第98話 アイドルだった私、あれもこれも

 家に戻り、私とアイリーンは父であるマドラ・エイデル伯爵と、その妻シャルナに王都でのことをあれこれ報告した。


 マドラは、どうやら私たちが王都に向かう前に、キディ公爵に手紙を出していたみたいなの。娘二人のうち、どちらかをルナウの相手にどうか、っていう。あの時、キディ公爵が私とアイリーンを値踏みするみたいにじろじろ見てた理由がやっとわかったわ。

 そんなわけで、ルナウがルルとの婚約を決めた、って話を聞いてガッカリしてる。それに、アイリーンはランスと婚約するって話もちゃんとしておいた。心底嫌そうな顔してたな。まぁ、そりゃそうか。


 そもそも、私とアルフレッドが婚約関係だったのを、婚約破棄。

 アイリーンがアルフレッドと婚約するも、婚約披露パーティーで婚約破棄。

 それが今度は兄のランスと婚約するって言い出すわけだものね。

 エイデル家だけでなく、ダリル家でもうんざりした顔してるんだろうな、ご両親。想像したら、ちょっぴり可笑しい。


 あ、それから半月後にはまた王都に行くってことも話したんだけど、さすがに第二皇子と仲良くなった話したら、マドラもシャルナも腰抜かしてた。そうなるわよね。


 ひと段落し、中庭でお茶などたしなみながら、私はシャルナと向かい合った。例の、リベルターナ王都進出の話をするためである。


「では、あの下着を王都で?」

 シャルナが目を丸くする。

「ええ、ミズーリ様はそう考えているようなのです。お義母様には事後報告で申し訳ないのですが」

 てか、私だって事後報告だったけどね!

「……王都で」

 シャルナがカップを片手に、呆けたように庭を見た。


「私は、」

 シャルナが静かに、語り始める。


「私はエイデル家に嫁ぐと同時に、絵を捨てました。それが当然の選択であり、自分を納得させるしかなかった。アイリーンを生み、伯爵夫人という地位もあり、何不自由のない生活のはずだった……」

 私はシャルナの言葉を、ただじっと聞いていた。


「夢なんてものは、若いうちにだけ見るものだと思っていたの。大人になったらそんなものを追いかけてはいけない。邪魔になるだけだと」

「お義母様……」

「でも、違うのね。あなたに下着の開発に関わってくれと言われ、友人たちと意見を交わしながら新しいものを作り出す中で、私は絵を取り戻した。こんな年になってもまだ、夢を追うことができると知ったの。……あなたのおかげよ、リーシャ」

 シャルナが私の手をそっと握った。


「そんな……私はただ、お義母様の持っていた才能を少しだけ分けていただいただけというか、」

 悪く言えば利用させてもらったというか……。


「リーシャ、私はあなたに感謝しているの。アイリーンのことだってそう。あの子の才能を、あなたは最大限引き出してくれた。舞台に立つあの子を見た時、私、あまりの素晴らしさに震えたもの」

 ああ、まぁ、確かにあれはすごいと思う。私も震えたもん。

「本当に、ありがとう。王都にまで連れて行ってもらえるのね。友人たちも大騒ぎすると思うわ。……私は、すごい娘を持ったのね」


 ……娘!


 私は肩を揺らすと、シャルナの手をぎゅっと握り返す。

「私こそ、自慢の母を持っているんだわ」

 目頭が熱くなる。一瞬だけ、もう会えない自分の母に思いを馳せた。だけど、私の母は目の前にも、いる。


 シャルナはこの日、私の母になったのだ。


*****


 それからは怒涛の毎日だった。


 ミズーリと共にリベルターナに出向き、タリアに報告。そりゃもう、飛び上がって喜んでた。王都に店を出せるってこともそうだし、王都で有名なロミ・ドントと合同でファッションショーが出来るってことに大興奮してた。


「ああ、リーシャ様、ミズーリ様、本当になんとお礼を言ったらいいのか!」

「いえ、お礼は別にいいのですが、お義母様とご友人たちも大興奮でこちらに伺うと思いますので、よろしくお願いします」

 タリアにはマダム軍団のまとめ役として、これからも頑張ってほしい。


 更に私とミズーリはそのままルルの家に書簡を届け、両親を説得。……まぁ、説得も何もないわよね。キディ家の人間に娘が見初められたってんだから、万歳以外のなにものでもない感じになってた。ってことで、あとはミズーリとの養子縁組の手続きを済ませてルナウの元に向かうだけ。


「これでやっとルナウ様の元へ行けるのですね!」

 ルル、綺麗になったなぁ。なんてボーっと見てたら、ルルがガシッと私の手を掴んだ。

「えっ? なにっ?」

「リーシャ様、イリスのこと、よろしくお願いします!」

 ああ、そうだ。ルルはしばらくの間マーメイドテイルを抜けてしまうんだ。王都での公演には復帰してもらうつもりだけど、一緒に頑張ってたイリスだけが、こっちに残されてしまうことになる。

「うん、大丈夫。ちゃんとみんなで支えるから!」

 安心させようとそう口にしたのだが、


「私がお願いしているのはケイン様とのことです!」

 と返され……。

「えええええ!? イリスと、ケインがっ?」

 ぜんっぜん知らなかったんだけど!


「振られたもの同士、最初は慰め合っていたようですが、王都公演でその距離がグッと近くなったんですって。私も帰りの馬車の中で初めて知ったんですよ?」

 ふふ、と楽しそうに笑うルル。

 ああ、そっか、ケインはアイリーンに振られ、イリスはアッシュを諦めた……そんな二人が。そっかそっかぁ。

「わかった。そっちも任せて! ちゃんと見守っておくから!」

 私はドンと胸を叩き、頷く。


 アイリーンとランスは、身内だけ集めて婚約式をすることになった。婚約披露パーティーにいい思い出のない双方の両親は苦い顔だけどね。本来なら、伯爵家ともなれば盛大に人を集めてお披露目するのが普通なのに、エイデル家は婚約披露パーティー、一度やっちゃったもん。今更……ねぇ?

 

 あの日のことを思い出すと今でも笑いがこみ上げる。アイリーンの策略と、私の無鉄砲さと、あんぐり口を開けてる参加者たち。それから、が社交界デビューを果たした瞬間でもあったんだ。


 二人の婚約式は私が王都から戻り次第。

 ひと月後ってことね。

 二人の晴れの日。本当はこう、ドカンとやってあげたいんだけどなぁ。

 何か、出来ることがあればいいのに、と考えを巡らせる。


 考えなきゃいけないことだらけなのは、いつものことね!

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