8
部屋の中に吹き荒れていた風が止み、宙に舞った様々な物は床に落ちて微動だにしない。
「ミーナ? ミーナ、どこ? 悲鳴が聞こえたけど、何があったの?」
部屋の中を滅茶苦茶にしたであろう犯人は、ミーナの名を繰り返し呼んでいる。最弱の人間であるミーナの悲鳴を聞いて、慌てて引き返してきたようだ。大事なミーナの危機を悟り、心配のあまり、ついドアを勢いよく開いたらしい。
世界最弱のミーナと会う時には、この世界の獣人たちの底知れぬパワーを抑えるためのアイテムが必要だ。ルーシーはブレスレットタイプのものを手首につけている。だが、そのアイテムでも、装着した相手のパワーを完全に相殺するほどの効力はない。
最強種のひとつであるドラゴンにかかれば、ミーナの家に備え付けられている、ミーナの魔力を感知しなければ開かないセキュリティーばっちりの重量500キロのドアの錠など、溶けかけたアイスのようなもの。普段はミーナを怖がらせないようにそうっとそうっと扱うドアを、少々乱暴だが普通に開けただけなのである。
「ミーナ、そこにいたのね、大丈夫なの?」
「ルーシー……。大丈夫だけど、だいじょばないみたい……」
「ええ、見ればわかるわ! 大変だったのね?」
「うん、大変だったの……。いろいろと……」
もともと部屋の中は、他ならぬミーナの手によって汚部屋だった。それを、スライムがさらにごちゃごちゃにして、とどめとばかりに、ルーシーのおかげで瓦礫の山となっていた。防御システムが張り巡らされているクロス張りの壁には、そこかしこにヒビがや、物の角が当たった事による穴が開いている。
ところが、ルーシーは、ミーナの事しか見ていない。ミーナが大変で大丈夫ではない理由とはかけ離れたものだけを注視している。
「体中にネバネバしたものが張りついているわね。これは一体なんなの? 取り敢えずせいで大変なのはわかったわ。任せて! 今すぐ、こんなネバネバ、私のファイアブレスで……」
ルーシーがそう言い、大きく一息吸うと頬っぺたを膨らませた。そのまま息を吐き出せば、1000℃を超える炎がミーナに降り注ぐだろう。
ミーナは、自身が自身を守るために日夜研究している。周囲の誰もが恐ろしいスキルや魔法を容易に使えるのだ。作り上げた防御アイテムは、バージョンアップしているとはいえ、絶対的な防御を誇るわけではない。
せめて、物理的な攻撃であれば、そこそこ防げるが、ルーシーのような高位種族の魔法に対して無傷ですむアイテムはまだ完成していない。
「わー、わーわー。ルーシー落ち着いて。このネバネバは、違わないっちゃ違わないけど、違うんだって! 逆に私を守ってくれていたの! うちの部屋をこれ以上壊さないで―。ルーシーがファイアブレスを放てば、ここら一帯の自治体に大きなクレーターが出来て壊滅しちゃうからぁ!」
ミーナの心の底からの
「……! そうね。私とした事が、ミーナに傷をつける所だったわ。ごめんなさい。でも、このネバネバ、どうしたら取れるのかしら……」
「あ、それは大丈夫。スライム君、この女の子はルーシーと言って、私のお友達なの。私を守ってくれる人なの。だから、怖くないから、元の姿に戻ってくれる?」
「きゅ……きゅ……?」
ルーシーが怪訝な顔をしてミーナを見ていると、ミーナの体を包んでいたネバネバ事スライムがバスケットボールの大きさのやや歪な球体に変化したのであった。
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