第99話 アイドルだった私、バーナム舞台に立つ!

 ──出来得る限りのことは、したと思う。

 目の前で荒い息をしながら床に転がるバーナムを見下ろす。


「うん、いいと思う」

 私も肩で息をしながら、そう言って手を伸ばす。バーナムが私の手を取ると、思い切り引っ張って、起こした。


「やっとっ、やっとリーシャからっ、オッケーが出たかっ」

 満足そうな、ホッとしたような顔で、第二皇子は涙ぐむ。

「うん、すごくよかったと思う。バーナム様、頑張ったもんな」

 ずっとバーナムの稽古に付き合っていたルナウが深く頷いた。


 再び王都に向かった私は、バーナムを舞台に立たせるべく練習に付き合っていた。もっとどうしようもなく手を焼くのではないかと心配してたんだけど、私が到着するまでの約十日間、ルナウがみっちり基礎を叩きこんでいてくれたようで助かったのよね!


「あとは予定通り、いきましょ!」

 準備は、出来た。


 レイラ様の婚約祝賀パーティーは、国を挙げての祭りのように行われる。とはいえ、正式な式典は関係者のみ。両国のお偉いさんや来賓などが集い、王宮の大広間で厳かに進められる。

 それとは別に、外の広場が解放され、そこでは市民たちの祝いの催事が繰り広げられる。出店が並ぶだけではなく、王都芸術楽団の演奏や王室騎士団のパレードや剣舞披露など、様々な余興が準備されるのだ。


 そして、これはバーナムの計らいでもあるのだけど……なんと、マーメイドテイルも出演決定したの!


 王都で!

 王室の祝い事の場に!

 まさかの、出演!

 野外だし、一曲だけだけども!


 これにはメンバーだけじゃなく、家族一族含めみんなひっくり返ったわ! 王室から招待状が届くのよっ? 凄すぎる!


 ってなわけで、マーメイドテイルのメンバーと、更にその家族がみんな王都に、いる。リベンジコンサートがまさか王宮の庭だなんて思わなかったけど、最高に興奮してる!

 それに、私は特別に王宮内でのにも立席できることになっていた。来賓じゃないから、端の方で見守るだけなんだけどね。それでも、まさか王宮のちゃんとした式典に参加できるって!

 ……アッシュの緊張、半端ないだろうな。ふふ。


*****


「……吐きそうです」

 アッシュが青白い顔で私に凭れ掛かってくる。

「んふっ」

 思わず笑いがこみ上げる、私。


 ここは控室として用意された応接室。式典で何か披露する来賓用に開放されてる。着替え終わったバーナムが、合流した。


「……吐きそうだ」

 同じこと言ってるし!

「いやねぇ、二人とも。あれだけ練習したんだから大丈夫よ。自信持って!」

「そうだよ。問題ないって!」

 既に待機していたルナウが続く。


 実はルナウも参加する。これ、私が考えたアイデアなんだけどね。多分、盛り上がる……はず!


「失礼します! バーナム第二皇子様、そろそろお時間です」

 名を呼ばれ、バーナムとルナウが席を立つ。

「よし、では行きましょうバーナム様!」

 ルナウが手を差し出す。舞台を踏んだことがある分、ルナウの方が落ち着いている。バーナムはパン、と両手で頬を叩き、ルナウの手を取った。

「よし、行こう」


「じゃ、私たちも行きましょうか」

 スタンバイすべく、アッシュに声を掛けると、私の腕を取り素早く口付けを交わすアッシュ。

「なっ、」

「これで頑張れます」

 ニヤリと笑い、部屋を颯爽と出ていく。くぅぅ、やり方が手馴れてきてるっ。

 私は赤い顔で、後を追う。


 会場では遠方から来た楽隊が、異国の音楽を奏でていた。クライマックスを迎えると、会場から大きな拍手が飛ぶ。


 大広間中央に高砂たかさご席のような場所が設けられ、レイラ様とそのお相手、国王陛下とお妃、更に隣国の国王とお妃が並ぶ。そことは別に来賓席があり、兄弟や親類、高官たちがずらりと並んでいる。

 私は舞台袖にほど近い丸テーブルでそっと見守っていた。


 ジャラーン! とシンバルに似た打楽器が大きな音を立て、それを合図にルナウとバーナムが中央へ出た。国王陛下とお妃様はじめ、彼を知る者たちが驚き、ざわついた。王族である者がこのような場で芸を披露することなど、有り得ないのだろう。


 音楽が流れる。演奏は勿論、王宮音楽隊の皆さんだ。クラッシックなダンス音楽に乗せ二人が披露したのは、王家に伝わる伝統的なダンス、ロギッサだ。ルナウとバーナム、二人で踊る。伝統的なダンスであるロギッサを入れることで、このあと見せる未知のダンスとの対象になるはず。

 二人はこれでもかというほど体を動かしてきたせいか、ロギッサにもキレがある。その洗練された美しい動きに、会場から「ほぅ、」と溜息が漏れた。


 と、その音楽に乗せアッシュが舞台袖からヴァーラを弾きながら登場する。何が起きているのかわからない観客。そのうち、アッシュのヴァーラがスピードを上げ、音が強くなり、それと共に楽隊の音がフェイドアウトしていく。


 のびやかに響く弦の音色がどんどん、どんどん、早くなる。それに合わせて二人のダンスは、ロギッサではないものへと、少しずつ形を変える。

 そう。シートルのダンスへ!


 ルナウがアクロバティックな動きで会場を沸かせれば、バーナムは高速ステップを踏んで度肝を抜く。

 そしてリズムを刻んでいただけのアッシュが、ゆっくり伴奏へと移行する。

 曲はこの場にピッタリの、『未来へ』だ!


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


まるで陽の光のように温かい その瞳の色

明日へ向かうゆるぎない一歩 踏み出した時

繋いだ手 伝わる体温

気持ちまで 伝えて快音


歌え!

どこまでも響くこの声 大切な人と未来へ

歌え!

下を向き歩いてたあの頃 二度と戻らないよう


こんな気持ちになるなんて

俯いていたら気付かないまま

暗闇の中で過ごしていた

光の扉 今 開け放ち


踊れ!

僅かでもこの気持ちを乗せて 思いを届ける

踊れ!

体全部で表現するんだ この歌声と共に


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


 まさか歌うと思わなかったであろう会場からは、キャー、とも、わー、とも言えない不思議な悲鳴がそこかしこから聞こえてくる。二人の息の合ったダンスに、皆が魅了されているのがわかる。レイラ様を見ると、口元に手を当て目の前で踊り歌う弟を凝視していた。そしてお相手もまた、口をあんぐりと開け、見たこともない音楽と踊りに魅入っていた。


 曲が終わると、バーナムが一歩前に出る。


「本日は、私の姉上でもあります、レイラ・キディ第一皇女の婚約披露の場にお集まりいただき、ありがとうございます。私は第二皇子に当たります、バーナム・キディ、そして彼は私の友人でもある、ルナウ・キディです」

 恭しく頭を下げる。


「どうしても姉上の婚約祝いをしたいと思い立ち、この日のために練習してまいりました。姉上のために、歌います。曲は、『愛のうた』です」


 アッシュの弦の音がゆっくりと始まる。愛のうたはバラードのようにゆっくりなリズムから、アップテンポへと変わる曲だ。それをアッシュの編曲で、完全バラードに変えている。そして、歌詞も……。


 これは弟であるバーナムから姉であるレイラへの、愛のうた──。


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


気が付けば君は僕の傍にいて

いつどんなだって僕に優しかった

君のいない日々がやって来るのかと

その姿見つめては溜息をつく


優しい人だから

いつも幸せでいて欲しくて

寂しくなるけれど

いつまでも変わらずに家族だよ


愛なんて簡単な言葉で済ますには

あまりにも浅はかで物足りないよ

愛なんて曖昧な形のないものに

この想い委ねるのはなにかが違う


なんと言えばいいのか

伝える術がわからないんだ

どうしてもわかってほしい

今までの感謝をここに


愛なんて簡単な言葉で済ますには

あまりにも浅はかで物足りないよ

愛なんて曖昧な形のないものに

この想い委ねるのはなにかが違う


それでも伝えたくて、届けたくて

この心、歌に乗せ君に送るよ

これは不器用な僕からの愛のうた

君を思って止まない僕からの愛のうた──


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


 レイラ様はじめ、関係者全員号泣だった。

 勿論、も泣いた!


 バーナムの思いは、ちゃんと、届けられたのだ。

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