7

 どごぉおおおんっ!


 ミーナが、生首改め、スライムとほのぼのした雰囲気でヨシヨシしあっていると、玄関のドアが吹き飛んだ。衝撃波で、すでに荒れ果てた部屋の中の様々なものが宙を踊り、リズムが滅茶苦茶な耳障りな音を奏でた。

 それらが、髪が乱れて暴風で転ぶのを必死に堪えているミーナに、今にも直撃しそうになっている。


「きゃぁ!」

「きゅいっ!」


 ミーナは、咄嗟に胸にいるスライムを守ろうと体を九の字に曲げた。だが、スライムは彼女の腕からするりと抜け、びよーんと薄く平べったく変形し、ミーナの体を覆う。


「ダメ、隠れて!」


 ミーナは、折角、小さな欠片から養分たっぷりの培養液で育て、やっと外に出て来たスライムが怪我をしては大変だと必死に叫ぶ。

 絶滅危惧種であるスライムの可能性を信じて、分厚い古文書を読み漁り、文字を解読した。現在使われていない数式を解析して転用し、消えてしまいそうだった瀕死のスライムを、素晴らしい粘度を持つようにうまく治療出来たのは奇跡に近い。しかも、ただのスライムではない。顔だけであるが人型を作る事の出来る魔力も持ち自我までありそうだ。


 ミーナは、元気になったスライムを守るために、右耳に取り付けたピアスに触れた。


 今起こっているのは、明らかに侵入者によるものだ。

 スライムはもともと部屋にあったミーナの所有物だ。だから、侵入者と認識されず、捕縛される事がなかったのであろう。

 現在、宙を舞う物質はミーナの私有物ではあるが、こうなっては害を及ぼす存在でしかない。研究途中の非常に惜しむべく資料や材料、開発中のアイテムもその中にはあるが、我が身とスライムの安全が第一だ。アイテムはもう一度作り直せばいい。


 そう考えて、ピアスに仕込んだ防御システムを作動させ危険物を除去しようにも、スライムがピアスすら守るために覆っているこの状態では二進も三進もいかず、焦って手をこまねいているのみであった。


「ねぇ、早く元の姿に戻って。このままじゃ、外にいるあなたが怪我をしちゃう。イイコだから、私の腕の中でおとなしくして」

「きゅいー」


 ミーナの右耳に浸けられたピアスは、危険物を狙ってレーザーを同時かつ正確に撃つ事が可能だ。一瞬で、周辺の物体全てを瞬時に消し炭に出来る。

 だが、そんな事をすれば、ピアス越しに放たれたレーザーがスライムにも照射され、体を構築しているゲルは瞬く間に蒸発し炭化するだろう。


「ああ、もう、どうしたらいいの……。え? あ、危ないっ!」


 その時、大きな本棚が彼女のほうへ倒れてきた。ミーナは、目を閉じて、本棚に押しつぶされて大けがをする覚悟をした。だが、いつまで経っても痛くもなんともない。


「どういう事? 微かな振動すらないなんて……」

「きゅ、きゅいー」


 スライムの粘りつくひんやりソフトタッチなゲルが、本棚を完璧に受け止めたようだ。倒れる時の勢いと、本棚の重さによる衝撃を吸収しつつ、ぼよんと跳ね飛ばしたのであった。

 考えてみれば、あれほど周囲をぐるぐる飛んでいた物質のどれもが、ミーナの体を傷つけていない。数個は当たっていてもおかしくないというのに、どう考えても、スライムはこれまでの危険からミーナを守ってくれていたのかと考えた。


「あ、ありがとう……。世界一硬い物質でもなんでもない、単なるスライムのはずなのに、あなたって、もの凄い防御力を持つのね……」

「きゅいっ」


 ミーナの礼に対して、スライムが誇らしげに返事をした時、破壊されたドアから聞きなれた声が聞こえたのである。




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