でかだんズ!!!

@tanitani000

Overtruth

一.赤い実、はじけろ 上

Overtruth ──発端

 

 心臓まるごと、貪ってるみたいね。……まるで。


 ──そう言い表して見せるのが、ベジタリアンな彼女らしいっちゃらしい。

 だが、この私のいまの、この惨状をそうも言い表してみせるなんて──ふざけてんのか。……と、大人気なく、実際は一介の高校生男子であるとしても、紳士面なんぞかなぐり捨てて食ってかかってやりたくなる。


 しかし彼女はそんなことなどニベもなく、当人にとってはごくごく真剣でさえあるようで、あの衝撃的な一言を皮切りにそのまま話を続ける気のようだった。

 ……いままでの一連の流れ、あまりに唐突な出来事に、私はとにかく落ち着きを取り返そうとルーティンじみた嘆息をし、そのまま噎せかえった。すると顔面からボタボタ、(かつて固形物であった)今や泥状に帰している赤い粘体がおちていった。

 視界不良の私の世界では、それが教室のエナメル質な床面にへとフレッシュなケチャップの色合いをして、つぎつぎに垂れては水滴を形づくるのが、ようやっと分かった。鼻をブーッとかんでみるやいなや、極小ながら幾つもの、そんな黄金色の紡錘をしたトマトの種が噴き出されてきた。


 ──こういうわけで、私は他でもない私自身の顔によるところ、彼女による大玉トマト、レべリオンのスマッシュを、みごと受け止めたという、そんな誇りに満たされる権利を得たわけだった。もちろんこのときまでには、私の尊厳はとっくのとうに地に落ちて、塵埃にまみれている。くだらん。

 私はなにもいわず、とりあえず彼女の言うことを聞くだけ聞こうと思った。あきらめ気味の現実逃避ではないか、そう仰るのであれば、この話をしているのが絶世の美少女であったとだけは、先に断らせてもらいたい。青少年あるいは変態ならば、美少女に甘いのは必然でなくてはならないはずだろう。


 さて、彼女曰く──、

 ──それは外のガワだけは肉厚でありながら、その中身は半熟であるかのようにグチュグチャしていて、生々しい。鉄臭いさびた匂いが、彼女がその口のなかで噛んでふくんで咀嚼するやいなや、ひとかみごとに必ずスプラッシュしてみせるという。だから彼女はトマトはそのまま食べないらしい。かならず、潰して食べるのだ。


 なるほど。

 トマトを潰して食べる派の彼女は、だれかにトマトを(そのツラに)食らわせるときも、まえもって軽くにぎり潰してからにする、そんな確実に顔面をトマトまみれにしてやろうという、そういう気遣いある優しさの持ち主であるらしい──。

 

 私はキレ気味に、トイレに直行した。教室から足早に、荒い足音とともに出ていった。

 洗面所で盛大に赤くなった顔を洗い、学ランが濡れるのもそのままに、ブルブルと顔や手をふって水を弾き飛ばした。


 するとトイレの鏡に、男子トイレの入り口から覗くようにして、やや不安そうな彼女の顔が見える。その格好は、この中高一貫校の制服がリニューアルするまえのそれ──ジャンパースカートの紺にくわえて白地のインナー、首元の紅をしたネクタイの色調がうまく調和した品のいいそれ──を着ている、そんな黒髪の、文句なしな美少女であった。強いていうなら、清貧とでも評すべきその肉体にはもうすこし強欲がつまっていてもいい……。


 私はおもむろに、思わせぶりにトイレのそんな出入り口のほうを振り向く。ジャンパースカートの彼女は、私がそうしたときにはさっきの影さえ残さず、すばしっこく失せてみせた。

 

 そうして教室で、なんともなさげに待ち構えていた然としてみせた。くわえてこんな売り言葉である。

 

「虹口、うまかった? それとも、甘かった? トマトのくせに高かったんだよアレ──誕プレだよ? アンタへの。……はいあとコレ。義理チョコ。これはついでだし……ないしょだからね……?」

 

 そこで私は今日がバレンタインの日なのだと思い当たり、そうして忘れていたこともついでに思い出させられた。この日はまったく──恥ずかしくなるほど、どうともしなければ、なんてこともない。そういう人生を二十年ばかり消費したのだと、分かる日だった。


 つまりは──誕生日である。私の、二十回目の。

 二十年。それが今の私の身分、高校生の三年生という名乗りと矛盾しては苦々しく思わせる。私は、だがそれでも、今日びまで、あくまでも生きてきたのであって、生を消尽あるいは浪費したと言い表すほど、自分勝手ではない。

 自己責任として己の人生を悲観するうえで、ほかでもないこの僕が生涯を二十年ほど、ろくでもない生き抜き方をしてきたのだと言外するため、この人生のあり方を消費と言ってのけるのである。  


「北岡、誕生日なんぞよく祝える気になるな。ハタチなんてホントなら大学生のはずだろ、あるいは社会人、実質おとなだ。それに私にしてみれば実質は浪人二年生になったわけだ。祝う意味をみいだせんね。」

「ちがうよ虹口。あんたイケメンなんだし、祝う意味はアリよりのアリ。ただ単にらあんたのその人格と、品性と、これまでの人生が、そのイケメンをだめにしてるだけよ。まだ何とでもなるって」


 ま、まずはそのひねくれた根性から、叩いて直さないとね。んで、なんなら形からはいってでも、イケメンになってもらわなきゃね。いいジャン、ハタチの酒飲みデカダンDK男子高校生。弊衣破帽なんかすれば太宰っぼくね? ほら、キャラ作りすんだし。……

 ──そうおちょくってくる、彼女である。私もこれには、まんざらでもない。


「あー。あー……、──たやすく、全否定しないで、ほしいな、俺という、一個人を。……。もっと、こう……だね、俺のことを大切に、敬って、丁寧に崇めるぐらいは、してほしい。」


  太宰っぽさというのがどういうのか、いまいちわかっていなかった。とにかく区切り気味に、いじけたようにモ、モ、の、ハ、ナ、……とでもいう感じと言わんばかりのたどたどしさだった。


「──うーっわ、ダメよ。ダメだよ。マダオの幼体って感じしかしないー。もっと、こう、こう、堂々とクズに開き直ってみて?」


 案の定、ダメ出しが来た。では村上春樹っぽくしようか──やれやれ。


「……。──俺はなにもわるきゃないね。世界を正すため、過ちをも許容しているだけさね」

「……まあ、よし、いっかな……。じゃあ言わせてもらうね? ──クズがうっせーなぁ。こいつ黙って死なねえかなァ」


 喜々としてなじってきた。それやりたかっただけ、私を貶したかっただけじゃないのか? ……

 しかし、それでも、こんなふうに言うときも、この女には笑顔がある。まるで今から遊びに行く約束をした友人を見送るような、屈託ない朗らかな笑顔だ。私は、美少女にこうも笑いかけられ、美少女に楽しそうにさせているという現状に男子としての卑近な満足を覚えた。こんどはニヤつきそうになるほほを隠すため、嘆息した。


 この少女、北岡きたおか夕星ゆうつづなる彼女が、なぜこうして私のような、いわゆる凡人のつまらぬ男子を随一の友人、はたまた親友として扱ってくれるのか──。

 これこそが我が級友諸氏の男子女子のみならず、先達から後輩にいたるまでの彼らの間、あるいはK学園たる私たちの学び舎の最中において、もっともにして必然の、可不思議なる許されがたき事柄らしい。 


 それほどの災いはたまた害悪だというのなら、私のほかにも何か、も少しマシな何かがあるはずではないか。もしやそれすらうら若き諸兄には無いというのか、流行りに乗りやすく付和雷同しては流されやすい、今どきのSNS世代な貴兄らには世に立てる竿の一本、カドの一角さえないのか、それではヒトカドの人間にはなれまいて。

 それに、誕生日にトマトを顔に叩きつけてお祝いしてくる女なんぞ、そっちのほうが災いはなただしい。


 ……などと、そんなこと言わしめてやりたくなる。が、そこを弁える私はまったくもって島国根性ジャポニズム粋者いきものである。それに大体、心配なんてする無かれなのだ、学友どもよ。彼女──北岡は私のことなんて、なんとも思っていない。


 ──そういうことだ。

 ……、路端に咲いたスミレ、すなわち雑草を見出しては微笑みかける乙女がいたとして、彼女はそのスミレを心から欲している……なんてはずがない訳と、まったくよく似ている。ふざけんな──である。


 しかし、だからこそ。そういうわけで、こういう態度を取り合う仲であるからこそ、私のことを心底までにはけっして嫌い抜かない彼女のことが、好きだった。つまり私のほうはといえば、そんな彼女との会話を楽しんでいる自分がいることに、少なからず慄き、かつこれを面白がっていたということである。


 チョロい。これだから男子として、異性としてバカにされ腐っているわけだ。ジョークを飛ばすだけのトマトの的扱いも、やむ無しであろう。

 しかし相手は何分、絶世の美女の雛形である。私なんぞ元より相手にもならない。そのはずなのだ。むしろ、好きの反対が無関心だというのだから、貶し貶される、憎まれ口を叩きあう、そんな腐れ縁という私たちの関係はまさに大いなる可能性があるではないか──。それが目下の私の見解であった。

 

「じゃあ、また明日ね」

 

 教室の自分の席にいき、私がカバンを持ってチョコをその中に入れ、そうして帰ろうとしてみせたその後背に、北岡はそう声をかけた。

 

「ああ……」

「ちゃんとおめかししてきてよ?」

「分かっている……」

「それと、誕プレ用意してあげたんだからさ、明日、なんかお返しも期待して、自然よね?」

「……」

「何よその目は」

「……。」

「おいコラ虹口」

 

 そしていつものごとく私は小突かれた。



 

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