第96話 アイドルだった私、世界が回り始める

 その日は各自散らばって、王都の町を観光した。


 アイリーンはちゃっかりランスの手を取って二人でどこかに消えたし、アルフレッドはニーナとオーリンを連れて市場に行くと言っていた。ルナウはルルを誘い町中を案内する、と馬車に乗り、イリスはケインと美術館に行くそうだ。


 残された私とアッシュは……、

「ふぁぁぁ」

 大きな公園のベンチに座り、欠伸をしていた。

 なにしろ昨日は舞台の後でまた動いたのだ。眠い。


「お疲れでしたら、キディ公爵家に戻ってお休みになりますか?」

 アッシュにそう言われるも、

「せっかくの王都観光なんだし、屋敷で寝ちゃうのはもったいないなぁ」

 と答える。


 ふと周りを見渡せば、公園ですら王都らしい賑わいを感じる。中央には噴水が水しぶきを上げ、花壇には色とりどりの花。我が町とはだいぶ違う、洗練された光景だ。

「王都って、都会ねぇ」

 当たり前のことを口にする。

「リーシャ様は、王都に住みたいですか?」

 そう訊ねられ、首を捻る。

「ん~、別に都会に住みたいと思ったことはないけど」


 前に話が出た、王都にあるレグラント校。もしそこにアイドル学科みたいなものが出来るとして、私が講師になるとするなら、その時はこっちに住むことになるのかもしれないわけだけど。


「……あの時」

 膝の上でぎゅっと拳を握り、アッシュが口を開く。

「ん?」

「昨夜、もし立場が逆だったら……」

「なに? なんの話?」

 アッシュは私の手をぎゅっと握ると、じっと目を見つめ、言った。


「もしリーシャ様に、王都の公爵家から縁談話があり、バーナム第二皇子がその仲を取り持つと言われたら、きっと私は何も言えなかったと思います」

「えっ?」

 そう……なの?

「私は愚かです。リーシャ様を誰にも渡したくないと口では言いながら、結果的にはなにもしようとしていない」

「……アッシュ」

「私は、リーシャ様と一生を共にしたい。例えエイデル伯爵に反対されようとも、これだけは譲れない。その時は、リーシャ様を連れて逃げますっ。私と共に、来てくださいますか?」


 ひょっ!?

 それって、ぷ……ぷぷぷぷっ、

「アッシュ、それって……あの、ぷ、ぷぷぷろぽー、」


「リーシャ様!」

 寸でのところで声を掛けてきたのは、ロミ・ドントだ。今日も派手に決めている。

「あ、ロミ様!」

 そういえば昨日の公演後も、ほとんど話す時間がなくお礼をちょっと口にした程度だった。


「お昼休憩で外に出たら、リーシャ様の姿が見えたので。あ、そっちの彼は確かヴァーラ奏者の……」

 ヴァーラ! あの弦楽器、そんな名前だったのね! 今更だけど!

「アッシュ・ディナです」

 ベンチから立ち上がり、順に握手を交わす。


「リーシャ様のおかげで、一大プロジェクトが動き出しそうですよ。本当にありがとうございますっ」

 握手したまま私の手をブンブンと振り回す、ロミ。


 一大プロジェクト?


 そう言えば、ロミって最初の印象最悪だったんだよね。ルナウに媚びてる感丸出しで。でも一緒に衣装のこととかやり取りしてたら、仕事に関してはすごく真摯だった。昨日も舞台が終わった後、感動しましたー!って駆け寄ってきてくれて。案外悪いやつじゃないかも、と思ってる。ね。


「一大プロジェクトって?」

「リーシャ様のブランド『ノア』を王都で、というお話がありましたよね?」

「あ、うん」

 ブティック『リベルターナ』のオーナー、タリア・ビジュが目論んでる、王都進出計画ね。でもそれを実現させるには、まずマーメイドテイルの認知度を上げないと、ってことになってるはず。


「なんと、出資者が現れましてね!」

「ええっ? 誰がっ?」

「ミズーリ・タルマン様ですよ!」

「ミズーリ様がっ?」

 あ~、確かにミズーリ様はリベルターナのタリアと繋がってるけど……。


「これからリーシャ様には、年に数回、王都で公演をしてもらい、少しずつ認知度を上げていきながらブティック『ノア』の経営に携わりたい、と。

「でも、認知度ゼロでいきなり王都にお店出したって売れないんじゃ……?」

 いくらミズーリがキディ家の関係者だって言っても、それだけで商売が成り立つほど甘くないわよね?


「それが、ミズーリ様は自信満々でした。勝算ならある、と」

「ええ?」

「下着がどうとかおっしゃってましたけど?」

「あああああああ!」


 そうか!

 ミズーリは義母シャルナ率いるマダム軍団の、例のあの下着をメインに展開していこうとしてるわけね! 確かに、あの下着は……王都でも売れる。絶対。


「リーシャ様主催のファッションショーも開催する予定だから一緒にどうかと、誘われましたよ?」

「……私、聞いてもいないのにっ?」

 仕事が早い! というか、私には事後報告なのね、ミズーリ様ぁぁ。


 私はその逞しさにただ脱帽するばかりだった。キディ公爵との和解と、それに伴い今後王都へ足を向けることも増えるから、だったらついでに商売もしちゃおう、っていう流れかしらね。うん、タリアは喜ぶだろうな……。あ、マダム軍団もね。


 私が知らないところで、なんだか色々動いてる。マーメイドテイルを真ん中に、沢山の人が、巻き込まれて。

 巻き込む側だったはずの私を、今度は周りが巻き込んでくる今の状況に、なんだかおかしくなってしまう。


 それでも、真ん中にあるのは、マーメイドテイル。そう。アイドルグループあってこその、あれこれなんだ。


 改めて思う。アイドルってすごい! 見てくれるお客だけじゃない。周りの関係者を巻き添えに、沢山の夢がひとつずつ、叶っていく。

 私はなんだか、とてつもないことを始めたんだな、って、今更ながらに実感したんだ。


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