一.赤い実、はじけろ 下

 こうして、私は帰路についた。


 トマトボムと、ついでのバレンタインチ㊙コを貰った、否、食らったのは、春休みの講習、その最終日の終わりも終わりのことだった。私は最悪にも、わがクラスの担任である屏風ヶ浦女史に呼び出しをされ、こってり絞られたのである。


 講習での不出来をこうも的確に叱られるというのは、屏風ヶ浦女史がもとより(なぜ未婚なのか、まだなんとかその数で言い訳できる年齢らしく、)若々しい美貌を備えていたとしても、かなりの苦痛だった。

 自分のふがいなさに直面させられるのもそうだ。だがくわえて女史は、私が勉強をできないのはいわば人格上の問題だとみぬいているようだった。


 この捻くれた、勉強のための努力さえ難儀な私の性分を、女史はこう解釈した──ならばこのわたくしが付きっきりでやってやれば、高い成績が取れるはずだ。

 女史いわく、私には能力以外のなにものもない、というのだった。才能のみで生きていかねばならない人種だと、彼女は「アウトサイダー」なる言葉で、私を表現した。


 そうしてこう続けた。ならばとにかく、教育者たる私としては、お前の未来をいま、この大学受験以前の、高校生として卒業できるというところまでは切り開いてやらねばならない。それが問題児の担任となった者の、宿命である──。 

 ──こういうわけがあって、そのために私はにげないようにと教員室にカンヅメで居残りさせられ、講習が終わったいうのに勉強をさせられた。

 ……そんなこんなで教室へと、ヘトヘトになりながら腰をさすりつつ戻ったところ、トマトの剛速球を「オメデトー!」の一気呵成もろともに、顔面へとたたきつけられ、あるいは食らわされたわけである。

  

 そうしてこうしたようにして、いままでのようにして、なんやかんやとあったあと、ああして北岡のやつはさらにおまけじみて、気持ちが逸りすぎてる慌てん坊なホワイトデーの返礼をもねだってきた。

 もうこうなると、そうこうしてはいられず私は教室から一目散に足抜けしているわけだった。いくら美少女でも性格ブスはご勘弁願いたい。私はそれならば外面ブスでも内面のうつくしさを優先させてもらう。

 

 ……そういえば。

 このK学園は中高一貫校だから、私は現に高校二年生という立場に甘んじている二十歳だというのを踏まえれば都合、七年はこの学校に在籍しているということになる。 

 私は自分の教室がある校舎の建物、俗に大校舎やら新校舎と呼ばれるその通りなそれから、学園の校門に向けて少し歩みを緩めつつ、ふとそう考えた。


 その道すがら、(私が教室から退散するやいなや、すぐさまそこでテニスウェアにへと着替えたらしい)北岡が、大校舎の玄関から校庭のほうへと、彼女と同じ軟式テニスのクラブの部員たちのもとに駆け出してゆくのが見えた。

 私はそんな彼女の、その肢体の、しなやかでかつまばゆい健康美にふと見惚れてから、もしかして本命のチョコだったのかな、などとさえ自惚れた。


 すくなくともそれくらいは、おのれの平常心やアタラクシアじみたものを揺るがされ、あるいは慄かされていたのである。

 彼女からのトマトアタックには、それくらいの効果があった。私にとってはとんだSAN値耐久イベントですらある。


 せめてトマトにレモン並みのクエン酸が含まれているというのなら、疲労回復イベになろうというものであるが、残念ながら私はトマトといえばリコピンと他意もなくむすびつけてしまうような、現代のコマーシャルに洗脳されきっている被害者であった。

 だからこのイベントを、たとえば死亡フラグをへし折ったのだとかいうような、そういう良いふうな解釈にへと見出すことが上手くできなかった。

 ただの骨折り損のくたびれ儲けでは? やはり、納得がいまいちピンとこない。


 私はそうして旧校舎のまえの回廊を素通りしてから校門にたどり着き、やはりどうともせず学園から出ていった。

 

 ### ──(中略)

 

 翌日、私は制服姿で東京駅にいた。北岡にプレゼントする以外のほかでもない、そんなブルマをカバンのなかにたずさえていた。

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