13
「きゅ」
スライムには、ルーシーの兄の服は大きすぎたようだ。身長も、胸板の厚さも、腕の太さもなにもかもが半分以下で華奢なスライムは、まるで彼シャツを着たかわいい彼女のようだ。
「か、かわいい……」
袖やズボンの裾をいっぱい折り、おずおずこちらを上目遣いで見上げるスライムの姿に、お古を持ってきたルーシーの兄であるアハトの口からそんな言葉が漏れ出た。アハトは、ドラゴン族の青年にふさわしい巨漢の漢だ。番は見つかっておらず、父の仕事を手伝いつつ日々の鍛錬を欠かさない。
一応モテはするが、朴念仁の彼の恋人になってもすぐに飽きられてしまい、すでに何人にもフラれている。番が見つからなければ、もう結婚どころか恋人などいらないと豪語している彼の、ある種の扉が開きそうになったのかもしれないと、ルーシーは兄の背中をドンっと叩いた。
「兄さま、アレはスライムです。私たちの種族でもないんですよ。目を覚ましてください」
「ルーシー、いや、でも、かわいくないか?」
スライムに思考もなにもかもを一瞬でとらわれていたアハトは、ハッと我に返り取り繕うようにそう応えた。
「……かわいいですけど。兄さまは、いつか番と結ばれて父さまの後を継ぐんでしょ。スライム君に見とれてどうするんですか。正気に戻ってください」
「な、ななな、そういう意味でかわいいといったわけではない! 俺にだって、彼が少年だということはわかっている。ぬいぐるみというか、だな、そういう意味合いだ」
「なら、いいんです。でも、否定するのも必死すぎて怪しいわ」
「なんてことを言うんだ。それは彼に対しても失礼だぞ、ルーシー。それに、俺は番が見つからなければミーナちゃんを、あー、嫁にもらいたいと言っているだろ」
「それは、そうだし、私だって昔から大賛成だけど……」
「きゅ!」
スライムが、アハトの聞き捨てならないと、あわててミーナの傍に駆け寄りぎゅっと横から抱き着いた。そのスライムを、ミーナが微笑んで受け止めて頭と背を撫でる。
「ルーシーと義理の家族になれるから、素敵なアハトさんの申し出はありがたいですけど。ドラゴンは番が見つかったら、それまで溺愛していたパートナーすら一瞬で捨てちゃうじゃないですか。私、そんなのいやですからね。それに、私にはスライム君が。ふふふ」
「きゅー」
「え? ミーナ、今なんて?」
「そんなぁ、ミーナちゃん」
後半部分の彼女の言葉に、スライムは喜んでますます抱き着き、ルーシーは悲鳴のような声をあげた。秒で女の子に、またフラれたアハトは、がっくり肩を落としたもののそれほどショックは受けていなさそうだ。
「きゅ、きゅ」
「うーん、今まで異性にはあんまり興味なかったんだけどねー。出会ってすぐだし、変な話なんだけど、なんとなく? スライム君とは離れたくないなーって思っちゃう。なんでだろ」
「きゅ」
ミーナは、瀕死の彼をここまで育て上げた庇護欲だけでない、胸の中に芽生えた小さな何かに戸惑いながらも、彼に対する執着にも似た感情が、厚意以上のものだと感じていた。自分の気持ちに半信半疑ながらも、こうして言葉に出すことで、ますます確信めいたものになっていく。
一方スライムはというと、生まれたてのヒナが初めて見た個体を親と認識するかのように、ミーナを最初から気に入っているのが見て取れる。
ルーシーとアハトは、そんなふたりの姿をまじまじと見つめたのであった。
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