筋肉質な身体

木曜日御前

注射を一発


 医者が突き刺した注射器の針は頬に刺さる。コンプレックスの筋肉質な身体、それを少しでも溶かしてくれるお薬。


「やあーいゴリラ!」

「お前男じゃねぇの」

「服可愛いのに、ねぇ」


 今まで自分に向けられた言葉。好きでこんなムキムキになったわけじゃない。人より筋肉が付きやすいだけなのに。でも、世界は華奢な女性を求めている。

 注射は一発二万。でも、その薬は気休めにしかならない。半年後には元通りだ。


「やだ、ごつい身体可愛くない」


 裸のまま鏡に向かって叫んだ言葉。


「何かいい方法は」


 そして、私はネットの海で見つけた。

 隣国へ飛んで、脹脛の筋肉の一つを切った。けど、自分が求める姿にはならなかった。


 でも、新しい溶剤の注射が出たよう。溶かした筋肉は一生戻らない。聞いたことのない成分だが、すぐに筋肉が小さくなるという文句に魅力的に感じた。


 太腿の前にその注射を売った。一発十万円。

 一週間もせずに細くなった注射。私が見たかった筋肉の筋がない、なめらかな脚。歩く時にグラグラするようになったけど。


 太い脚に、注射を一発。

 鹿のような脚は美しい。歩くのが難しくなったけど。


 太い腕に、注射を一発。

 すらりとした腕は美しい。殆どのものが持ち上げられないけど。


 丸い頬に、注射を一発。

 しゅっとした顔は美しい。笑うことは出来ないけど。


 膨れた胸筋に、注射を一発。

 柔らかでなだらかな胸は美しい。呼吸が上手くできないけど。


 大きなお尻に、注射を一発。

 すっきりしたお尻は美しい。もう体を支えることはできないけど。


 布団に転がったまま、横に倒された鏡を見る。筋肉のハリはない昔と真逆の華奢な体。もう起き上がるすらできない、呼吸するのも難しい。


 次はどこに注射を打とうかと悩みながら、辛うじて動かせる指でSNSを開いた。

 どうやら今は鍛えられた身体、昔の私のような身体が美しいらしい。


 次は、心臓か。

 私の目からは一筋の涙が流れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

筋肉質な身体 木曜日御前 @narehatedeath888

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ