第6話『軍と内通するということ』

「それじゃ、交渉を始めようかしら」


 モスト・バビエンテは呟き、空間の支配者として口端を吊り上げる。

 血と鉄の香りが充満した室内で彼女と対峙するは一人。正確には一人と、四つの死体。


「あ、あぁ……」


 少女と対峙する小太りの男は声に明確な怯えを見せる。

 腕のないモストに怯えている訳ではない。むしろ彼女一人であらば容易く組み伏せ、交渉という名の命令を下すことも叶った。

 問題は、彼女の側に立つもう一人。


「……」


 両の手を朱に染め上げ、些事とばかりに大きな欠伸をする少年。眼鏡をかけ、黒衣のスーツにも返り血を残した彼が、男の声を震えさせた。

 死体の内一つがモストの首筋へナイフを翳した。

 たったそれだけの理由で。

 死体の一つは頭を独楽のように回転させ。死体の一つは頭の中身を潰れたリンゴのように露出させ。死体の二つは男の背後で今も顔を床にめり込ませている。

 給料が危険と釣り合っていない。割に合わないと中央軍を退役し、犯罪ギルドに身をやつした精鋭が赤子の手を捻るかのように。


「貴方達へのメリットは仮に軍から捕縛された時、人造的人類脅威ファントムペインの名とこれを出せば簡単な手続きだけで出所できること。尤も、私の手に続きはないんだけどね」


 言い、白のワンピースから取り出したのは一枚の紙。

 翼と胴体が繋がっていない龍が描かれた、モストが率いる組織の紋章。若干荒い部分が伺えたが、それも手書き。否、口で書いた故の苦慮か。

 悪戯っぽく舌を垂らした少女の眼差しが、男の懐へと突き刺さる。


「代わりに私達が要求するのは……そう、そちらで捕まえた奴隷や確保した資源を少々融通して貰えれば」

「資源……?」

「簡潔に言えば金銀財宝、食料に動物の死骸……ま、魔物の生産や軍の説得に使う全てよ」

「そんな無茶な話が……!」


 通せる訳がない。

 紡がれるはずだった言葉は、モストの背後に立つ男が眼鏡越しに放つ眼光で遮られる。


「魔物に盗賊、勇者に軍。そしてダイモン……こんな雑多なギルドの一つや二つ、私の気紛れで簡単に踏み潰せる。

 それを思えば、貴方に利点がある方法で懐柔を図るのは百利はあると思うけど?」


 交渉という二文字を掲げている。が、モストに相手と対等のつもりはない。

 セントラル国軍、更には世界を支配せんと暴虐の限りを尽くした魔王さえも討伐した現世界最強戦力である勇者パーティー。そして魔王の手足であった多数の魔物すらも動員可能な彼女と、一組織如きが対等など片腹痛い。

 男が交渉しているのは眼前に立つ無腕の少女ではない。

 彼女が率いる軍勢そのもの。


「さぁ、答えを聞こうかしら。私の気は決して長くないわよ」


 薄い唇が歪につり上がる。

 眼前で大粒の汗を流す男の回答など明らかとばかりに。

 そして男が絞り出した言葉は、モストの期待を裏切らないものであった。



「交渉成立ね、フフフ……いい気分」


 ワイバーンの背に乗る上空。

 白髪を風に揺らし、モストは微笑を浮かべる。先のギルドのみならず、既に近隣の数十ある組織の大部分は彼女の支配下に下っていた。

 そして。


「見なさい、ダイモン」

「なんだ」


 雇い主に言われ、視線を眼下の地上へと向けるダイモン。

 彼の視界に跳び込んできた光景は、甲冑に身を包んだ正規軍が洞窟に根城を構える違法ギルドへ突撃する様。

 彼らはモストとの交渉の際、口では唯々諾々と従っておきながら供給を怠った。それも提示した量の八分の一という法外な値切り方で。


「私を謀ろうとした報いよ。偶には軍も人殺しを経験した方がいいでしょう?」


 故に彼らの拠点を中央軍へと通報した。後は迅速な動きを見せる軍の手解きで彼らは壊滅の時を待つばかり。


「別に魔物にやらせても良かったけれど、折角の見せしめなら大きく見せれる手段の方がいいでしょう。犯罪者を狩るには専門家の方がいいでしょうし」

「国を動かせる組織……ま、今後の交渉にはこれを提示できるか」


 今回壊滅したギルドは我らの差し金である。二の舞を演じたくなければ、我らに服従せよ。

 なるほど、確かに交渉のカードとしては最上級のものであろう。

 得心を得たように頷くダイモンは、眼下で行われている光景に粒程度の同情を送った。


「悪いことをしたら天罰が下るって訳だ」

「天罰? 神なんて無責任に生き物を生み落とすだけの種馬と同じよ。考えてもみなさいよ、今ギルドを攻撃しているのは誰の差し金かを」

「……うん、つまり今の神はお前か?」


 否、と告げる少女は背後に立つ少年へ微笑みを向ける。

 他の組織へ注いだ好戦的なものとは異なる、少女らしい微笑を。


「私達、よ。腕のない私の意志を代弁する神の杖はダイモン、貴方が振るうのよ」

「……そりゃ、責任重大だな」


 頭を掻く少年の目は、少女に対してもどこか冷めた色合いを注いでいた。

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