第92話 アイドルだった私、王宮への呼び出し

「なんですってっ?」

「ちょ、アイリーン声大きいって!」


 舞台を終え、片付けも済んだメンバーは、軽く食事を済ませると皆、迎賓館へと戻った。とにかく一仕事終えた満足感と、とてつもない疲労感でくたくただったのだ。


 キディ公爵家に滞在させてもらってる私をはじめとするメンバー数人も早々に部屋へ戻る。

 部屋に戻った私は、最後まで迷ったものの、アイリーンにすべてを打ち明けた。

 どうせここに迎えの人が来るんだから、バレちゃうしね。てか、ここキディ公爵家なのに、勝手に迎えとか寄越しちゃうの、すごくない?


「とんでもないことですわっ! いくら第二皇子とて、そんなこと許されるはずがっ」

「……う、ん。正直、私もどうすればいいかわかんないっていうか、王族ってそういうことする感じなの?」

 声を荒げて逃げることなら出来ると思う。が、それって打ち首モノなのかしら?


「私にもわかりませんわ。だけど、キディ一族がその……女性に緩いという話は聞いたことがございません。バーナム様も、そのようなことをなさるお方とは思っておりませんでした」

 顔面蒼白で震えるアイリーンを抱き寄せる。

「そんな顔しないでよ、アイリーン。私だって大人しく受け入れるつもりなんかないんだから」

「当然ですっ! ああ、このことをアッシュが知ったら……」

 アイリーンが世にも恐ろしいことを口にしたので、私、全力で止めにかかる。


「ちょいちょいちょーい! それ、絶対ダメだからね! アッシュに知られたらとんでもないことになるわっ。大体、まだどういう理由で呼ばれたのかもはっきりしてないんだから。私たちの早とちりかもしれないんだからね?」

 と口には出しながら、内心不安でしかない。お年頃の男性が夜中に女性を部屋に呼びつけるんだもの。


「ルナウ様に相談されてはっ?」

「うん、それも考えたんだけど……他言無用って言われてるのよ。このことを知ってるのはキディ公爵とミズーリ様だけ。アイリーンは同室だし妹だからいいかな、って勝手な判断で話しちゃってるけど、他の人に言ったらダメよ?」

「ですが、」

「そんなに心配しないで! 私を誰だと思ってるの?」

 ふふん、と腰に手を当て、強気の姿勢を見せる。と、そのタイミングで扉をノックする音が聞こえた。来た!


 泣きそうな顔をするアイリーンの頭を撫で、

「先に寝なさい。いいわね」

 と告げ、ドアを開ける。外にいたのは王室騎士団の制服を身に纏った二人。確か、王都までの送迎のときにいた人。


「夜分に失礼します。リーシャ・エイデル様、ご同行願います」

 もしかしたらジャオがくるかも、と少しだけ期待していた私、肩を落とす。もしジャオが来てくれてたら、事と場合によっては逃がしてもらえたり……なんてこと期待してたんだけど。

「ジャオ様は……いらっしゃらないんですね」

 何気なく発した一言。しかし、ジャオの名を聞いた二人はビクッと肩を震わせ、表情を硬くした。

「ジャオ様はこのことを存じ上げてはおりませんのでっ」

「おい、そんなこと喋るなっ」

「だって、」

 何故か二人が小競り合いを始める。


 私はアイリーンに小さく手を振ると、廊下へ出た。


「あの、このようなことはよくあるのですか?」

 不躾ながら、聞いてしまう。夜中に女性を呼び寄せる。そんな人が第二皇子だなんて、とんでもないイカレポンチだと思うんだけど?


「いえ、それがこのようなことは前代未聞でして……」

「正直、我々も戸惑っております」

 二人が顔を見合わせる。

「そうなんだ……」

 考え込む私に、一人が歩きながら、小さな声で熱弁を振るい出す。


「あのっ、今日の公演、警備に当たりながら拝見させていただいてましたっ。その、とても素晴らしかったですっ」

「おい、自分ばっかりズルいぞ! 俺も見てましたっ。なんていうか、圧巻、っていうか……とにかくすごかったですっ」

 うわぁ。嬉しいなぁ。ちゃんと届いてるんだ。

「ありがとうございます。そう言っていただけると、本当に嬉しいです」

 あとでみんなにも教えてあげなくちゃ!


「あ、それでは、こちらへ」

 屋敷の外に停めてあった小さな馬車に案内され、乗り込む。迎えに来たのは本当にこの二人だけとあって、馭者ぎょしゃも務めるようだ。


 暗闇の中、静かに移動を始めた。

 途中、迎賓館の前を通る。


 もう、みんな眠りについてるんだろうな。本当に、よく頑張ったもん。


 アッシュは公演後、話したそうな顔でこっちを見てた。けど、バタバタしすぎてまだ話は出来ていない。

 あの歌……のこと、よね、うん。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、大きな門を潜り抜ける。ところどころにランプが置かれ、その屋敷の広さを引き立たせる……ここが、王宮ってことか。


 馬車が静かに止まった。

 外から、ドアが開けられ、降りるよう指示をされる。


「ご案内します」

 二人に連れられ、歩く。が、屋敷には入らず中庭の方へと進んでいくようだ。

「バーナム様は離れに小さなお屋敷を所有しておりますので」

 こちらが聞く前にそう説明された。


 離れか……。

 叫んでも誰も気付かない可能性が出てきた。

 私、緊張が高まってきたぞぉぉ。


「こちらへ」

 本当に、別棟になってるんだ。本殿(?)から渡り廊下みたいに続く回廊に沿って中へ。


 カツーン、コツーンと足音だけが響き、ある大きな部屋の前で二人が止まる。

 コンコン、と扉をノックすると、中からキィィ、と大きな扉が開かれ、顔を覗かせたのは、バーナム第二皇子。


「リーシャ、やっと来たか。待ちくたびれたぞ」

 少しばかりムッとした顔……ううん、なんていうか、照れくさそうな? そう、なんだか恥ずかしそうな顔で私を出迎えるバーナム。


「お前たちは下がれ」

 近衛二人にそう言い、私だけを中に入れる。


 とんでもなく広い、自室。書斎とダイニングとベッドルームが一緒になってるみたいなところ。

「あの、」

 私が口を開くと、バーナムは被せるように、言った。


「まずは……服を、脱いでもらおうか」


 ……ちょっと、それって!?

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