第90話 アイドルだった私、特別な曲を

「それでは聞いてください。『願いの花』」


 ルナウが静かにそう告げると、アッシュがスッと弓を構えた。バイオリンみたいな形の弦楽器。するりと弦の上を弓がなぞると、美しいピンと張りのある音が、響く。


 キュッという単音とどこまでも滑らかに響く長音が交じり合い、不思議な世界に連れ込まれるようなイントロ。


 ルナウが舞台の上で大き目のステップを踏む。優雅で、それでいて大胆で。


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


凛と咲き誇るその花の名を知らない

なにを思って風を受けているのか

美しさゆえ手を出すことも出来ない

そんな言い訳で自分を誤魔化すのか


想いを伝えれば傷付けてしまうかもしれず

触れてしまえば壊してしまうかもしれず

見つめているだけでは物足りなさに震え

身動きが取れないまま時だけが流れ


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


 ジャオが奥歯を噛み締める。

 まるで自分の心を読まれているかのような歌詞に、心臓が早鐘を打つ。


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


手を取りステップを踏めば世界が回り出す

君の耳元で歌うように言葉を紡いで

どさくさに紛れて抱き締めてもいいだろうか

今、花の名を呼ぶよ ほら……


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


「……レイラ様」

 誰にも聞き取れないほどの小さな声で、名を、口にする。


 許されるはずのない想いを、今舞台でルナウが代弁してくれているようだ。口にしてはいけない想いを……。


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


凛と咲き誇るその花の名を知ってる

その瞳に映る景色には誰がいるの

美しさゆえ手を出すことを諦めてた

そんな過去などもう捨ててしまおう


手を取りステップを踏めば世界が回り出す

君の耳元で歌うように言葉を紡いで

どさくさに紛れて抱き締めてもいいだろうか

今、花の名を呼ぶよ ほら……


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


 舞台を見ていた私、全身に鳥肌が立つ。


 ちょっと、二人ともどれだけ練習したのっ?

 なにこの完成された、洗練されつくした舞台!!


 ルナウの歌声も、アッシュの奏でる音楽も、すべてが会場を包み込む。

 それを証拠に、ほら、何人か泣いちゃってるじゃん。


 ちゃんと、届いてるんだよ!


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


さぁ、君の名を呼ぶよ ねぇ……


願いを込め

想いを込め


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


 曲が、終わる。


 ワァァァァァ! という観客からの感動の声と、拍手。

 すごい!

 二人ともすごいよ!


 私もまるでイチ観客であるかのように飛び上がって拍手を送る。最高だったよ!


「大きな拍手をありがとうございます! では、続きまして」


 え?

 ……?

 予定では一曲だけだったと思うんだけどなぁ?

 はぁぁ?


「次の曲は……実は特別な曲です。大切な人に向けて贈る曲です。聞いてください。『君の隣で』」


 まったく知らされていなかった二曲目の登場に、私はドキドキしていた。ああ、お客(こっち)側ってこんな気持ちなんだろうか。


 アッシュが前に出る。

 私の姿を確認すると、ニコッと笑いかけてきた。な、なにっ?


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


君がこの世界に降り立ったのは

俺と出会うためだったって

考えたことはない?

これまでの奇跡が それを証明してる


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


 きゃ~! のっけから、あま~~~い!!

 ……うん? この歌詞……


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


大きな声で笑うよね

怒った顔も素敵だよ

はにかむように微笑んで

歌う君が好きなんだ


幾多の困難を抱えて悩む日もある

過去を思い出して涙する日も

明日への不安に顔を曇らせたって

ずっとそばにいると心に誓う


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


 アッシュは、ずっと私を見ていた。

 目を離すことなく、ずっと。


 アップテンポでありながらどこか切なく、それでいて強さを感じる旋律。こんな曲作っちゃうアッシュって、本当に天才だと思う!


 そしてルナウ。


 ルナウもある一点を見つめている。振り付けのないこの曲で、じっと彼女を……ルルを見つめ歌っているのだ。

 ルルはルナウに見つめられ、顔を赤く染めていた。


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


君がこの世界に降り立ったのは

俺と出会うためだったって

考えてみてほしい

他の誰でもなくて ただの一人にだけさ


何度でも伝えよう 君が好きだと

耳をふさぐことすら出来ないほどに

何度でも伝えよう 愛していると

いつかこの想いが君に届くと信じて


君がこの世界に降り立ったのは

俺と出会うためだったって

考えたことはない?

これまでの奇跡が それを証明してる


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


 完全なる、ラブソング。

 、これでもかと言わんばかりの……。


 そうか、ルナウは本気なんだね、ルルのこと。


 会場が、ほぅ、という溜息で覆い尽くされる。素直で、実直で、まっすぐな歌声。その歌声を引き立てるアッシュの弦の音が響き、やがて空気に溶けた。


「きゃ~~!」

「ルナウ様!」

「素敵ですわっ!」

 会場から、今日初めての黄色い声が聞こえる。


 そしてルルは、目を真っ赤にしていた。隣でイリスが嬉しそうに笑っていた。

 改めて舞台に目を移すと、アッシュが額の汗を拭きながら深く頭を下げ、拍手を浴びていた。

 このまま余韻に浸りたい気持ちをぐっと堪え、私は舞台に上がる。


「ここからは会場の皆さんが主役となります! どうぞホール中央にお集まりください。そして存分に楽しんでください!」

 私の声と共に、ここまで演奏してきたすべての曲がダンスアレンジされ流れる。あとはもうみんなでダンスに興じていただこう、という趣旨である。


 メンバーたちもフロアに出て、各自誘われるがままダンスを踊る。この日のために舞踏会でのダンスの基礎をみっちり仕込んできたから、ニーナやオーリンもそつなくこなしていた。想像通り、ルナウは勿論、ランスとアルフレッドの周りには女性たちが群がり……あ、ケインもかなりモテてるみたい! みんな笑顔だ!


 私は声を掛けてくる男性たちを軽く躱しつつ、キディ公爵の元へ向かった。


 どんな評価を受けたとしても、今日、私たちは出来る限りのことをした。それだけは自分を、みんなを褒めたい!

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