Let It Be

クロノヒョウ

第1話



 いつもの通学路。


 私はイヤホンを耳につけ大好きなビートルズのLet It Beを聴きながら一緒に歌っていた。


「わっ」


 突然肩を叩かれ驚いた私は大きな声を出して振り返った。


「よっ、春奈」


「えっ、嘘! ……匠海たくみ?」


 私はイヤホンを外した。


「久しぶりだな」


「本当に久しぶり! 元気……って、それどうしたの?」


 中学生の頃、私が片想いしていた匠海。


 高校が別々になってからだから会うのは一年ぶりくらいだろうか。


 私が一方的に告白をして逃げた卒業式の日から……。


 そんな匠海が松葉杖をついていた。


「やっちゃった」


 爽やかな笑顔でペロッと舌を出した匠海の姿に胸がドキドキする。


「サッカーで?」


「そう」


 匠海は幼い頃からサッカーひとすじだった。


 高校もサッカーの強豪校に入った。


「大丈夫なの?」


「さあ、どうだろうな。膝の骨折だから、ギプスが取れたらリハビリ」


「そっか。大変だね」


「まあね」


 匠海は少し寂しそうな顔をしていた。


 その日から学校帰りに時々こうやって匠海に肩を叩かれるようになった。


 部活に出れない匠海と帰る時間が同じだったようだ。


 せっかく忘れようとしていた恋心がまた溢れだしていた。


 やっぱり匠海のことが好きだ。


「春奈見て、やっとギプス取れた」


「本当だ! おめでとう」


 その日も松葉杖はついていたものの匠海はギプスが取れて嬉しそうにしていた。


 私はお祝いにとジュースを買い、二人で近くの公園のベンチに座った。


「ありがとう、頂きます」


「かんぱーい。でもこれからまたリハビリで大変なんだよね?」


「そう。見てよこれ。筋肉が落ちてこっちだけめちゃくちゃ細くなってんの」


「……本当だ」


 ズボンをめくって見せてくれた匠海の右足は本当に細くなっていた。


「私が匠海の筋肉になる」


「は?」


「あっ」


 思わず口から出たセリフに自分でも驚いていた。


「あはっ、何言ってんの春奈」


「やだ、ごめん」


 恥ずかしさのあまりうつむく私。


「そっか……なってよ。俺の筋肉に」


「えっ?」


「筋肉がないと体って動かないんだよな。春奈がいないと、俺動けないかも」


「ん?」


「俺さ、本当はすごく落ち込んでたんだ。もうサッカー出来ないんじゃないかって。でもいつも春奈が歌ってるだろ? Let It Be」


「ああ、うん」


「あれでなんかふっ切れたんだ。俺の膝もサッカーも、なるようになるかなって」


「匠海……」


「だいたいさ、何なんだよあの卒業式の告白」


「えっ、あ、あれは……」


「いきなり好きって言ったと思ったらいきなり走って逃げちゃってさ。俺の返事も聞かずに」


「だって高校も別々になるし匠海はモテるから彼女だっていただろうし、でも好きって伝えたくて……」


「俺彼女いなかったし」


「そう、なんだ」


「それから春奈にメールも送れないしさ。俺どうしようも出来ないじゃん」


「それは……もう匠海のこと忘れようと思ってスマホもアドレスも全部変えて……」


「まあ、俺もサッカーで忙しかったけどさ」


「……うん」


「で、俺の筋肉になってくれるんでしょ?」


「えっ、あの、それは……」


「ずっと俺のそばにいてよ」


「え……い、いいの?」


 思わず顔をあげると匠海と目が合った。


 匠海の顔が赤くなっている。


「俺も春奈のこと好きなんだけど、あの告白、まだ有効?」


「ゆ、有効だよ、もちろん」


「はは、じゃあ付き合おう、俺たち」


「……はい」


 匠海がそっと私の手を握った。


「ほら、春奈がいつも歌ってるように、なるようになったじゃん」


「うん! じゃあ匠海の足も大丈夫だね」


「春奈がそばにいればな」


「あは……」


 それから私は毎日匠海のリハビリに付き合っている。


 私は匠海を動かす筋肉になれているだろうか。


 私を動かしているのは間違いなく匠海だけど。


 少しずつ走れるようになるまで回復してきた匠海。


 大丈夫、これからも二人でいればきっとなるようになる。


 そう思いながら、今日も私はLet It Beを口ずさむ。



           完





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