第3話

路地裏は日が落ちていないのにも関わらず暗い。けれど、箱の中よりかはものが明瞭に見える。

私は改めて青年と向き合った。

175ほどは有るのだろうか。背が高く、私に影を落としながら見下ろしている。

その暗がりの中での表情は何処と無く陰鬱で、ついさっきに雨に降られてしまったような悲哀を感じさせた。


特筆すべきは、その顔についてである。

どこまでもなまっちろく、肌は面を思わせる色合いをしている。鼻筋が過ぎたるほどに細く、鋭利だ。横から見たらきっと、槍をも思わすような形状をしているのだろう。

そして、表情は暗くとも、瞳は光を受けた湖畔のように明るかった。長いまつ毛が暗がりを作っていたとしても、元々の色素がどうしてもそう見せる。

青緑。

何故か、知りもしない嫌な記憶を思い出しそうになる。


青年の顔は、一言で言い表すのであれば『個性的』であった。美しいと感じる人はこれに酷く酩酊するかもしれないが、関心を持てない人からは「なんか変」と、烙印を押されそうである。


私の場合は、彼の顔を見て言いようの無い感情に襲われた。

寂しさ、ノスタルジック、とも違う。腹の底が優しく掻き混ざる心地。劣情、それも違う。もっと、柔らかで、大切な気持ちのはずだ。


…初対面の青年をじろじろと見てしまった。決まりが悪いので何か一つ言い残してから、もう家に帰ろうかと思った。


「20歳以下は入店禁止のはず。危ないよ。薬物も横行しているんだから。」


青年の腕の横をひとつ叩いた。それじゃ、と言おうとした瞬間

私の目の前に青緑があった。あまりにも接近した彼の睫毛がピントを合わせず、乱反射した光のように視界へと映り込む。


なんだ。迷い込んだんじゃなかったのか。

この子もそのつもりだったんだな。


青年は、私の心を見透かしたのか

「違った?」


と、口を動かす。彼は微笑んでいる。


そして、初めて笑顔を見た時に、揺るぎない男性性を感じた。青年に抱いていた感情がどこからともなく音を立てるように量をましてゆく。

世間体はどうなる。いや、そんなことはどうでもいい。

丁度、当時の目的を思い出し

私は肯定も否定もせず目を瞑る。


彼女とした以来キスはしていなかった。

私の知るキスは、味は甘く、香りは柔らかで、その全てが癒してくれるというものだった。


僅かに甘い。人工的な甘味。それから、メンソールの香り。タール。どれもが無機質でやわらかさの欠けらも無い。

それなのに何故だろうか、酷く落ち着いた。いや、不安と安心がなだらかな曲線を描いて交互にやってくる。

不安定な心を傾けて、中身が溢れるかのように泣きそうになった。

虚無感がその波で埋め尽くされていく心地がした。ずっとこうしていれば、私はたぶん、もう死にたいだなんて思わない。

そうだ、私は

あの日からずっと死にたかったんだ。


涙が一気に溢れてきて、嗚咽が漏れ出た。その間も私は彼の首に腕を回して絶え間なく激しく口付けをする。

人工的な甘みが、塩辛さと混じって倒錯的だと思った。間違っていると思った。未成年の青年とキスをしている。

彼は、私の視界の端に小さな透明な袋に入った粉を映す。口を合わせながらに、人差し指で2回それを弾いた。


私はひたすらに泣きながら、頷いた。


彼は目だけで笑うと顔を一瞬離して、開けた袋を口の上で逆さまにする。そうして、また人差し指で2回弾けば

白くなった舌を出して、私を見る。


「ベタベタになっちゃった、涙で」

粉と水分の交じった白濁液を指先に付けた彼は、私の目元を撫でた。涙は拭われず、更に汚れた。

何かを言うべきなのだろうが、半分残って半分無くなった常識が中途半端に私に話すことを許さない。

けれど、やっぱり中途半端はいやだ。


私は、強引に青年と、舌の腹を合わせた。

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