3
床にある彼を見つめる、ミーナの目はカッと見開き、らんらんと輝いている。そして、震える唇からもれでる吐息は、浅く速くなっていった。
「あ……あ……」
声にならない何らかの音が、小さく速く空気を出し入れする唇から発せられた。言葉にならないそれはやがて止まる。小さな部屋に響くのは、耳をすまさねば聞こえないほどのふたりの息遣いだけ。
完全に冷静さを失った、ミーナの頭も心も真っ白になっている。
すると突然、愛らしい顔立ちをした彼が、左にコテンと首を傾けた。つぶらな瞳は、何かを訴えかけるようにミーナを見上げたまま。なんとも愛らしいその彼の動きに、止まっていたミーナの時間が動き出す。
その姿を脳がはっきりと認識し、一体どういう状況かを理解したミーナは、カラカラに乾いた咽で、あらんかぎりの大声で悲鳴をあげた。
「ひっ、ひぃいい! ぎゃぁあああぁっ!」
それもそうだろう。普段から生活必需品などは散らかし放題ではあるものの、研究に必要な資料などはそこそこ整理整頓された状態で保たれてはずが、それすらぐちゃぐちゃにされていたのだから。
つまり、この部屋に、彼が侵入し滅茶苦茶にしたと考えるのが自然だ。
空き巣を狙った強盗か、あるいは、他の目的があるのか。
目の前にある彼の目的はわからない。だが、どう考えても不審者以外の何者でもない。ミーナは、拾い集めていたびんのかけらを、その顔に向かって投げつけた。
「いやああ! あっちいって! こないでぇ! いやっ! いやっ! い……やああああっ!」
普通の侵入者であるのなら、ミーナがここまで混乱する事はない。
彼女は、世界でたったひとりの、現存する人間種であるため世界の至宝なのだ。それ故、彼女を狙った狼藉者がたまに部屋に入ろうとする事がある。
そういった者たちを捕縛するアイテムを、彼女自身が10才の頃に発明して部屋に設置している。だというのに、そのアイテムのシステムが、エラーを起こしているのか、彼が無事なのはどういう事だ。
「うそ、なんでぇ……、なんで、ロープにぐるぐる巻きにされて、強化段ボール性の牢に入ってないのよー!」
強化段ボールは、一家に一箱あるくらい流通している人が2人ほど入ることができる簡易式牢屋である。侵入者の大きさに合わせて変幻自在に形を変え、一度その中に捕われると、いかなる魔法や物理攻撃すら無力化される一品だ。
しかも、驚くべき衝撃の情景があった。今、ミーナの側にある彼の首から下は、ゴミに埋もれて詳細はわからない。とはいえ、ゴミの盛り上がりから推測される質量的に、体幹が無いようにも見える。
ミーナの目には、まるで首だけの、得体の知れないモノのようにうつり、更に気味の悪さと恐怖心が増した。
恐怖で何をどう考えていいのやら分からず、彼よりも、普通の空き巣や強盗のほうがまだマシだった、と震えるのみであった。
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