除霊に大事なのは筋肉だ

八百十三

除霊に大事なのは筋肉だ

「除霊に大事なのは筋肉だと思うんよ、俺」

「バカなの?」


 霊媒師でもある友人のさかえが、至極真剣な顔をしながら言うのを、普通にどこにでもいるような一般社会人の俺、三田みたはバッサリと切って捨てた。

 ここはある日の昼間、チェーンの喫茶店。別に怪しい勧誘を受けているとかそういうわけではなく、ただ友人同士会って、飲みに行く前の段階で時間があるから喫茶店でコーヒーでも、としながら話しているだけである。

 未だ湯気の立つコーヒーカップを傾けて、息を吐いた俺に栄はひらひらと手を振った。


「いやいや、バカ言ってるわけじゃないんだって、三田ちゃん。ホントなんよ」

「いや、えーちゃんがバカ言うようなキャラじゃないのは知ってるけどさ。筋トレ趣味でムッキムキなのも知ってるしさ」


 彼の言葉に、コーヒーカップを置きながら俺はため息をつく。

 この栄という男、霊媒師と言いつつ本業はジムのインストラクターで、本人も筋トレが趣味という筋金入りの肉体派でムキムキマッチョマンである。なんでそんなやつが霊媒師をやっているんだという話ではあるが、「霊が見える体質でそれに苦しめられてる人がいるのを知ったら、どうにかしたいと思うじゃん」とは本人の談。

 まぁつまるところ、彼は非常にお人好しなのである。

 そんな栄に、ぐいとコーヒーを飲み干してから俺は言った。


「でも、除霊になんで筋肉が必要なんよ。霊相手だろ? 物理効かねえじゃんよ」


 俺の言葉に、栄がにやりと笑う。そして自分のアイスコーヒーを一口飲んでから、彼はもう一度手を振った。


「やー、それがそうでもないんよな」

「はあ?」


 全く何でもないことのように返してくる栄に、俺はぽかんと口を開いた。

 除霊で筋肉が必要だなんて話、聞いたことがない。俺は栄以外の霊媒師のことを知らないので、何とも言えないというのはそうなのだが。

 と、アイスコーヒーをずずっと啜った栄が、鞄に手をかけながら言ってきた。


「例えばさ三田ちゃん、誰かに憑りついている霊がいるとするじゃん、悪いやつ」

「あーな。例えばこう、俺の肩にずーっとまとわりついてるとか?」


 栄の説明に、なるほどと思いつつ俺は頷く。だいたいそういう霊って、肩にへばりついているイメージだ。

 俺の言葉に頷いた栄は、鞄の中から塩の小袋と水晶で出来た数珠を取り出して更に言った。


「そうそう。そーゆーのさ、一番手っ取り早く祓う方法って、殴る・・ことなんよ」

「はあ?」


 栄の言葉に、俺はもう一度ぽかんとする。殴る、と言ったか。今。霊を。


「どうやってよ」

「ん-とな」


 訳が分からないと両腕を広げながら問いかける俺に、栄は少し考え込む表情をしてから、塩の小袋を破いた。


「これをこうやって」


 右手にその小袋の中の塩を出してから、その手の上に水晶の数珠をかける。


「で、こうやって」


 そうしてから右手を握りこみ、拳に数珠を巻き付けると、おもむろに栄が立ち上がった。俺の近くまで寄ってきて、すっと右手を突き出してくる。


「こう」

「うぉっ」


 その一連の行動に、俺は思わず身をよじった。俺の左肩の上、頭の横から20センチくらい離れたところに手を突き出された感じだが、そうしたっていきなりこんな行動は予想外だ。


「ビビった、何すんだよいきなり」

「実演してみせただけだって。当ててはないだろ?」


 文句を言う俺に、栄が小さく笑いながら返す。

 数珠を解き、手の中の塩をおしぼりで拭い、彼はひらひらと手を振りながら話した。


「要はこういうことよ。塩の力と数珠の力を借りて、霊を直接ぶん殴るってこと。この攻撃方法するんなら、筋肉があった方が威力のあるパンチが出せるだろ?」

「あー……まぁ……」


 その言葉に、納得するやらしないやら。何とも言えない感情が支配する中、俺は水のグラスに口を付けた。

 確かに、言わんとすることは分かる。分かるのだが、なんかこう、納得いかない。


「な? だから最終的には筋肉なんよ」

「うぅん、まぁ、うーん……?」


 そして栄がしたり顔で言いながら、アイスコーヒーを飲み干すのもなんだか納得がいかない。うまく言いくるめられたような気がする。

 気がするが、まぁ彼にとってはそれが正義だから、いいんだろう。


「まぁいいや、そろそろ時間いい感じだし、居酒屋行こうぜ」

「おー、行くか行くか」


 椅子を立って鞄に手をかけながら言うと、栄も鞄の中に数珠をしまって立ち上がった。

 先程までの話は置いておくとして、これから楽しい飲み会だ。せっかくなら、酒の力も借りて除霊もしてほしいものである。

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除霊に大事なのは筋肉だ 八百十三 @HarutoK

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