5

「よしよし、イイコイイコ。痛かったり辛い所はない?」

「きゅ」


 むぎゅっと胸に抱かれて安心したのか、ネバネバした変幻自在のバスケットボールほどの大きさのそれが返事をした。ネバネバするとはいっても、纏わりつかない程度で、離せば手の平や、くっついている服はさらっとしている。意思疎通は難しそうだが、ミーナの言葉がわかるようで、様々な質問に対して応答する。


「あなたのほんのわずかな欠片を見つけた時は、本当にびっくりしたのよ。古い文献にしか書かれていなかったスライムかどうかって半信半疑だったんだけど……。ねぇ、あなたの仲間はいないの?」

「きゅ」

「そっか……。ひとりぼっちなんだね。私とお揃いだ。あ、勿論、ルーシーたちが側にいてくれているんだけど、ね……」

「きゅ?」


 ミーナは、それ──スライム──の、葛餅のような肌触りを撫でながら、ぽつりとつぶやいたのだった。その、少し寂しそうな微笑みを見て、胸元で甘えっぱなしだったスライムは、体の一部を変形させて手を作り、にゅっと伸ばしてミーナの頭を撫で始めた。

 彼の優しい気持があふれる行動に、心のほんの小さな一部がぽっとあかりが灯ったかのように温かくなり、ミーナは彼をぎゅっと抱きしめる。



 ミーナがこの世界に来たのは、ほんの小さな時。前の世界の事など、ほとんど記憶にない。だからこそ、この世界に順応出来た部分もあったが、転移した当初、両親と突然離されて泣きじゃくっていた。

 彼女は、この世界に生きる獣人たちにとって、非常に庇護欲を誘う。手に入れようとする種族が後を絶たなかった。


 生きているだけで周囲から狙われる、この世界で現存する唯一の人間種。過去に、人間が転移して来たケースは少なからずあった。


 人間は、この世界では最弱の存在。通常であれば、すぐにプチっとやられてしまうほど弱く儚い。だが、人間種は、この世界のどのような種族とも結婚でき、産まれる子は世界最強の王に匹敵するほどの魔力と強靭な肉体を持つとされる。

 この事から、本来であれば歯牙にもかけないほど世界一脆弱な存在であるにも拘らず、ミーナは虎視眈々と狙われ続けているのだ。


 身を守る術のない、当時幼女だった彼女は、運が良かった。この世界に現れた場所が、親友であり最強の護衛でもあるルーシーの家の庭だったからだ。

 ルーシーは、この世界の最強種のひとつであるドラゴンの一族で、彼女の両親はドラゴンを束ねる長的存在。その彼女の両親が、異世界から来たか弱くて幼い人間種であるミーナを保護してくれたから、彼女は無事だったのである。


 ミーナは、周囲の獣人たちに守られながらも、正真正銘天涯孤独、世界でたったひとりぼっちである自分に、寂しさと悲しみを覚えなかったわけではない。だが、悲嘆しても仕方なく、泣けば周囲を困らせてしまうから、普段は考えないようにして、幸せそうに笑って過ごしている。


 そんな彼女にとって、絶滅危惧種であるスライムの存在は、まるで自分の小さな心の隙間を埋めてくれるかのように思えたのである。


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