第2話

そして現在。自暴自棄になった私は出会ったばかりの男に手酷く犯されたく思って、この場所にやってきた。


私の最寄りから3つ離れた駅にある、ミュージッククラブ。繁華街から少し離れて、人通りのない細い路地から入場出来る如何にも怪しげな店。

こんな場所は知らなかったが、インターネットで調べた所辿り着いた。箱選びとしての決め手は売り出し文句が『ヤリモクにオススメ』と宣っていたから。


店前に行けば僅かに音楽が漏れて聞こえている。スプレーでの猥雑な落書きと、タバコの吸殻と、こびり付いたガムと、清掃されきれなかった嘔吐の跡。

何もかもが下品で汚い。クラブに行くことはあっても、こんな低俗な場所に自ら足を運んだのは初めてであった。

「いい場所」

思ってもいない言葉が口から漏れる。いや、ある意味では正しかったかもしれない。

その扉に手をかけて引いた時、胸に抱いているのは漠然とした虚無感のみであった。


一瞬にして音楽が私を包囲する。後ろ手で思い扉を閉めれば、かろうじて差し込んでいた鈍い光は消え失せ、不健康な紫だか黄色だかのライトのみがこの部屋を照らしあげるようになった。

重低音によって床が揺れる。頭も揺れる。インモラルを感じさせるような匂いが燻ってあちこちから漂うのと、きついムスクの香水が何種類も混ざりあっているのが、私の食欲をすっかりと無くした。

ドリンクを買うために、端にある売店に向かいながら箱内を見渡す。

10数人ほど人がいる。

殆どが、紫に照らされる頬はそのままに私を横目に見ていた。

居るのは、男ばかり。

私は直ぐに店員に向き直ってしまった。

全ての視線が動物の本能的なものを隠す気もなく滲ませていて、怖い。

気持ち悪いと言うよりかは怖かった。

この場所においては私は被食者に過ぎないということを実感し、それを目的に訪れたのにも関わらず後悔し始めた自分に心の底から腹が立つ。

けど、直ぐに帰るのも気が引ける。中途半端なところがまた疎ましい。

急に肩を縮こまらせて、できる限り目立たない場所にポジションを取ろうかと思った。1時間ほどしたら帰る。

そう腹を決めた瞬間、こちらに1人の男が向かってくるのが見えた。

髪を短く切って、長袖をまくった屈強な腕に所狭しとタトゥーを掘っている。見るからに軽薄そうで、私が親しい友人であるかのように薄く笑っている。

こちらに手を挙げた。

私を見ている。


直ぐに視線を逸らして、あの男から逃げる方法を探した。断れたとしても、こんな場所だ。逆恨みで後に酷い仕打ちを受けてもおかしくはない。たぶん、話したら終わりだ。話したら終わりだ。背の高い男性は怖い。話したら終わりだ。


視線を逸らした暗がりの壁に、もう1人男がいるのに気がついた。その男は、寝ているのか、具合が悪いのかしゃがみ込んで動かない。何より、ここの誰よりも線が細いように見えた。

あの男を壁にしよう。気遣うふりをして、外に一緒に出ればいい。

思いついて直ぐに踵を返した。こちらに向かう男は、私の軌道を見て1度足を止める。


「あの、具合悪いんですか」

「一緒に外出ません?」

色素の薄い柔らかそうな茶髪を乱雑に混じらせた男は、項垂れるように顔を下に向けている。

それにしても、線が細い。下に向かって伸びる首なんかは項から頚椎がありありと浮かんでいる。恐らく背中まで続いているのだろう。

ここの男性たちとはあきらかに造りが違う。私の中にひとつの予想が浮かび上がった。


「ほんとうに、大丈夫ですか」

私は彼の肩に手を置いた。

すると、男は初めて顔を上げる。ゆっくりと、私の方を見る。

予想が確信に変わった。



「未成年でしょ。なんでこんな所にいるの?」


そう言われて、青年はゆっくりと瞬きをする。長い睫毛に縁取られる青と緑の混ざる瞳が、なんとなく、私の腹の底をかき混ぜるような心地にさせた。


出ないと。そう言って私はその青年の腕を引いて店を出た。

この店から出たいという目標が達成された上に、正義感が満たされて、独りよがりにもその時の私は大変に爽快な気分であった。

青年は引かれている間にも物を言うことはなく、無抵抗に引っ張られている。どこまでも、私にとって都合がいい。そこもまた私の気分を良くした。

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