15

 とても大きな長方形のテーブルには、視覚と嗅覚から胃を十二分に刺激するおいしそうな料理が並んでいる。

 中央には、ルーシーの父が先日海で仕留めたという、グルメ評論家でもめったにお目にかかれないという、オキュトパスーンという深海の軟体生物の足があった。ミネラルが豊富な天然の海に生息しており、臭みはほとんどなく、生のままでも美味しいと評判だ。

 全長3メートルはあるという幻の食材は、一見すると気味が悪い。ぬめっとしているように見える肌は弾力があり、中はぷにぷにこりこりとした食感で、ほのかに潮の薫りが漂っていた。


「わぁ、タコだ!」

「きゅきゅ?」

「あ、タコじゃなくて、オキュトパスーンだった。スライム君、これね、見た目は悪いけど、すんごく美味しいのよ。楽しみね」

「きゅ」


 ルーシーの母の攻撃……、もとい、高い高いという遊びを堪能したスライムは、3分ほど目を回していた。

 思い切り振り回されたままではたまらないと、本性のスライムに戻って逃げようとした。だが、その姿を見た彼女に更に気に入られ、逃げる前にさっとわしづかみにされ逃亡計画は失敗に終わる。かくして、ぽんぽん高い天井めがけて投げられるという、災難に見舞われたのである。


 現在、ふるぷわスライムの姿をした彼は、さっぱりわけがわかってなさそうだ。だが、ミーナが嬉しそうにはしゃいでいるのを見て、全身で楽しそうに彼女と一緒にはしゃいでいる。


「ミーナは、時々、異世界の言葉が出るわよね。きっと、小さなころのことを覚えているのね」

「たぶん? お祭りで食べるタコやきは絶品なの。こっちの世界では見たことないなぁ」

「タコやきは、ミーナちゃんが小さいころに教えてくれた食べ物だよね。丸い生地の中に、オキュトパスーンの小さなかけらが入っていて、焼きたては口の中をやけどする凶悪な食べ物だったか」

「アハトさん、凶悪って。ふふふ、確かに、アツアツを口に放り込んだらアブナイけど。ちゃんとフーフーして食べたら大丈夫ですよ」

「きゅーきゅー」


 ミーナが、ふーふーと、何かを冷ますためのジェスチャーをすると、スライムもマネをしようとした。だが、まん丸フォルムの一部がゆれるだけで、唇をすぼませたり頬っぺたを膨らませたりすることはできなかった。

 そもそも、どこからどうやって声を出しているのかすらわからない。ミーナは、スライムのその姿を見て、落ち着いたらいろんな角度で彼を研究したいと思った。小さなかけらから、うまく元の状態に戻せたのだ。できれば、世界中を探してかけらだけでも見つけ、彼の仲間を増やしてあげたい。


「まん丸の生地ねえ。異世界には魔法がなかったんでしょう? どうやって作るのかしら」

「屋台のおじさんは、小さなピックを使って、あつあつの穴がいっぱいある鉄板で、くるくる回して作ってたよ」

「きゅるきゅる」

「ピックっていうのも、短剣じゃないんだよね」

「うん、大きな針みたいな感じだったと思う」

「大きな針で、穴の中をくるくる回す。やっぱり想像できないわ」

「ごめんね、うまく説明できないや。作ったことないし」

「きゅ」


 ミーナにとっては、すでに故郷の世界の事は懐かしむ程度の思い出になっている。それほど、ルーシーたちに大切にされてきており、この世界で幸せを感じているからだ。

 ただ、昔の泣きじゃくる小さなミーナの姿を覚えているルーシーの両親は、何とも言えない表情を浮かべて、食事を続けながら子供たちの楽しそうな会話を見守っているのだった。

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