無腕指示者の人造的人類脅威

幼縁会

第一章『魔王再臨編』

第1話『魔王の生まれた日』

「あッ……が……!」


 男は苦悶に顔を歪め、全身を痙攣させながら指で地面を擦っていた。

 血走った目の先には、数十にも及ぶ骸の山。

 男がいた。女がいた。子供がいた。大人がいた。老人がいた。

 老若男女人種を問わずに集められ、奴隷として売り払われるはずであった人々が口から血泡を噴き出して倒れていた。彼らの足元には割れたガラスの破片と、黄金色の液体。

 皆が一様に目の焦点も合わせず、虚空を目に映している。

 おそらく男は最後の生き残り。

 人一倍大柄な体躯が、奴隷として肉体労働が期待された屈強な肉体が、彼の寿命を数刻ばかり引き伸ばしていた。とはいえ、それは誤差と呼ぶに相応しい程度。

 屍の先に立つ面々──彼らを騙した偽りの光へ一矢報いるには程遠い。


「ご、が……な、んで……!」


 血泡を吐き出して振り絞った言葉は鬱蒼とした洞窟に反響することなく、無意味に大気を震わせるのみ。

 震え、血に濡れた腕を伸ばす。

 遥か遠く、届くはずもない先へ伸ばす。


「なんだ、まだ生きてたのか」


 不意に差し込む影が、ただでさえ光源に乏しい暗所を一層に暗くする。

 正体は彼を見下ろす視線が一つ。

 ダウナーな雰囲気を纏った、偽りの光が一角。

 視線は腰を下すと可能な限り目線を合わせ、ねぶるように男を観察した。

 毒に藻掻く様を見物する悪趣味な視線へ罵倒の一つでも飛ばしてやりたかったが、口を開いても息の零れる音ばかり。意味のある音は発されない。


「アンタらのその素直さ、正直羨ましいよ」


 視線の声音はどこか慈悲を含み、毒を飲まされた直後にも関わらず嫌味なものを感じない。


「人を信じて死ぬアンタらは、きっと人を騙して生きる俺らよりもよっぽど人間らしいんだろうな」


 視線の声音が意味するもの。

 そこへ思考が想像の羽を広げるよりも早く、男の意識は永遠の闇へと閉ざされていった。


「おい何やってんだよ、パンドー。こっちで酒飲もうぜ!」


 奴隷の絶命を確認し、手を差し伸べて目蓋を閉じると背後から男を呼ぶ声が聞こえる。下した腰を上げて踵を返すと、手を振っていた男の一団と合流を果たした。

 甲冑を纏う剣士に上下一体の前掛けを羽織った女僧侶、大柄の槍を構えた漁師に腰から鎖を垂らした魔物使い。そのいずれもが一騎当千、百戦錬磨の怪物揃い。今回は一人欠けている賢者と男を加えた六人こそが人類の悲願、願望を結実させた栄えある一団。

 即ち、世界を脅かす魔王討伐を成し遂げた勇者パーティーである。


「どうしたんだよ、パンドー。奴隷売買ギルドの残党でも見つけたか?」

「……別に、ただの気紛れだ。アーポロ」


 甲冑を纏った勇者──アーポロ・クリファの軽口に男は突き放すように対応すると、手渡されたガラス製のコップを掴む。

 洞窟の奥、海と隣接した水辺から差し込む光に反射する液体は黄金。リンゴの果汁から生成したリンゴ酒だろうが、先程奴隷へ配ったのと同一の液体をよく口にできると訝しげな視線を男は注ぐ。

 無論、奴隷売買ギルドを壊滅させ、警戒が緩んだ所で奴隷を毒殺するために用意したものとは別に管理している。が、それを素直に信じられる程、男の猜疑心は緩くない。


「おいおい、感じわりぃぞパンドー。こっから、俺らの冒険第二部は始まるってのによ!」


 リンゴ酒に酔ったのか、アーポロは顔を赤くして男に針金染みた長身へ肩を回す。

 鬱陶しいと感じた男であったが、強引に引き離すのも気が引ける。故にせめて視線を合わさず、地面へ落とした。

 すると、地面を叩く足音がもう一つ。


「あら、折角取り寄せたリンゴ酒はお気に召さなかったかしら?」


 変声期を間近に控えた、少女と女性の中間に位置する声の持ち主。小柄な体躯に白のワンピースの上からスーツを羽織り、白の髪を獣よろしく無造作に伸ばした少女はしかし、人々の関心を別の場所へ釘付けにする。


「……口に合わねぇ」

「あら、それは残念。せっかく計画成就の第一歩を共に分かち合おうと思っていたのに」


 流石に毒の混入を警戒したとは口にしなかったものの、素っ気ない口調は周囲からの蔑視を招いた。

 一方で少女は気にする様子もなく、大袈裟に肩を竦めると鋭利な紫の眼差しを足元の死体へと注ぐ。

 一度、二度。

 爪先で小突き、反応が返ってこないことを確認する。死体への冒涜と言わざるを得ない行為、魔王を討伐した一団ならばいの一番に非難すべき暴挙だが、彼らはアルコールの回った脳で囃し立てるのみ。


「手も足も出ないとは正にこのこと……ま、手が出せないのは私も同じだけども」


 自虐に喉を鳴らす少女の、両肩から先に本来あるべき続きは存在しない。スーツを羽織り、袖を通さないのも根本的に通すべき腕がないからこそに他ならない。


「にしても、まさか本当にお前が言った通りになるとはなぁ。モスト……だっけ、お前って予言者だったりするのか?」

「フフフ……魔王への対応で国庫の圧迫は相当のものと小耳に挟みましてね。だったら、魔王討伐後にまず削減するのは勇者への報奨金や軍備と相場に決まってるわ。

 そして、次にセントラル国は勇者を軍に組み込むか……もしくは報奨金を打ち切るでしょうね。理由には減少傾向にある魔物の発見報告を使うかしら」

「おぉ、こわ」


 モストの予想は不思議と現実味を以ってアーポロの不安を煽る。

 そも、一年前に彼女が告げた報奨金削減が実現したのだ。如何なる予測方法かはともかくとして、当てずっぽうではなく何らかの根拠があると考えるのが自然。

 だからこそ、勇者パーティーは暴挙に及んだのだ。

 奴隷売買ギルド撲滅を名目に首都から遠く離れた南部にまで赴き、モストが活動する拠点を確保するために。


「それよりも、軍には掛け合ってくれたのかしら?」

「あぁ、勇者である俺が頼めば、囚人の一時釈放も顔パスだぜ」

「それは結構。じゃあ、次は手を組むに当たっての護衛の話なんだけど……」


 紫の眼光は一人一人を、頭の先から爪先まで値踏みする。

 囚人やこれより生産する戦力ではなく最低限の武力、暴力装置に相応しい人材を求めて。


「あー、それだったらよぉ……こっちにおススメの奴がいるんだわ」

「おススメ?」


 怪訝な声音で聞き返すも、反芻の気配はない。

 代わりにあるのは、先程までの祝勝会のものではなく厄介払いにも似た余所余所しい雰囲気。

 彼らの視線の先に立つ男は、針の刺さる感触を覚えつつ右手を上げて一歩踏み出した。


「ダイモン・パンドー……格闘家だ。殴る蹴るなら他の連中に遅れを取るつもりはねぇ」

「格闘家、ねぇ……うーん」


 首を傾げ、モストは思案する。

 唸りを上げる様子にダイモンは、薄々と彼女に厄介払いの文字を脳裏によぎらせたのかと内心で冷や汗を流した。

 推薦された相手が半ば追放同然の存在となれば、彼女も掌を返して協力体制を切り捨てかねない。果たしてアーポロ達にそこまでの思慮が働いているのかは不明だが、少なくとも態度には如実に現れていた。

 やがて首を縦に振ると、鋭利な眼差しがダイモンを捉える。


「いいわね、ダイモン。貴方を私、モスト・バビエンテの用心棒兼暴力装置に任命するわ」

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