紅眼と鋼-殺し屋がVRMMOに参戦したら-

刹那美吹

第1章 裏切りの処刑台

第1話 新たな任務

 見渡す限り岩と砂だらけだ……。

 太陽は中天を差し、照りつける日差しが容赦なく体を焼き付ける。


 まるで肺がヤスリで擦られたようだ。

 水筒から水を飲み、口の脇から漏れる水滴が、岩場に落ちると染み込んでいく。


 こんな場所に生き物は居ないと思っていた。

 しかし過酷な環境下でも生きている奴らが居る。今まさに空を飛んでいるハゲタカがついばむのは、干からびたネズミの死骸だ。


 幼い頃から弱肉強食の世界で育った。仲間ですら気が置けない存在だった。背後を守ってくれる者などおらず、自分の力で生き残らなければならなかった。


 ――それがここのルールだ。


 今、赤い岩の高台に居る。

 双眼鏡で見渡すと白くて大きな骨が見えるが、人の物ではなさそうだ。この炎天下では直ぐに肉も土に帰り白骨化するのだろう。


 そして生暖かい風が頬を撫でる。

 風が強くならなければ良いが雨よりはマシだ。空を見上げると青い空に白い入道雲が漂っている。


 ――今日はついてる。天気は大丈夫そうね。


 突然聞こえてくるピーキーなエンジン音。マフラーから吐き出される黒い煙。

 ミリタリーカラーのジープがこちらに近付いてくる。


 大きな岩場に身を隠し、スコープを覗き込むとジープに焦点を合わせる。

 運転手込みで人間は4名、AK-47 アサルトライフルを構えジープから降りると、反対側からやってくるSUVの黒い車を見て、銃をチラつかせ威圧している。


 SUVから降りてくるターバンの男と黒服の男4人は、銀色のアタッシュケースを2つ持ち、彼らの元へと歩き出す。


 ――何を取引しているの?


 そんなことは関係のないことだ。依頼通り全員を射殺すればいい。

 所有する銃はMcMillan TAC-50のスナイパーライフル。1、500m先の目標なんて軽々と撃ち抜ける。


 照準はターバンの男に合わせている。ジープの方は後からでもなんとかなるが、SUVは流石にキツイ。

 そして黒いケースと銀色のアタッシュケースが、交換されようとしている今がチャンスだろう。


 目を閉じ弾丸を鼻に当てる。この独特の死の香りが身震いを起こす。


「神の御業において、天罰よ下れ!」


 スコープを覗きトリガーに指を置く。浅い呼吸から息を止めるとトリガーを引く。1発の銃声が鳴り響きターバンの男の頭から血が飛び散った。

 舞う硝煙の匂いが風に乗って流されていく。


 双方とも銃を構えて緊迫したムードが漂う中、黒服の男の脳天を撃ち抜くことで、狙撃手がジープの仲間と思わせる。

 銃を構えて撃ち始める男達。双方が撃ち合ったお陰で最後の1人を始末して任務達成となった。


 無線機から聞こえるノイズ混じりの男性の声。


「任務成功だ。集合地点で待て」



◇◆◇◆



 今、仲介人のイタマールに会っている。いつもの黒い車に乗せられて後部座席で金を貰う。


「良くやった。次は特殊な任務だ。やるか?」


「どんな任務?」


 渡された紙を手に取って見る。メモ帳から切り取られた破けている紙端。そこに書かれていたのはURLだけだった。


 私は試されていると思った。イタマールとの付き合いは長いから、遠回りなことはしないと思っていた。きっと何か理由があるはずなんだ。


 しかし、運転手を見てもイタマールを見ても怪しい動きはない。このURLを見たら任務が指示されるだろうことは予想がつく。だけど口では説明できない任務というのが理解できなかった。動画ならここで観ればいいだろう。


 車を降りると大きな箱を受け取り、振り返らずに歩き出す。

 コートが風でなびき、つむじ風が埃を巻き上げ回転して消える。何もかもが茶色に見える町。ここで拾われて育ったんだ。



 家に帰ると、冷蔵庫からペットボトルを取り出して口にする。

 水が喉を通り火照った体が潤いを取り戻していく。違う意味で過酷な任務だったと呟いて椅子に座る。


 机にペットボトルを置いて、ノートパソコンの電源を入れると駆動音が聞こえて起動する。ファンから唸る音が聞こえるのは、この暑さでノートパソコンも限界だからだろうか?


 早速、URLを打ち込んでみる。

 行き成り流れ出す動画――急いでヘッドフォンを被る。


 車の中では伝えられない任務が、目の前で再生されているのを観て、「何故?」と呟きボリュームを上げた。


 それは、女性が派手な服を着て剣を振り回している。

 黄色い閃光に包まれて、敵である男性の体が残光に埋め尽くされると、光が溶けた時に立っていたのは派手な服の女性だった。


 次に流れた動画は、アサルトライフルを持つ男性だった。

 銃を撃ちまくり敵の体に風穴を開けていく。すると岩場に視点が移動して、スナイパーライフルのスコープを覗く男性が現れた。


 これがゲームであることくらいは分かるのだが、URLを間違えたのではないかと思えてしまう。

 ふと紙切れを掴むと呟いていた。


「レッドアイズオンライン」


 この世界の中で任務があるとするのなら、プレイしてみるまでだ。

 サイトを観るとどうやらVR機器が無いとできないらしい。振り返り渡された箱を見るとVR機器であることが分かった。


 ――どうやら、これをプレイしろということらしいな。


 このゲームは今流行っているVRMMORPGだ。通称REOはオープンワールドでサーバーは1つ。チャンネル分けもしないため、全ての人が同じ世界にフルダイブしてプレイすることになる。


 この世界は剣と魔法の世界だけではないらしい。舞台はスチームパンクの時代でモンスターは居るようだ。だが異世界転移や異世界転生が頻繁に行われたことで、その人達によって文明が進み、剣と魔法の世界に近代兵器がもたらされた混沌とした世界となった。


 人間、獣人、亜人がこの世界には居て、はじまりの街は多種多様な種族であふれかえっている。剣を持つ者、魔法を唱える者、兵器を手に持つ者。自由に選択して冒険をすることができる。


 ――どうしよう。全く意味が分からない。


 ヘッドフォンを置き、戸惑い、熟せるのかと悩んだ。

 特殊な任務なんて、直ぐに終わると思っていたから軽い気持だった。それが訳も分からないゲームの世界に入るとは思いもしなかった。


 そして、ベッドに横になりVR機器を装着する。

 頭、両手、両足に機器を繋ぎ、電源を入れるとダウンロードが開始される。


 画面に映る『レッドアイズオンライン』の文字に触れると、瞬きする間に世界が広がった。寝ていたはずだが立っている感覚がする。そして身体全体で自然を体感することができる世界。


「ここがゲームの中だというの?」


 世界を見回すと、多少眩暈がするので脈を測ると動いてない。直に胸に手を当てるが鼓動が全く聞こえない。


 ――死んだのか?


 罠だったようだ。フルダイブしている最中に襲撃に合ったのかもしれない。またはこのVR機器に爆弾が仕込まれていた可能性もある。


 リアルよりも綺麗な世界は天国のようだ。

 木々が生え、風になびく草花。目の前には草原が広がり、せせらぐ小川には1本の橋が架けられている。


 ふと視線を上げると、橋の先にある丘には白いワンピースを着た女性が座っている。

 まるで天使か女神のようだ。


 ――嗚呼、神よ。あれだけ人を殺めたのに天国へ行けというのか?

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