第95話 アイドルだった私、暴動寸前
ふわふわする。
どこからか、歌が聞こえてくる。
ああ、これ『愛のうた』だわ。うふふ、この曲いいわよねぇ。何度聞いても素敵だな、って思う。
愛なんて簡単な言葉で済ますには
あまりにも浅はかで物足りないよ
愛なんて曖昧な形のないものに
この想い委ねるのはなにかが違う
そうね、愛なんて一言で片付けるって無粋なのかもしれないわね。人の気持ちってそんなに簡単じゃないんだもん。
なんと言えばいいのか
伝える術がわからないんだ
これからの毎日もずっと
そばにいて微笑んで……
ずっと一緒にいて、ずっと隣で笑い合えたらいい。
私もそう思う。
隣に……、
パチ、と目を開ける。
「……アッシュ?」
夢の続きみたいな、不思議な感覚。
なんでアッシュがいるんだろう? 私を包み込むようにして、小さな声で歌ってる。眼鏡かけてないアッシュって、こんな顔なんだ。ブラウンの瞳が、私を捕らえた。
「お目覚めですか、リーシャ様」
優しい顔で笑うから、私は思わずアッシュにすり寄ってしまった。あったかい……。
「理性を保つのに必死な人間に向かってその行為はどうかと思いますがね?」
頭上からそんな言葉が聞こえてくる。
ん?
なんだ、これ?
「えええええっ?」
私は慌てて飛び起きた。
辺りを見渡すと、なんだかとてつもなくゴージャスな部屋の、でっかいベッドの上にアッシュと私、寝てた。
「わっ、わっ、私は、一体……っ?」
慌てふためく私を溜息で迎えるアッシュ。半身を起こし、頭を掻く。
「昨夜のことは覚えてますか?」
「え? 昨日? 昨日は……、」
王都での公演を何とかやり切って、そしたらバーナムに呼び出し喰らって、着替えろって言われて動きやすい恰好に着替えてからずっとバーナムにつきっきりで特訓して、でも全然ステップ踏めないもんだから困って、そして、バーナムがアッシュを呼び出して、それで、それで……、
「……なんか、今、走馬灯のように思い出してきた」
私は両手で顔を覆い、盛大に混乱した。
「顔を見せて」
アッシュが私の腕を掴み、無理やり顔を覗き込む。ちょ、待って! なんか、無理! 無理無理!
「そんなに赤い顔をして、どうしました?」
アッシュはニヤニヤしながら私をじっと見つめる。
「ど、どうもしてないっ」
精一杯そう返すも、視線を合わせることが出来ない。
「じゃ、どうして私の目を見ないのですか、リーシャ様?」
ううっ、見……られない!
「リーシャ様、好きですよ」
「なっ」
まっすぐに私を見て、囁くようにそんなことをサラッとまるっと伝えてくるアッシュも、少し顔が赤くて。だけど、絶対に目を逸らさないで私を見てるから、だから、
「うん……わた……し、も?」
「……なんで疑問形なんですか?」
「や、それは、その」
「私も、なんですか?」
「あ、うー」
私、完全にカタコトになる。
「言ってください。私も、なんですか?」
ああ、意地悪アッシュ!
だけど、ちゃんと伝えなきゃいけない……よね。
「私も……アッシュが好き……かも」
「かも?」
「好きですっ!」
ああああああ、言ったぁぁぁぁ!
頭から湯気が出そうになりながら、私、言った!
アッシュは涙ぐみながら私の頬に手を添えた。
「一生離しませんよ?」
そう言って、キスをされる。心臓、口から出そうだ。
朝日が二人を包む。
私はようやく、恋とか愛とかいうものの断片を知ったのかもしれない……。
「あー、こほん。いちゃいちゃしてるところ申し訳ないのだがー」
抑揚のない声で扉の前に立っていたのは、バーナム。
「ば、バーナム様っ?」
私、ベッドの上で姿勢を正す。そもそもここはどこなの!
「悪いが一緒に来てくれ。暴動が起きそうなんだ」
親指を立て、ドアの外を指すバーナム。
「暴動?」
「は? どういうこと?」
私とアッシュは、顔を見合わせた。
*****
私とアッシュは着の身着のままバーナムの後を追い、別棟の入り口、回廊まで進む。と、王室騎士団がずらりと並び、バリケードを作っていた。誰かの侵入を阻んでいる……?
……ん? 揉めてるのって、あれ、うちのメンバーじゃない!?
「いいからここを通せ!」
「お姉様を返してください!」
「リーシャを返せ!」
ランスにアイリーンにアルフレッド、ケインとニーナ、オーリン、ルルにイリス、ルナウまでいるじゃない! え? その後ろにいるのは楽団の人たちっ? と、マクラーン公爵もいるし遠くから心配そうに見てるのって、ミズーリ様っ?
揃いも揃って押しかけて、なんで近衛と揉めてるのよっ?
「リーシャ、俺は誰にも言わずに来いって言ったぞ?」
「……あ」
私、アイリーンにだけ喋った。
「でも、大人しく待つようにって、ちゃんとアイリーンに言ったのにっ」
待てなかった……のか。
「アイリーン!」
私が大きく手を振ると、アイリーン以下全員がこっちを見る。
「お姉様!」
アイリーンが泣き崩れる。私は駆け寄り、騎士団の皆様をかき分けアイリーンを抱きしめた。集まっていた全員がわっと私を囲む。
「リーシャ!」
「お前、大丈夫なのかっ?」
ランスとアルフレッドが心配そうに私の肩に手を置いた。
「リーシャ様!」
ルル、イリス、ニーナとオーリンが私に抱きつき泣き出す。ケインとルナウが前に出て、
「バーナム様、これはどういうことですかっ!」
「事と次第によっちゃあっ」
と喧嘩腰だ。
「待って、ケインもルナウも落ち着いてよ。私は無事だからっ」
慌てて引き留める。
バーナムはゆっくり歩み寄ると、全員の前で頭を下げた。
……え? 頭を下げたぁ!?
「皆様方にご心配をおかけしたこと、申し訳なかった。昨夜は皆様方の舞台を拝見し、感動のあまりリーシャ嬢を屋敷に呼んでしまった。感想と、お礼を述べたくてね。しかし、私のしたことはいささか常識外れだったこと、お詫びしよう」
嘘並べ立てて謝っちゃうんだ! 第二皇子なのにっ。
「私の愚行に気付いたアッシュ・デイナ君がリーシャ嬢を取り戻すために単身乗り込んできてね」
「へ?」
いきなり名を呼ばれ、アッシュが反応する。
「私は二人の愛の深さに感動したよ」
大袈裟に身振り手振りを付けながら熱弁するバーナム。
「アッシュが。そうか~」
ルナウが晴れやかな顔で呟く。
「さすがに時間も遅かったので、二人には客室に泊まってもらったんだ。まさかこんな大事になるとはね。すまなかった」
バーナムの言葉に、メンバーたちがホッと胸を撫で下ろすと共に、焦り始める。
「まさか、そんなこととは知らず……」
「こんな大勢で押しかけて」
「騒ぎ立ててしまって申し訳ございませんでした!」
慌てて頭を下げるメンバーたち。
「いや、これは私の落ち度だ。気にしないでくれ」
バーナムが余所行きの顔でにっこりと微笑む。
「ところでリーシャ嬢、今日の皆の予定は?」
そう聞かれ、
「えっと、王都で自由行動……ですけど?」
「それなら、夕方から我が屋敷に集まってくれ。是非、皆を労う会を催したい」
うわ、王宮で打ち上げするってこと? すごすぎる!
「バーナム様、いいのか?」
ルナウが訊ねると、バーナムは、大きく頷いた。
「昨日の感動を、是非皆に直接伝えたいからな」
と答えたのである。
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