第3話 忘却

 いつもの有隣堂へ足を運ぶと棚にはずらりとキムワイプが並べられていた。キムワイプも岡崎の大好きな物だ。ブッコローは手土産にと1つキムワイプを買った。


「ザキさーん!キムワイプ買ってきました!」


 岡崎は少し驚いた顔をしつつも嬉しそうに微笑んだ。


「ゆーりんちーの方ですか?」



「え…?」



 岡崎も間仁田も郁さんも有隣堂スタッフもみんなブッコローの事を誰1人覚えていなかった。鳥が喋っている事に不思議そうな顔をするばかりで、ブッコローの事を分かってる人はいなかった。


「なんで、なんで…!」


 メッセージアプリを開くと、奥さんや娘との会話が残ってはいたもののそれ以上はトーク出来ないようになっていた。


「みんなが僕の事を忘れてる…。」


 ブッコローは今の状況が受け入れきれず、近くの公園のベンチに1人座った。


「いつからだ、いつからみんなは僕の事を…」


 ブッコローは力を手にしてからYouTubeの収録、鳥類お断りの張り紙、家族からの連絡が無かったことに今更気づいた。


「競馬に溺れて…みんなの事を自分が忘れてた間に…みんなが僕の事を忘れてしまった…」


(もう、みんなとはずっとこのままなのかな…)


 ブッコローの脳内に溢れ出す記憶。


(もう蓄光文具だって馬鹿にしないから…紙の辞書も地図も使うから…古文だって真面目に勉強するから…だから…)


「もっと、みんなと一緒にいたいよぉ」


 その時、ブッコローのスマホが光った。家族からの不在着信、合コン仲間からの連絡、そして…有隣堂からの業務連絡。


「…思い出してくれたのか!?記憶が戻ったのか!?」


 記憶が戻った確証はないが、ブッコローの目から涙が溢れた。涙も鼻水も全く止まる気配はなかった。ブッコローは慌てて買ったばかりのキムワイプで鼻水を拭った。ブッコローの鼻は末摘花のごとく真っ赤なっていた。


「…痛っ…」


 もうブッコローの頭にはなにも浮かばなかった。


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