第2話 はじまりの町

 女性の元へと歩いていった。金色の長い髪に金色のハープを持つ女性は、綺麗な音色と共に微笑みを浮かべてたたずんでいる。


「キャラクターを作成しますか? それとも現実の姿で作成しますか?」


「えっ? まさかゲームの中だとでもいうの?」


 ゲームの中なら確かに脈がなくても不思議ではない。だがあまりにも綺麗過ぎる世界にゲームとは思えないリアルさがある。生まれ育った町に比べれば天国と呼ぶにふさわしい場所だ。


 もしも、これがゲームの世界だとして、しかも任務だとするのなら、キャラクターを作り込んでしまうと誰だか分からなくなるだろう。ここは現実の姿だなと女性に伝えると、体の周りが光に包まれてまぶたを1回閉じた瞬間に、綺麗な町並みが広がっていた。


 白いレンガの壁に赤い瓦の屋根。遠くには城が見え赤い旗が風でなびいている。ここは城下町かと思いながら歩いていると、ガラスに映る姿を見て立ち止まる。現実かと思ってしまうほどリアルなままの姿がそこにあった。


 背丈161cmで黒髪に茶眼、顔もそのままの16歳の少女。これなら依頼する側は直ぐに分かってくれるだろう。もちろん容姿を知っていればだが……。

 少し歩いてみると坂道が多いのは、丘に作った町だからかもしれない。綺麗な町並みに青い海が見え、こんな世界に住めたならと、何度も夢に描いたのを覚えている。


 そういえばニュースで見たことがある。現実よりもリアルな世界に没頭し、廃人と化した者が病院へ運ばれる。ドラッグよりも依存性が高くゲームの中の世界が現実だと錯覚してしまう病。


 ――フルダイブによる自我喪失障害。


 世界で広まりつつある現代病だ。確かに長時間プレイし続ければ、どちらが本当の世界か分からなくなっても仕方がない。定期的な休憩を必要とするようだ。


 所持金は3、000リベル。持ち物は無し。フルダイブしたはいいがこれから何をすればいい?


 すると右上に赤く光る文字を見付けた。それは『チュートリアルを受けますか?』と書かれている。早速、タップしてみると一瞬で景色が変わり射撃場がある場所に移動したようだ。


 ミリタリーな恰好をしている男性が立っている。

 一風変わったファンタジーだなと思いながらも、男性の元へ近付いた。


「まずは拳銃から練習しましょう」


 目の前に用意された拳銃を持ち――

 20m先の的を狙い撃ち、直ぐに机の上に置いた。その時間は僅か0.6秒。撃った弾丸は的の中心を射抜いている。


 撃ってみた感じはBeretta M9そのものだった。グリップの握り具合、重さ、撃った時の衝撃、全て忠実に再現されている。

 Beretta M9訓練用を腰に隠すと、何食わぬ顔で男性の元へ歩いていく。


「次はスナイパーライフルの練習です」


 手に持たされたのはBarrett M82訓練用だ。何度も使ったことのある狙撃銃だ。

 800m先の的を射抜くという簡単なものだった。天候は晴れ、風は無風、初心者でも当たるだろう。


 スコープを覗きトリガーを引くと、衝撃が肩に当たり放たれた弾丸は的のど真ん中に命中した。そして撃った拍子に飛び出した薬莢やっきょうが床に転がっている。

 立ち上がりスナイパーライフルを背負うと男性の元へ行く。


「次は魔法の練習です」


 と言われ瞬間移動すると草原が広がっていた。

 長い木の杖を持ち、つばの広い帽子を被り、黒いローブをまとった女性が目の前に立っている。


「魔法は、領域の解放、次元の指定、力の源、そして魔法名称です」


 何を言っているのか分からない言葉が並べられた。翻訳ミスかとも思えた言葉は、私を不安の世界へと導いていく。


「魔法領域解放、ディメンションコード161。燃え尽きろ、火球」


 すると目の前に火の玉が飛んでいく。魔法としては簡単な部類だろうが、このリアルな世界で使われると思考が止まった。人は理解を超える出来事を体験すると固まるのだと学んだ。


「では、詠唱してみましょう」


 の声に意識を奪い返し、同じ単語を並べて詠唱してみせる。


「魔法領域解放、ディメンションコード161。燃え尽きろ、火球」


 しかし右手からは何も出ない――

 女性は何も言わずに微笑んでいるだけ……。しばしの沈黙の中でやっと動き出すと思ったら、スナイパーライフルを掴んできた。


 すかさず右手を掴み背後に回り込むと、関節をキメて動けなくした。

 そのまま頭の後ろから拳銃を向ける。


「あんた何者? 誰の差し金?」


「魔法は、領域の解放、次元の指定、力の源、そして魔法名称です」


 ハンマーを起こしトリガーを引く――

 次の瞬間、景色が変わり元居た町に戻ったようだ。結局、魔法の扱い方を教わらなかった。あんな場所にまで敵のエージェントが潜入しているとは思わなかった。

 このゲームは危険過ぎる。何が起こるか予測がつかない。


 さて、終わってしまったものは仕方がない、と町を歩くと海が見えてくる。

 やることもないから海でも見に行くかと、長い坂道を下る。


「ねぇ、ねぇ、俺達と狩りに行かない? 新人でしょ? 色々教えてあげるよ」


 と馬に乗った男共が声をかけてくる。その数3人。武器は剣と盾を持つ者とクロスボウを持つ者も居る。残りの1人は杖だな。


 相手の方から接触してきた。これが任務かもしれない。訳の分からない世界から早く出たい一心だった。


「いいけど、何処へ行くの?」


 と言うと全員が馬から降りて、杖を持つローブの男は左手に本を持ちページをめくっている。

 すると青い空間が現れ、中は渦を巻いている。


「中に入ると移動できるよ」


 と言われ青い物体に手を入れると、後ろから押されて中に入ってしまった。

 すると先程の町とは違い森の中に出た。木漏れ日が差し、小鳥たちがさえずり、とても長閑のどかな場所だった。


 3人は馬を出しまたがると、見下ろし口角が上がった顔は、逆光で影がかかっている。


「ここが何処だか分からないだろう? 町に辿り着けるよう頑張りな」


「無人島だけどな……アハハハハ」


 そして走り出す馬の尻を見つつ、取り出したスナイパーライフルを構えてスコープを覗き込む。上下に揺れるリズムに合わせて頭を狙って射撃すると、銃声によって鳥達が飛び立ち、男は落馬した。


 静まり返る森の中で2発目が鳴り響く、背中から心臓を撃ち抜き落馬すると、胸から血を流し、生が終るまで時間がかかる。精々苦しんで逝け。


 最後の1人は馬を狙い尻をかすめるように撃つと、上体を起こした馬から落馬する。それを見て走り出すと、男は赤い液体を取り出して飲もうとしている――


 とっさに蹴飛ばし木に当たって割れると、濡れた場所に植物の芽が生えてきた。立ち上がろうとする男の額に銃口を向けて「撃つぞ!」脅す。


「撃たれても町に戻るだけだから――」


 次の瞬間、顔を蹴り飛ばし倒れた男の額を踏みつける。

 土に埋もれる顔を見て、脚に1発撃ち込んでみる。どうやら触れた程度の感覚はあるようだ。何発も足を撃ち抜いてみるが効果はない。


「誰の差し金だ?」


「俺達はただのPrank Player Killerだ。略してPPK。迷惑系PKとも呼ばれている」


「無人島って言ったな。元の町に戻せ! さもないと永遠にこのままだぞ」


 丁度いいや。こいつで実験しておこうと、腹を撃ち、心臓を撃ち、肺を撃つと反応が違う。だが痛みで支配する方法は無理そうだ。


 次に男が持つ武器を盗めるかという実験だ。

 脚に装着されているナイフに触っても掴むことができなかった。


 ――殺せば奪えるのか?


 こいつで試してみるかと思った矢先、開く青い空間。

 中に入ってみると、先程の町に戻ったようだ。


 武器が奪えるかは後ででも確認ができる。だが今ははじまりの町に戻る方が先決だ。それは町にエージェントが居て探しているかもしれないからだ。

 並木道を見て拳銃を腰にしまうと、武器屋を探すために歩き出した時だった。


 周りに居る町民から石を投げられる。


「この町から出ていけF**k!」


 ――何故だ?

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