声は
紫陽花の花びら
第1話
「男子のくせに声出しなさいよ!」
女子からの罵声。決して苛めではない。グループのみんなが心配しているんだ。何をって? 音楽の試験。今回だけはやらないと内申にひびく。音楽の先生もちゃんと歌えば筆記試験と合わせて四は付けると言ってくれたが無理だ。
日常的に声をだそうとすると、胸の当たりが苦しくなる。母曰く、声帯の筋肉が弱いんだと笑うんだ。然し笑い事か? いずれ出るようになるからと言われても、未だにちゃんと出せない。
成績の事を話してるのに真面に取り合わない母に、俺は遂に切れた。思うように出せない事を、物に当たり散らしたのだ。珍しく母は黙って俺の為る事を見ていた。止めないんだ……ただ項垂れているだけ。そして涙声で、
「ごめんね……ごめんね……駄目な母親で」
そう言ってリビングから出て行ったきり。母さん? 返事は無い。家の何処にもいない。携帯はあるが財布が無い。どうしよう……出て行ったの? 嘘……。
「ただいま」
父はリビングの様子から察したのだろう、
「とりあえず説明して。頼むから落ち着いて、はっきりとな」
最初は何回も聞き返されたが、早く母を探したくて必死に説明した。
「判った。兎に角手分けして探そ。お前は母さんの好きな場所。判るな? 俺は駅の方。おい携帯持てよ」
母さん! ごめんね、母さんは悪くないのに。
「母さん、母さん、何処」
口から零れてくる言葉に心臓が痛む。桜のトンネルが見事な場所。
「母さん……母さん、母さん?」
夜桜見物の喧噪の中、俺の声はかき消されていく。人を押しのけ辺りを見回した。あっ!!
「待って! 待って! 母さん!! 止まって! お願い!!」
周りの人達が振り向く。けれど肝心な母さんは……行ってしまう!
「かあぁさん!!」
立ち止まり振り向いた母。
「母さん!!」
笑っている母さんに駆け寄り、
「母さん! 俺の声帯筋肉、結構いけてた?」
「うんいけてる……だって私の子だもん」
声は 紫陽花の花びら @hina311311
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