第2話『魔物の製造法』

「な、何をやっているんですかッ。アーポロッ!」

「おいおい、そんな叫ぶなよ。洞窟だから響くだろ、タナト……」


 嘆息するアーポロへ怒り心頭で詰め寄るのはカソックを着用し、一際身なりを整えた少年。タナト・クリファは垢抜けた雰囲気でブロンドの髪を揺らし、元来柔和そうな表情を歪ませて怒気を露わにする。

 彼はアリバイ作りを兼ねて北部の街で発生した魔物狩りへ赴いており、国への報告を終えてからテレポートでケール洞窟へ向かったのだ。

 そして洞窟内部で起きた虐殺に関して、タナトへの説明は全くされていない。


「それがどうしたんですかッ。彼らがいったい何をしたとッ?!」

「別にいいだろ。俺達が魔王を倒していったい何人が救われたと?

 そんな奴らをすこーしだけ減らして、その分で俺達の財布も救って貰おうって話だ。等価交換には丁度いいだろ?」

「そんな勝手な理屈が──!」

「はい、そこ退いて」


 遅れて合流した二人へ呼びかけると、モストは白髪を揺らして死体の前に立つ。

 そして背中を大きく丸めると、口を器用に太腿付近へ取りつけた試験管へと近づけ、大口を開けて噛みつく。


「ッ……?!」


 持ち上げられたガラス製の中身を一目し、タナトは言葉を失った。


「そ、それはもしかしてッ……!」

「ん? えぇ、そうよ。貴方の予想通り」


 如何なる妙技か。モストはガラス管を口に加えたままの姿勢で流暢な言葉を披露する。

 大気中に散布した灰が循環するような、もしくは子供が乱雑に書き殴った取り留めのない線の集合体のような。

 気体と固体の中間に位置する物質は賢者たるタナトの表情を絶望の底へと突き落とし、彼女の提案にもっと強く否定すべきだったと後悔を一層深くする。


「この中に閉じ込められているのは魔素……魔物の原料よ」


 首を振り、無造作に試験管を投げ捨てる。

 軽い音を立てて割れたガラスから漏れ出した物質は空気中に霧散せず、むしろ足元に転がっていた死体の山へと付着する。

 魔素の量が不十分だったのか。

 全ての死体へ行き届くことはなく、付近の数体を蝕むに留まった。


「あら、思ってたよりも少ないのね。それともあくまで魔王が直々に排出したものではなく、魔物が抽出した分だから定着率が劣る……のかしら?」

「魔物から抽出……どういう、ことです。モストッ?」

「魔素の所持厳罰化なんて建前。どこの国もタダで手に入る戦力を求めて日夜研究してるものよ。これも、裏市場で横流しされたものを正規の手順で購入しただけの話。

 賢者なのに無知なのね、貴方」

「そんな……」


 自らの信仰が粉微塵に粉砕された音に、タナトは膝を折って地面に項垂れる。目尻に浮かぶ水滴に同郷として多少の罪悪感を刺激され、アーポロは目を逸らした。

 一方で、モストの視線は真っすぐに魔素が付着した死体へと注がれる。

 期待に満ちた紫の瞳は輝きを帯び、やがて訪れる変化を心待ちにしていた。早鐘を打つ心臓に呼応したのか、頬にも僅かな朱が滲んでいる。

 そして、三人の様子を一歩離れた位置から眺めているダイモンは退屈そうに欠伸を一つ。


「それいつ終わるよ?」

「そう時間はかからないはずよ。ほら」


 彼女が言うと、手前に倒れていた死体に異変が起きる。

 身体を蝕む濃い紫が半ばにまで差し掛かった辺りで急速に加速。全身を染め上げると音も鳴らさず液状化し、こねくり回す粘土よろしく改めて四肢を伸ばす。

 が、その体躯は人に有らず。

 子供程度の身体に大人の二倍はあろう不自然なまでの両腕。胴体とは不釣り合いに大きな頭部には純粋な殺意のみを宿した眼光。細腕に小柄な体躯と凡そ戦闘には不向きな容姿だが、生殖機能さえ不要と切り捨てた異形に人間が持ち得る常識など通用しない。

 激しく流動していた紫が形は定まったと静止し、表面が硬化。そして殻を破るように化物は誕生の産声を上げる。


「バギャァァァッ!!!」

「おめでとう。私達、人造的人類脅威ファントムペイン産魔物が第一号、ゴブリンの誕生よ」

「へぇ、おめっとさん」

「……」


 気色を浮かべるモストへアーポロは軽い調子で賛辞を送り、ダイモンは無言で手を叩く。

 手拍子に合わせるかの如く、二体三体とゴブリンは続く。が、元々の魔素が不足していた故か、誕生したのは十体程度。

 不意を突けば軍に打撃を与えられるだろうが、勇者パーティーを動員する程の脅威とはなり得ない。事実、ゴブリン十体程度ならば、ダイモンは単独で撃破した覚えがある。


「……数が少ねぇ、これじゃ軍が高給取りになるだけじゃねぇのか」

「結論を急がない。

 魔物は生きているだけで魔素を排出して環境を汚染する。一体でも生まれれば、後はそれを元手に魔素を集めて戦力を整えればいいわ。

 元になる手もない私とは違ってね」

「……」


 彼女流の冗談であろうか。

 しかし、大笑するには憚られる内容にダイモンは口を固く閉ざすのみ。

 それを話の続きを促されたと解釈したのか。上機嫌に言葉を弾ませながら、モストは計画を語った。

 踵でリズムを刻み、腕のない身体で自由に舞いながら。


「大体、囚人の中には元盗賊もいるでしょ?

 魔物が育つまではそっちを主力に、魔物が育ってからは二枚看板で危機を煽る予定だもの。そうすれば、軍にとってもより美味しい話になるでしょ?」

「違いねぇ」


 首謀者たるモストの言葉に、アーポロは口角をつり上げて応じる。

 魔物だけでは微細な操作性を不要とする極大火力の魔法で対処されかねない。それは神官や賢者のような専門職で成立し、何なら対魔物用の新兵器開発で事は済む。軍人は前線を支える数さえ揃えればいい。

 故に単なる虐殺ではなく、捕縛によって裏に潜む黒幕を引き摺り出す利点が存在する人間の脅威もまた必要。


「もっと詰めた話ができれば、軍に捕縛されてからも裏取引で出所も容易くなる。皆好きでしょ、安全な犯罪行為なんて」

「魔王を倒せるくらい強けりゃ、なんでもやりたい放題だけどな」

「それは強者の理屈よ、アーポロ」


 違いないと、大口を開ける勇者は未だに酔いが回っているのかと錯覚させる。が、彼の素を知っているダイモンは呆れて視線を落とすに留まった。


「で、だ。今の話だと魔物の活動は当分後だろ。だったら、それまで俺は何をすればいい」

「護衛はいつでも必要だろ、パンドー。別に一人抜けた程度なら、俺らには関係ねぇしな」

「……魔物の動向と勇者パーティーが連動する事態は避けたい。と思ったけど、その様子なら別に今すぐ護衛を頼んでも関係ないみたいね」

「パンドーならいつでもいいぜ。報奨金の関係で揉めたとか、居なくなった言い訳もあるしな」

「…………そう」


 少しは不要な存在だということを隠せ。

 思わずダイモンは内心で突っ込むも、決して口に出すつもりはない。

 代わりに嘆息すると、ややはぐらかされた感もある疑問を再度口にする。


「それじゃ、魔物での活動はいつ始めんだ?」


 護衛が投げかけた疑問に対し、モストは首を傾げて思案を開始。

 魔素は定着さえすれば如何なる物質だろうとも魔物へと変換させる。水ならばスライム、トカゲならワイバーンと、解明されてない部分こそ数あれど頭数を揃えるには充分な研究が進められている。

 彼女個人の目的への余裕を思えば、魔素に余裕が生まれる時期は──


「三か月後、ってところかしら」

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