の行動は肯定されるさ。そして、おそらくだが奴のお前特攻は多分、そういう類の能力だ」
「は?」
首を傾げるモストに対し、ダイモンは予想を口にする。
勇者は無茶苦茶な殺戮を繰り広げているものの、着実に連絡の取れる軍関係者が減少している。
僅か一週間足らずで成し遂げられた破壊の嵐に無駄な被害は伺えない。精々がベッドやカーペットの染みとクリーニングの手間程度であろうか。
「正体の掴めない相手を断定するのは未来予知の派生……いや、直感の類か」
「直感……つまりはカンって、それ反則じゃない」
「だからこそのお前特攻って話だろ……周到に根を張った相手を屠るには、カンニングでもしながら軍の再編をするのが一番って神の決定なんだろよ」
ダイモンの助言は、今では事実上の追放処分というよりも壊滅したという意味合いが濃い元勇者パーティーとしての言葉でもある。
彼自身、アーポロが窮地に於いて多数の黄金を生成することで形勢を逆転した場面を幾つも目撃している。それは当世の魔王が光を弱点としていたことも関係していた、そして貧民街出身の勇者が金を希求することも。
故にモストにとっても都合はよかったのだが。
「にしても、魔王ファントムペインって……これじゃ、私だけじゃなくて貴方も魔王みたいじゃない」
「俺はあくまで用心棒なんだが。というか、これは組織そのものが魔王って認識だろ……大体、お前が私達って名乗ったのが原因だろ」
「それは、そうだけど……
ま、組織って括りはともかく、貴方も魔王の一部ってのはそんなに悪いものでもないわね。暴力で従えた連中よりもよっぽど信頼できる訳だしね」
年相応の微笑を浮かべる少女だが、途端に色合いを大きく変える。
「要は私達の攻略にはオルレールの存在が不可欠。だったら軍の再編よりも早く国に被害をもたらせばいい。
正義の勇者様には、厄災に苦しむ民を見捨てて最適解を取れはしないものねぇ」
夥しい魔物の軍勢を率いる世界を乱す存在、魔王に相応しい笑みへと。
軍に頼れない勇者では、広大な領土を誇るセントラル国全域を守り切るなど不可能。そして彼らには有事のために用意していた奥の手が存在する。
「ダイモン、今出撃させられる
「現状だと一〇体ってところのはずだ」
用心棒から告げられた戦力に、思案を重ねること五秒。
宙を舞っていた目つきをダイモンへと注ぐ。
「だったらその内七体を軸に、ワイバーンやアークデーモンを加えた空戦部隊を編成。各地方と首都近辺へ進軍させて。更に手元の魔物は手当たり次第に出撃、襲撃地点はそっちで決めていいから」
「随分と全速力で攻め込むな」
「ケール洞窟は放棄するわ」
あまりにも手早い拠点の放棄に、流石のダイモンも難色を示す。
推測通りであらばオルレールの能力は確かに脅威である。が、海を通じて秘密裏に取引を行える好条件の立地がそう簡単に見つかるとは思えない。
リスクの切り方が早計に過ぎるのでは、とスーツの少年は首を傾げる。
しかし黒のワンピースを翻すと、立ち上がったモストは微笑を返した。
「だってタナトは首を切ってないんでしょ。奴が生きてる以上、いつ本拠を攻め込まれるか分かったものじゃないわ。
これじゃベッドの上でしか眠れなくて、寝不足になっちゃうわ」
「それも、そうか」
タナト・クリファ。
賢者である彼が数多有する魔法の内一つに、遠くの地点へ瞬時に移動するテレポートが存在する。テレポートを使用すれば、勇者パーティーによる襲撃を今すぐにでも仕掛けられるのだ。
当人か仲間が一度足を運んだ場所であらば、どこへだろうとも移動可能な魔法はこと襲撃に関して、我々以上の脅威にすらなり得る。
「船は抑えてあるんだから、最低限の人材と魔素を積んで私達は移動。ひとまず他の大陸なり他国でほとぼりが冷めるまで時間を稼ぎましょうって計画よ」
「なるほどな」
セントラル国各地で魔物による被害を撒き散らして勇者の足止めを行い、その隙に首謀者一味は国外逃亡を果たす。
自らの計略に喉を鳴らすモストを見つめ、ダイモンは大きな欠伸を一つ。
いずれにせよ、タナトが無謀な特攻を仕掛けない限りは用心棒である自分の仕事はないだろう。そう確信すると、目蓋に重い感覚がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます