第97話 アイドルだった私、王都を後にする

 その日の夜、予定通りバーナムの屋敷で打ち上げが催された。こんなに大勢でどんちゃん騒ぎ位して大丈夫なのですか?って聞いたら、国王とお妃さまは外遊でしばらく王宮を空けてるんだって。第一皇子であるバーナムの兄も同行してるんだとか。なるほど、それなら問題ないわけね。


「今日の騒ぎも、陛下がいなくてよかった」

 あとになってバーナムがそう本音を漏らしていた。そりゃそうよね。王宮で暴動まがいの……しかも理由が女絡みだなんて大事件だもの!


 王都での自由行動を終えたメンバーたちが続々と王宮に集まる。皆、今日の出来事を楽しそうに話し合っていた。


「じゃーん!」

 ニコニコしながら一枚の絵を見せてきたのはルナウだ。紙の上に描かれているのはルナウとルルの、似顔絵である。

「町を歩いていたら絵を描いている御仁がいてな。お願いしたら描いてくれたんだ!」

「もぅ、ルナウ様ったらずけずけとお願いするんですもの、ビックリしましたわっ」

 ルルがぷぅ、と頬を膨らませた。

「だって、せっかく二人で出掛けたんだ。記念になるものが欲しいじゃないかっ。これは額に入れて部屋に飾る」

 そう言って絵を眺めれば、

「ダメですぅ。この絵は私がもらうのですからっ」

 と小競り合いが始まった。


 はいはい、勝手にやっててくださーい。

 私は苦笑いでその場を離れる。


 部屋の片隅ではアイリーンとランスが仲良くソファに座って手を握り合っている。随分オープンになったなぁ。アイリーン、幸せそうだわ。


「リーシャ」

 声を掛けられ振り返ると、バーナムが立っていた。

「ああ、バーナム様、今日はこのような豪華な会を、」

「ああ、もう、堅苦しいのはいいって! それより」

 私の服をちょいちょい引っ張り、外に出ろと誘導する。言われるがまま部屋を出ると、

「アッシュ?」

「ああ、リーシャ様」

 呼ばれたのは私だけじゃない、と。ってことは、


「今後の予定だが」

 ……ああ、やっぱりやる気なんだ。懲りなかったのね、私のしごきを受けても。


「姉上の婚約披露パーティーは来月だ。それまでに俺を仕上げてほしい。それと、アッシュにはヴァーラ奏者として俺と一緒に出てほしい」

「ええっ?」

 アッシュが声を上げた。

「そ、それはちょっと。王都にはちゃんとした音楽隊がいらっしゃる筈ですよ? 私ごときがそんな公式の場で、バーナム様と一緒にだなんて滅相もないことですっ」

 大慌てだ。


「まぁ、気にするな。……とはいえキディ家の者が子爵の音楽家を採用するのは多少問題もあるんでな。お前にはとりあえず侯爵の称号を与えるからさ」

「は?」

「ええっ?」

 与えるからさ、って、爵位ってそんな簡単にはいどうぞってできるの?

「王都の外れに俺が持ってる土地があるんだ。そこをお前の領地にすることで、侯爵ってことに出来る。周りの人間には遠い親戚ってことにしておくさ。アッシュ・ディナ・キディになっちゃうけど、いいだろ?」

「ええええ?」

「いや、いいだろって、」

 とんでもないことを口にする第二皇子である。

「別に便宜上そうするだけの話だから、王族になれってことじゃない。安心しろって」

 アッシュの肩を、ポンと叩く。軽い……。


「で、とにかく日がない。でも何とかやり遂げたい。リーシャ、このまま王都に残れないか?」

「……いや、それは……えええ?」

 いきなりの提案に、混乱する。

 頭の中で色々考えてみたものの、さすがに来月までここに残るってのは現実的ではない気がする。帰ってやらなければいけないことが山ほどあるのだ。なので、

「いえ、一度戻ります。改めてまた来るので、少し時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「しかしそれではっ、」

 渋るバーナムに、私は

「大丈夫です。他の人間を派遣しますので」

 とにっこり笑って言ったのだ。


*****


 翌日、私たち一行は荷物を積み込み、王都を後にした。そんなに長く滞在したわけじゃないのに、なんだかとても長い間ここにいたかのようだ。


「じゃ、ルナウ、あとはよろしくね」

 出発前、私はルナウの肩を叩いた。

「任せとけ! 基礎はみっちり仕込んでおくからっ」


 そう。

 私はルナウに、バーナムの講師を任せたのだ。バーナムは私がルナウに秘密をばらしてしまったことを不満に思ったようだが、王都に残るのはルナウだけだったし、なにより第二皇子に忖度なく指導することができるのって、ルナウか私しかいない気がするのよね。ってことで納得してもらった。


「ルルのこと、頼むな」

 ルナウが真面目な顔でそう告げる。

「勿論よ!」

 私はルナウから書状を預かっている。ルルの両親に向けた書状であり、そこには婚約の許しを得たい、と書かれている。とはいえルルは子爵家の娘。王都の、しかもキディ家の人間と婚約するのは、難しい。


 の、だ、が!


 ここでもウルトラCをやってのけたのが、ミズーリだった。なんと、ルルを養女に迎えると言い出した!

 つまり、ルルはルル・ヴェスタではなく、ルル・タルマンになるわけだ。いやはや、なんだかもぅ、である。が、ミズーリはルナウとルルの婚約に大層乗り気で、

『愛し合う二人が結ばれるのは当然のこと!』

 と、ルナウの祖父であるハーベス・キディ公爵をねじ伏せたのだった。


 ルルは一度家に戻り、私とミズーリがヴェスタ子爵邸へ説明に出向くことになった。そして私とアッシュが王都に戻るタイミングで、ルルもミズーリと共に再び王都に向かい、キディ公爵家で花嫁修業を始めるのだそう。ミズーリが自分の屋敷に戻ることに、キディ公爵がNOというわけもなく。私も、王都で公演やるときに、ルルが舞台に戻ってくれたら心強い! なんだかんだで皆の利害が一致したわけだ。


「じゃ、改めてまた来るから!」

 大きく手を振り、私は馬車に乗り込んだ。


 ああ、それからマクラーン公爵が話してたレグラント校の話にも進展があったんだ。あの話、三年後を目途に進行しそうなのよね。三年っていうのは、王都でのアイドル活動をある程度定着させるための時間と、ルナウが経営を学ぶための時間。そう。ルナウがアイドル学科の学科長を引き受けると言い出したのだ。私は講師として迎えてもらいつつ、王都でアイドル活動を続行することになる。多分、アッシュも一緒に。


「なんだか大変でしたわね」

 馬車に揺られながら、アイリーンがクスクス笑う。

「ほんと、何年もいたみたいな感覚よぉ。心底疲れた!」

 大袈裟に脱力してみせると、スン、とすました顔で

「お姉様はお疲れのわりにお肌つやつやですわね。ああっ、アッシュからの愛で潤っておいでですものね? そうでしたわねぇ!」

 と、吹っかけてくる。

「ああら、そういうアイリーンだってなんだかずっといちゃいちゃしてたわよね、ランスと!」

 私も負けじと言い返す。


「ぷっ」

「うふふっ」

 顔を見合わせ、笑った。


「本当によかったですわ。

「……みんなアッシュの味方なのね」

 ちょっとだけむくれてみせる。


 私とアッシュがその、相思相愛になりました、ってことを知ったメンバー、ほぼ全員が『よかったな』『おめでとう』『嬉しいよ』等、ねぎらいと祝福の言葉を掛けていたのだ。、ではなく!


「そりゃそうですわっ、こんなに鈍ちんなお姉様に、愛の何たるかをわからせた男性ですものっ」

 アイリーンが力強くそう言ってのける。

 うわぁ、アッシュって愛の伝道師だったんだ。

 ……でも、うん。

「私も、ちゃんと自分の気持ちに気付けて良かったわ」

 恋も愛も知らないで、今まで恋だの愛だのを歌ってたのね。ある意味詐欺だったわね。


 でもこれからは!

 私はちゃんと愛を語れるアイドルになるのよ!


 ……ちょっと待って。

 アイドルって、恋愛禁止じゃなかったっけ? 異世界だから、まぁ、いいか!

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