第7話『胡蛾の夢』

 セントラル国北部。

 降雪地帯に位置するクリファ自治区は、魔物の出現報告の数から自治権が認められている代わりに軍が常駐していない。故に彼らが身を守るためには傭兵や自衛団のような独自の戦力を要求される。

 そのための予算も計上されてはいるのだが、実情は異なる。

 貧富の差が著しい自治区には富裕層が住む地域とスラム街が隣合い、両者は全く異なる発展を遂げていた。

 首都アイギスに匹敵する発展を遂げた、赤煉瓦で舗装された街並の富裕街。

 そして街と呼ぶのもおこがましい、富裕街に不要な物を手当たり次第に押しつけたスラム街。

 富裕街側に存在する高級レストラン『サルモーネウス』は、他国から足を運ぶ者も多い程の名所である。

 華やかなドレスやスーツに身を纏い、さながら貴族の祭典を連想させる上品な店内で一つのテーブルが衆目を釘付けにした。


「あ、あぁ……うん」


 一人はテーブルに頬杖をつくダイモン・パンドー。

 ドレスコードに倣い、スーツに身を包む彼は眼前のステーキへフォークを突き刺すと乱暴に口へと運ぶ。

 温暖な南部で生育された牛を材料にしたステーキは、大雑把な味付けばかりを食していた彼の心に新たな嗜好をつけ加える。毎日食べても惜しくはない、そう思える程に。

 彼も周囲の視線には気づいていた。

 テーブルマナーのなってない自覚はある。が、知らないものを見応見真似で行うよりは滑稽ではないと意にも介さない。

 そして何よりも、眼前の犬よりはマシであろう。


「ガッ、ガツッ……ガフ、ガフ……!」


 皿に頭をぶつけ、見目麗しい顔にソースが付着するのも厭わずステーキにかぶりつく獣。皿が揺れ動き、テーブルを何度も叩く様は仕草だけでなく音でも周囲の視線を釘付けにする。

 店内の調和を重んじるサルモーネウスにあって、如何に金を払おうとも他の客に迷惑を被れば追い出されることも決して珍しくない。

 ならば何故、獣へ指摘する店員が皆無なのか。

 理由は至極単純。


「流石はサルモーネウス。セントラル国でも有数の名店……!」


 顔を上げたモスト・バビエンテに両腕が存在しないからである。

 事故や戦争で腕を欠損するという事態が珍しくない時代。軍の慰安として功労者へ料理を振る舞うということも数多くある。そして、その場で欠損した者のテーブルマナーがなってないと追い出すのは国への貢献を否定するに等しい。

 何より、出来ない者へ無理にマナーを押しつけること以上のマナー違反がどこにあろうか。


「……なぁ、やっぱり俺が食わせてやろうか」

「嫌、施しを受ける気はないわ」


 食い気味に拒絶するモスト。

 他者の助けというものを毛嫌いする少女は、敵愾心にも似た鋭利な眼差しをテーブルを共にする少年へと注ぐ。

 彼女の拒絶に対して無理をしてまで手助けをするつもりなど、ダイモンにはない。が、周囲の視線はお前が食わせろと切れ味を研ぎ澄ます。

 ステーキを乱暴に食い千切ると、意識を逸らすために別の話題を切り出した。


「そういえば、アーポロ達の苗字? ってのも、全員クリファだったな」

「孤児にはよくある話よ。苗字がないと不便だから、仕方なく地区の名を冠する。

 というか、そういう話は普通パーティー内で語り合うんじゃないのかしら」

「全く」


 次はダイモンが否定する番であった。


「てっきりアイツらは全員兄弟かと……家族で勇者してる中に突っ込んだからイマイチアレだったのかと思ってたが」

「まさか……いえ、同じグループで固まっている孤児達なら、殆んど血縁にも等しいのかしら?

 尤も、彼らに対して一つだけ言えるのは……ダイモンを見る目はなかったってことね」

「そうか、気にするだけ無駄だったか」


 冷めた口振りは内心を反映したもの。

 別に勇者達との仲に興味はなかった。幸いにも背中から斬られるような事態は起こらなかった以上、それより上である必要はない。


「次いでよ、私も少し語ろうかしら。ちょうど、質のいいワインも揃っている訳ですし」


 などと口にするモストのワイングラスには、血とは色合いを異とする深い赤の液体が並々と注がれていた。グラスの先に飛び出ているのは、おそらくウェイターがサービスしたストロー。端が噛まれているのは、彼女自身の問題であろう。

 子供がジュースに対してそうするように、少女はワインを啜る。

 鳴り渡る音は店内の調和を完膚なきまでに粉砕するが、二人が些事に気を止めよう訳もなし。

 喉を湿らせ、アルコールで上気したモストは不敵な笑みを形勢した。


「元々バビエンテ家は三代に渡って騎士を輩出した家、私はその長女だったわ。当然、当時は両腕もついてたわ」

「ついてた、ね」

「そう、ついてたわ。

 千切れちゃったのは八年前、魔王が送り込んだ魔物の軍勢がアイギスを襲った日。中央軍が痛手を負った日にバビエンテ家も襲撃を受けてね、私以外はみーんなくたばっちゃった」


 あっけらかんと凄惨な過去を語る少女。舌を突き出す仕草はさながら自身が下手人であると告白するようだが、流石に魔素の存在も知らぬ当時六歳の頃から醜悪な一面を有しているとは考え難い。

 そして彼女がわざわざ口にする過去が、その程度で終わる訳がない。


「たかが六歳の小娘が両腕を失って、働く手も口もアリはしない。

 だから私は代わりに頭を磨いた。幸いにも事前にセントラル語は習ってたから、読み書きや会話には不自由なかったわ。その過程でバビエンテって言葉は古語で羽ばたくって意味を持つことも知ったわ」

「……なぁ、その話長いか?」


 モストの会話を遮り、ダイモンはステーキを口へと運ぶ。

 他者の事情など知ったことではない。

 それは勇者であろうとも自分を雇った雇い主であろうとも関係ない。無駄な背負い物で動きを鈍らせる趣味はないのが、彼なりの考えであった。

 とはいえ、口にする気もないのか。頬杖を突いたままの大きな欠伸で興味のなさをアピールする。


「ま、私の半生だもの。これからもっと長くなるわよ」

「……はぁ、そうかよ」


 嘆息し、視線を手前の空になった皿へと注ぐダイモン。

 クリファ自治区が勇者達の故郷と聞いたからか。眼前で行われる語りよりはマシだと珍しく、アーポロ達の動向へ意識は傾いていった。

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